勝利の美酒では
行くと飲み会はまだ始まっていなかった。米沢くんは既にいて、私たちが座るとメニューと共に一緒のテーブルに収まった。
真由と共にそれを覗いていると、米沢くんはじっと鷹山さんの横顔を見ていた。
「鷹山って痩せた?」
ばっと鷹山さんの顔が動いた。私はそれを視界の端で捉えていた。
「……少しだけな」
「本当か? なんか身体がさ、薄くなってね? 仕事忙しいのかストレスなのか」
「いやいやそんなではない」
「まさか病気……!?」
思いの外声が大きかった。隣のテーブルについていた同期たちがこちらに注目している。鷹山さんの頬が強張ったのが分かる。
「私、カシオレにしようかな。米沢くんたち決まった?」
咄嗟にメニューを指さす。真由がその勢いに目をパチクリさせて、米沢くんがこちらを見た。
「俺はとりあえずビール。鷹山も?」
「うん」
「私はコークハイかな。もう注文して良いの?」
真由が米沢くんに確認しつつ、注文ベルに指を乗せる。米沢くんが周りを見回して人を確認する。「おっけー」と親指を立てた。
店員さんにそれぞれの卓で注文をして、運ばれるまで他愛のない話をする。
「鷹山と永尾も仲良いの?」
「てゆーかお泊りした仲だよね」
「何それ!」
「やめてください……」
米沢くんと真由の魔球のような会話を止めるのに精いっぱいだった。鷹山さんはそれを遠い国の話のようにそれを聞いていた。
お酒が運ばれて、私たちはそれぞれ手に取った。米沢くんが立ち上がり、ビールを掲げる。「乾杯!」と言えば、周りから「乾杯」と声が集まる。私たちもお酒を掲げて乾杯した。
カシオレを飲んで顔を上げると、斜向かいの鷹山さんと目が合った。
「そういえば俺も聞きたかったことがあった」
私に言われたのだろうか、と一瞬勘違いした。
「米沢、休憩室で何話してた?」
「ああ、来年度異動になるかもって話?」
「異動?」
「中部の方に。まあでも今出てる話ってことで、これから違う奴が行くかもしんないし」
米沢くん……! 私があれだけ死守したものを! あっさりと!
今、口にカシオレを含んでいたら、きっと開いた傍から顎に伝っていたと思う。それくらいぽかんと口が開いた。真由がその様子を見ている。
「それで、永尾さんも一緒に行くんですか?」
「へ?」
急に振られた会話に変な声が出た。鷹山さんがこちらを見ているということは、私が答えるべきなんだけれど。
「一緒に? どこへ?」
「中部へ。そんな話、してませんでした?」
休憩室で。私は思い出す。休憩室で、私は紅茶を飲んでいた。そこへ米沢くんが来て隣に座って異動の話をして、飲み会をしようと言ったら「一緒に来る?」とふざけて尋ねられた。そこで鷹山さんが現れたのだった。二人が何か会話をしている中、先に休憩室を出た。
「してました、けど」
「してたっけ?」
「米沢くんが言ったんだよ。でもふざけて、ですから」
言った当人が覚えていないなんて。一緒に弁解してくれる人がいないなんて心細い。真由の方を見ると、隣のテーブルの子から唐揚げを貰っていた。唐揚げは後にしてこっちに戻ってきて欲しい。
あわあわとする私の気も知らず、米沢くんは鷹山さんの肩に腕をかける。
「もしかして俺が永尾と中部行くと思って寂しくなったのか? 俺ってば罪な男だ」
「気持ち悪い離してくれ」
「つれないこと言うなよー」
「さっき飲んだ酒が出てきそうだ」
その掛け合いを見ている間に、真由が戻る。何故か唐揚げの皿ごと持ってきていた。米沢くんはいち早くそれに気づき、箸を取る。私は真由の方を見た。
「唐揚げを沢山注文したからくれるって」
「貰って来ちゃったの……? 私たちも注文しよう」
再度メニューを覗く。米沢くんが向こうの卓の人たちに呼ばれて箸を持ったまま行ってしまった。
結局残った三人で注文をする。
「真由が武藤さんのこと聞いたの?」
「ああ、鷹山に? そーだよー」
唐揚げをもぐもぐしながら答えた。だからさっき、石井に言われるまでと言った理由がわかった。
鷹山さんは運ばれた卵焼きを口に運んでいる。食が細いけど、ちゃんとここまで保っているのだからすごいなと思う。
斜向かいだからか、よく目が合う。いや違う、私が見過ぎてるだけだ。さっと目を反らして、私も卵焼きを自分の小皿へ乗せる。ふわふわの卵焼き。
「千佳って食べ物に対する拘りは強いと思う」
「え、そうかな?」
「好きなものずっと食べられるタイプでしょう?」
流石にずっとは飽きると思うけど。そう思っていれば、鷹山さんが口を開いた。
「きつねそばとか」
「確かに……そういう鷹山さんもラーメンばっかり食べてません?」
「いやー鷹山のは、食に興味ないってのがあるよ」
真由の言葉に納得する。その的を得た返答に鷹山さんも遠い目をしていた。
「なんでも食べますって裏を返せばそういうことになりますね」
「永尾さんまでそういうこと言う」
「ずっと思ってたんだけど、鷹山と千佳っていつまで敬語なの?」
え、と鷹山さんと顔を合わせる。
いつまでって。
「ずっと?」
「俺もたぶん永尾さんが敬語のままなら一生敬語」
「そーゆーとこだよ、似てるの。他人との距離、急に縮めていかないとこ。亀みたいな速度」
「え、馬鹿にしてる?」
「亀を馬鹿にしてるのか、俺たちが馬鹿にされてるのか」
再度顔を合わせたところで、米沢くんが戻ってきた。
真由がそれに突っ込んでいるところで、立ち上がりお手洗いへ行く。男女で別れていて、女の方は空いている。
お手洗いから出ると、すぐそこに壁に寄りかかる人がいた。
「空いてますよ?」
一歩下がって男性トイレの鍵を確認した。
鷹山さんは苦笑いを見せる。
「いえ、永尾さんを待っていて」
「じょ……女子トイレを?」
「なぜ文章をそのまま受け取ってくれないんですか」
「私に何か御用でしょうか」
「謝罪を」
うん? 何の謝罪だろう。私は見上げる。
「食堂での話です」
「ふむ……」
「電話のことを口にした件です」
「ああ……!」
「忘れると約束したのに、すみません。あんまり永尾さんが口を割ってくれないので意地の悪いことをしました」
あれは鷹山さんの意地悪だったのか。というか、この人も意地悪するんだなという気持ちだ。こちらを向かない瞳の奥を覗きたくなる。
ふと疑問に思っていたことを尋ねる。
「鷹山さん、身長どれくらいあるんですか? ちなみに私は161です」
「身長……ちょうど永尾さんより20cm高いです」
「それは、ちょっとした巨人ですね」
「きょじん」
「いってんはちめーとる級です」
ふ、と鷹山さんが噴き出し、顔を背けた。肩を震わせて笑っている。この人のツボ、よく分からないけれど。
笑ってくれるなら、まあ良いかなと思う。
「謝りに来たのに、あー……」
「謝罪は受け取ります。あと」
「はい」
「ひつまぶしにも行きたいです」
あの日からずっと私のお腹は鰻を欲しているのだ。お酒よりも。
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