賢者に捧ぐ甘酒
初詣を終えて、私は自然と露店の方へ目をやっていた。美味しそうな匂いや音。
深夜に外を出歩くことなんて滅多になかったので、少し悪いことをしているような特別感がある。いつの間にか道を外れていたらしく、肩を掴まれて軌道修正をされた。
「あっちで甘酒配ってますよ」
「甘酒!」
「貰ってくるので待っていてください」
そう言って鷹山さんが広い歩幅で行ってしまう。私は端に寄ってそれを待つ。人は来た時より減っている気がする。
新しい年の夜は賑やかで、鼻や耳を冷たくするけれど、わくわくが勝っている。露店の方をキョロキョロ見ていると、急に視界に入ってきた顔。
「誰か待ってるんすか?」
酔っ払いだ、と瞬時に把握した。
真由と出掛けると、真由目的のナンパが声を掛けてくることがある。いつも真由が追い払ってくれるので、私は後ろでその様子を見ているだけだった。
これはナンパでなく、酔っぱらいに絡まれているのだ。
「おーい、聞いてるー?」
「いえ、あの……」
何と返そうかと迷っていると、少し離れた場所からゲラゲラと笑う声がした。勿論、鷹山さんではない。
「おいまたアイツ、ナンパしてるぞ」
「酒入るといつもあーだよ」
「誰か止めに行けよー」
ナンパなの……?
多分、大学生だ。大学生にナンパされる私って……。喜ぶべきなのかどうか、複雑。いや、嬉しくは全然ない。笑ってないでこの場を収集してほしい、友人ならば。
とか思っていると、ぬっとその男子の後ろで立つひと。ぽんと彼の肩に手が置かれて、ゆっくりと振り向く。
「え?」
「甘酒いる?」
「あ、はい」
反射的にといった感じに鷹山さんから紙コップを受け取った。そして私と同じように鷹山さんを見上げている。
「あ、どうも」
「じゃあ、良い女性に出逢えると良いな」
「ありがとう、ございます……!」
酔っ払ってはいるけれど、きらきらとした笑顔を見せている彼。あれ、私に声をかけたんじゃ……? 鷹山さんが私の隣に来て、肩を抱く。
彼を置いて歩き出す。先程笑っていた集団を横目に、鷹山さんが口を開いた。
「一人にするんじゃなかった……。まさかナンパされてるなんて」
「あれは絡まれてたんです。助けてくださり、ありがとうございます」
「ありがとうじゃないでしょ……さっきから甘酒しか見てませんね?」
「ばれましたか」
神社から出て人通りが少なくなったところまで歩いて止まり、湯気の立つ紙コップを渡された。受け取って鷹山さんの方を見る。
「半分こしましょう」
「いいですよ、全部飲んで」
「一緒の、飲みたいです」
肩から手が離れる。甘酒を一口飲めば、身体がポカポカする。寒い中なのでより一層美味しく感じる。半分飲んで、鷹山さんに渡すと、何故か片手で額を押さえていた。
泣いてる? と顔を覗いてみる。パッと手が外れて、コップを持たれた。ぐいっと一気飲みされる。良い飲みっぷりだ。
ぐにゃ、と鷹山さんの手の中で紙コップが拉げた。
「永尾さん、もっと怒って良いんですよ。ナンパされたのは俺が永尾さんを一人にした所為だし、元彼女のことだって俺がちゃんと……」
実が弾け飛んだみたいに話して、黙ってしまう。私は、弾けた実へと目を向ける。そして、拾うことを決めた。
鷹山さんはたぶん、それを持つのが辛かったんだと思う。それなら、私が持つ。私が持てる分だけ。
「さっきのナンパのことは、ちゃんとあしらえなかった私が悪いです。ごめんなさい」
紙コップを持つ手首に触れる。その冷たさに、私の熱が伝う。
「元彼女さんと鷹山さんとのことは、正直口出しする気はありません。この前、解決したのかどうか尋ねたのは純粋な疑問でした。それを鷹山さんが解決すべきだなんて思ってませんし、寧ろそのことに関して鷹山さんは関わってほしくないと思います」
あれから、色々考えたこと。私はじっくり考えないとちゃんと言葉がまとまらないところがある。今言ってることも、まとまってるのかどうか。
鷹山さんは手元を見て、それからこちらを向いた。
「これが、私の今の考えです。あ、でもちょっと思ったのは」
「うん?」
「もう呼ばれても、家には行って欲しくないなあって」
私の言葉が終わるか終わらないかのところで、背中を押される。どこへ行くのかと振り向いて聞こうとする前に、路地裏の建物の壁に背中がついた。
口を開く前に輪郭を撫でられて、顎が掴まれた。鷹山さんの大きな手にかかれば、私の顔なんて一掴み出来そう。
「天然記念物ですか?」
「え?」
「好きです。なんか、これ以上ないってくらい」
その告白に返事をする前に、唇が重なる。唇の端や下唇に数回柔らかく当たり、時々食まれた。私は何をすれば良いのか分からなくて、必死に鷹山さんの上着にしがみついていた。
顎を掴んでいた手が離れたので、終わりかなと思って見上げると、手首を掴まれてそのま鷹山さんの首に回された。高身長なので、きっと屈んでるの辛いだろうなとぼんやり考える。
「今、すごい関係ないこと考えてた」
「う」
「目があっちの方に飛んでってた」
苦笑して言われたので、申し訳ない気持ちになる。そんなことにはお構いなく、続きが始まる。ゆっくりじわじわ溶かされて、お互いの舌が触れ合う頃には、ぞくぞくと感じたことのない痺れが走った。
がくん、と同時に脚の力が抜ける。鷹山さんが腰に手を回してくれなかったら後ろに転んでいた。
「……ごめんなさい」
抱き合って、何を言えば良いのか分からなかったので謝る。雰囲気を今壊したのでは、と思って。
「……いや、あの、本当、こちらこそ」
耳元で聞こえる鷹山さんの声にどきどきとする。
「アラサーなのにこんな所に女性連れ込んで盛ったり……全部自分が悪いのに八つ当たりしたり……あのナンパはナンパする奴が悪いんですよ」
「八つ当たりだったんですか?」
「俺、全然寛容じゃ無いです」
「あの、ひとつ良いですか?」
「どうぞ」
「私もアラサーです」
ぴたりと呼吸が止まった気がした。遠くで人々の声がする。まだ除夜の鐘は鳴っているし、世界は動いている。
ふ、と笑う声がして、少し安心する。そうだ、私はこのひとが笑っていると安心する。どうしてだろう。心が連動しているわけもないのに。
「確かに、失言でした」
「それに、八つ当たりたくさんしてください。私、鷹山さんと話すの好きだから」
言葉にするのは難しい。私は頭がそんなに良くないし、今の自分の気持ちに適する言葉がパッと出てこないのだ。だけど、話したいと思う。だからこそ、話したい。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「こんな空気になってから言うなよって感じのこと、ダメ元で言ってみて良い?」
「どんとこい」
「俺の部屋来ませんか?」
どんと、きた。
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