第23話 樋田オーダー

 通じた、通じたぞ。見たか、この野郎。今確かに僕はミディレの文字を書いて、それを理解させることができた。良い進歩だと思わないか。

 ミディレは、僕の書いたミディレ文字の下に新たに文字を書いて見せた。まるでチャットシステムの様に下にどんどん追記していく様子。今度は短い文章を書いてくれたのだが、それはちょっとだけ何を意図しているのか分かる。短い単語が二つ続いた後にどうやら目立つ文字から始まる単語が二つある。つまり、大文字から始まっている固有名詞だ。自己紹介だ、おそらく。

 さっそく一文字ずつ何と書かれているのか、表を見ながら解読してみよう。一文字目はMらしい。その次の「a」みたいなやつはiを表す。もう、ここまで来てみたら何を言いたいのか分かってきたも同然、むしろ僕が考えていることと照合してみて何の文字かを調べることができるほど。

 ミディレの名前はこう書くのか。しかも、「ディ」はdiではなくðiらしい。より正確な言い方は「ミズィレ」になる。最初の自己紹介の聞き間違いのせいですっかり脳内では「ミディレ」で定着していた。今更改めようと思ってもなかなか拭い去ることはできないだろうなあとか考える。

 そして、今までミディレ単体で考えていたが、その後にイコール記号のようなものがあってまた別の単語がある。明らかにこれはフルネームを言っている。

 表と照らし合わせてじっくりと解読してみると、ミズィレ=ズィルコディスナルと書かれていることが分かった。これの解釈については、川端と要相談かもしれない。ミディレが名前でズィルコディスナルが名字? それとも逆?

 これを調べるのはたぶんすぐにできそうだ。

 僕はページを改めて、「Toita」という表題を持つ大きな四角を書く。ついでその中にSadaieと書き、そこから両親を生やし、兄を生やし……とすべて名前を書けながら簡単な家系図を作ってみた。僕の名前は、個人名と代々受け継がれている名字で成り立っている、ということを伝えたいのだが、これで伝わるか?


「Toita... raa, am imiegga he Toita je aamn nem baro je aamn okum kka arkum. Matin raaos puufadis, aamn naste sehorne je "Sadaie=Toita"」


 長くて早口で、明らかに独り言だったのだが、今、サダイエ=トイタと言った。それはまるで、田中太郎さんがタロウ=タナカと呼ばれたときの、「外国では名字と名前が逆になるんだぜ」と間接的に言われるあの感覚に似ている。ミディレの言語では名前-名字の順番に言う可能性が高い。

 いや、待て、もしかしたら「アウンサンスーチー」のように、名前と苗字と言う概念がないのか? いや、そうでないことはさっき確かめたばかりだ。今の書き方で僕は樋田という「一家の名称」「屋号」を明示したはずだ。それはつまり、彼女のズィルコディスナルは、ズィルコディスナル家のミディレであることを示すためのものだと思う。


 とまあ、ここまで後ろの固有名詞のことばかりを考えていたのだが、よく考えてみたら最初に短い単語がある。「自分の名前を名乗る人は『私は~である』に相当する表現を使うだろう」ということは、さすがの僕にもわかること。どうやらAm je ~を書かれているらしいこれが、川端の分析した語順にそのまま合致する。

 さきほどのToita Sadaieを改めてみよう。前のページをめくり、先程のチャットに戻る。ミディレが書き足した文の下に、こう書いた。


『Am je Sadaie=Toita』

『Aam je Sadaie=Toita. Mo am je Mizire=Zirkodisnar』


 ミディレが書いたものは、最後の方は筆記体のようにサラサラと書かれていて何とか読めるほどになったが、何を言いたいかはすぐに分かった。ちょっとずつ読むスピードも上がってきた気がする。まだSadaie=Toitaが認識できるのは、すでに全く同じ文字が書かれていて、そこから照らし合わせることで認識できる。つまり、まだこの文字が読めた訳ではない。少なくとも、Sadaie=Toitaが再び出てきても、これだけは難なく読めるだろうということだ。


 ここまで来たら、他の人たちの名前も書いてみるほかない。メモを見返してみよう。「彼」「彼女」みたいな三人称は何というのか、そういえば分からない。

 kal、kasというらしい。「彼の」「彼女の」はkaln、kasnというようだが、そんなことは後だ。


『Kar je Kawabata』

『Yee, kar je Kawabata』


 おお、読める……読めるぞ! 簡単だ、かんたんだ! やはりミディレ語は簡単だ! 文字さえ読めれば何も難しいことは無い。

 だが、筆談だけしていても仕方がない。何か話さなければ。と、思っていたら、ひとつ音が聞こえた。気の抜けるような音だ。三大欲求のひとつが満たされていないと、物静かに訴える腹の虫が、ミディレの薄いシャツの中から聞こえてきた。

 今更気が付いたのだが、ミディレ、僕の使っているシャツを着ているのだ。しかも制服。おまけにボタンが一つずれていて、初めて出会ったときの服装から察するに洋服に慣れていないのかもしれない。それはおそらく部屋につるされている大量のワイシャツから仕方なく、おそらく仕方なく持ってきたものなのだろうが、彼女の生きる本能だと思っておこう。決して、ミディレが袖を通したものだからと言って、ミディレの体を通したものだからと言って、これからこの制服を着るのに困ったりはしない。

 タグ付けはするかもしれないが。

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