第50話 マッドサイエンティスト

「突飛な話だな、なぜそんなことがあったと連絡しなかったんだ?」

「いやあ、こんな話、連絡したところでお前が一番信じなさそうやん」


 それはまあ、あっているかもしれない。僕はかなりにわかに信じがたいことは信じないし、ロマンチストの藤見とはしばしば意見が割れるのだが、ここまで実際に可能化剤を利用し、ミディレの言語の解析を目の当たりにしてその話を疑う必要は特にない。少し素直になれた気がした。


「で、どうしたんだ?」

「喫茶店に入るっていうのもなんか定家みたいだから、寮の自分の部屋に一旦連れ込んだ。そしたらまた襲撃されたんだ。今度は黒服集団にな。明らかに兵士の格好ではなかった。なんか、ソルジャーというよりクルセイダー。伝わるか?」

「はあ、まあ」

「とにかく黒服だった。迷彩じゃない。フードのようなものまでついているちょっとかっこいいやつだ。俺が組織という存在を見た最初の瞬間だな」


 迷彩じゃなく黒服。ヤバそうな組織にはヤバそうな制服がつきもの、とでも思っておこう。移動魔法で戦闘するなら、生半可な鉄鎧など話にならない、というわけか。それなら体を動かしやすい……いや、動かしやすいのか?

 まあ、どういう服の構造をしているのかは分からない。あるいはもっとオカルト的な理由かもしれない。魔法というからには、そういうのも絡んでそうだ。


「それ以降も襲撃は絶えなかった。俺は耐えかねて千鳥子と相談してミディレをお前の住んでいる京都に直に連れて行き、お前に直接会わせようとしたがはぐれちまった」

「アホか」


 迷子の迷子のミディレちゃん、というのはあながち間違っていなかったらしい。

 しかし、直接会わせに来てくれたところで、僕はこんな性格だから、すぐには受け入れなかっただろう。面倒ごとを押し付けられるだけだと。それがミディレの腕一掴みで手のひらを返したように態度を変えたのだから、世界には不思議な魔法が存在しているに違いない。


「で、あとどんな質問があったっけか」

「千鳥子、だっけ? フムルサーラって名乗っていたけど、彼女は日本人? ミディレ人?」

「いくら彼女の故郷が分からないとはいえ、個人名に『~~人』ってつけるのもあれだがなあ……彼女は出自については全く語ってくれない。そも、千鳥子が事情を語ってくれたら俺も同じように説明しているはずだが?」


 千鳥子を見る。本当にミディレにそっくりだ。だが日本語を話せる。

 質問に答えてくれる見込みはなく、うつむいたまま何も言葉を発さなかった。何か言いたくない事情があるのだろうが、その事情がないと前に進めない要素もある、というのが正直なところかもしれない。


「質問は以上か?」

「ああ、もう、いいや。分からないことを訊いてもしょうがねえ」


 川端はそう切り捨てた。


「そもそも、ここに来たのは奴らの追っ手から逃れるためだ。ここでしばらく大人しくしようじゃねえか」

「だが高校はどうする?」


 うーんと俯いていると、竹の棒のようなものを手渡しされた。見上げれば千鳥子がいた。


「私の事情は時が来たら話します。これまでの生活を続けたいのならば、もしもの時に備えてこれを持ってください」

「…え?」


 いや、竹の棒じゃないですか。

 と言いだそうとするや否や、先端が爆発し、僕の右手が一瞬跡形もなく消し飛んだように見えた。だが痛みが伝わるまでもなくすぐに修復され、元に戻った。


「……移動魔法?」

「これは、koorehodis mesyeera。可能化剤を使わずにzeesnyarmeetes移動魔法を使えます。ちょっと練習が必要ですが」


 なるほど、そんな便利な奴があったのか。なぜ初めからそれを出さない? しかもちゃんと人数分用意されていて、もう今までの可能化剤の話が意味がなかったんじゃないか。


「koorehodisもmesyeeraも辞書には登場していない……前置修飾だからmesyeeraは『竹の棒』とかか?」

「分からない。koorehodisは移動魔法に関する形容詞なのかもしれないわね」

「本当か? いやまあ、要考察だな」


 メシェーラを手にしてはいるものの、全く戦う気がない二人の話題はミディレ語の考察である。ともあれコーレホディス・メシェーラとやらを手にすればお手軽に移動魔法が放てるので、いざというときはこれを使って戦え、というわけか。便利そうなのは便利そうなのだが、ちょっと練習が必要、という言い方もちょっと気になる。


 ……しかし、千鳥子という女性。説明を省いて相手の腕を消し飛ばすとは、見た目のわりにかなり行動に出やすいらしい。ミディレとは対照的に見えた。

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