第22話 kaWabata

「これは……地球の文字だ」


 なんだ、彼女はラテン文字を知っているではないか。藤見のロマン思考もこれにて脆く崩れ去ったわけだ。彼女がラテン文字を知っているということは、そこから先の教養も期待できるかもしれない。また、先程英語で話しても理解されなかったのは、単にヒアリングのスキルがなかっただけかもしれない。ならば、筆談なら可能かもしれない。ならば行動に移してみるのみ。

 僕は彼女が書いたラテン文字の下に付け加えて、「Where are you from?」と書いてみた。とても簡単な英文だ。中学生でも容易に理解することができる。これが理解できないとなると、川端の助けを乞うことになるが、彼女の母語を解析するよりもすでによく知られた言語を操る方がはるかに希望があるだろう。


「Raa... うへぇれ……あれ……よう……ふろむ?」


 だめだ、英語は通じていない。明らかに綴り通りのままに読んでいる。実はこれで「ウェア・アー・ユー・フロム」になるとは、英語を知らないとさすがに考えつかないだろう。

 困ったな。フランス語やドイツ語は、僕には操れない。日本の英語教育は他の言語の教育に比べてダントツにレベルが高いから、いくらセンターにはドイツ語、フランス語、中国語、韓国語があるからといって、扱えるわけがない。


 思考を巡らせていると、ミディレはアクションを起こしてくれた。

 例の謎文字のタイトルがつけられたノートをどけると、その下には例のメモ――川端の言語解析のレポートがあった。そこにはやはりミディレが書き足したのであろう、大量の追記が確認できた。なるほど、そういうことか。

 ミディレはラテン文字が読めるのではない。川端が残したイラスト付きのミディレ語-日本語単語帳を使って、ラテン文字を『解読』してみせたのだ。なんて所業だ。いくら仕組みが単純とはいえ、ラテン文字をこの一日、いや、数時間で解読してしまうとは。もしかして天才ちゃんですかあなたは。それとも川端にとっては余裕のよっちゃん朝飯前のeasyW(kaWabata)なのか。

 ラテン文字が分かるというのなら、これはかなり助かった。ぜひともミディレにはラテン文字を完璧に操れるようになってほしい。せめてヘボン式ローマ字の日本語が読める程度には。


 鞄を下ろし、自室に行って服を着替え、リビングに戻って来た。さあ、ショータイムだ。ずっと筆談をしようと考えていたところ。今日川端にも進められたことだ。

 まずは何を確認しようか。考えている間に再びミディレは僕に何かを見せてきた。ミディレは一文字目、上向きの不等号のようなものを書いた。それに続いて、今度はLみたいな文字、Sに線が入ったもの、明らかにDに見えるもの、と続いていく。五文字目の文字はよく分からない形をしている。その次はZに脚が生えたみたいな。

 何を意図しているかはわかる。これがミディレの使う文字だろう。その文字を一気に並べて行っているあたり、たぶん日本語の「あいう」ないしは「いろは」、英語の「ABC」に相当するものを書いているのだろう。

 しばらく待っていると2行にわたって一通り文字が書かれた。そして、それぞれの文字の真下にまた別の文字を書いた。形がほとんど同じなものもあれば、全く違うものもある。日本語の平仮名と片仮名、あるいは英語の大文字と小文字に相当するものを書こうとしているのかもしれない。同じ文字に二種類の表し方があることは、何ら不思議ではないか。

 そして、最後にどこか別のページと行ったり来たりしながら、ラテン文字を書いていった。ただし、ラテン文字は小文字しか登場していないので、小文字しか書いていない。先ほど名前を書いた時も大文字が登場しなかった。

 そして、Sに横線が引かれたみたいな文字の上には「反転した6withちょん」、Sを二つ重ねたみたいな文字の上には何も記されていない。他も、ラテン文字を書いているとはいえ、発音記号が多少混ざったままのものだった。ちょっと読みづらいので、大体表記を与えてみようと思う。分かりづらいし、たぶん川端とスマホで連絡するときも何かとラテン文字以外の文字を入力するのは大変、というかそもそも入力の仕方を知らないので。

 ミディレが英語を学習するのに支障をきたすことについては、目をつぶらなければならない。そのころには、それさえもミディレ語で説明できるほどになっているだろう、たぶん。


 ミディレの使う言語の文字がラテン文字と仕組みが似ていることは理解できたが、だからと言って明日からこれが読めるとは限らない。僕は鞄から筆箱を取り出した。例のお気に入りのシャーペンに芯があることを確認し、ミディレが書いた表を照らし合わせながら、自分の名前をまず書いた。

 時間はかかる。一文字一文字書くたびに上にある表のどの文字を書くべきなのか、探しては字形を真似して書き、探しては字形を真似して書き、を繰り返さなければならない。僕が小学生のころ、お手本にある漢字を勉強した時もこんな感じだっただろうか。慣れ親しんだ平仮名や片仮名だって、昔は読めなかった。それをあんなに丁寧に、一文字一文字学校で何度も書いていき、文字を覚えていった。

 かつて、1006文字の漢字を六年間かけて一つ一つ覚えていったのだ。30文字弱しかないミディレ文字だって、覚えられるはずだ。


「Toita... Sadaie」


 ミディレは僕が書いた文字から音を再生した。

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