誤認教祖のアンディフィアン

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一、異世界人歓迎

第1話 ちょっと寄り道

 僕は「自称日本の観光業のTourist」として名高い京都に住む学生である。

 市内には多くの有名な社寺が散在し、日本文化に興味を持った外国人観光客が洋を問わず観光に訪れる。むしろ観光客の方が地元民より多いのではないかと思うほど、各地の観光名所は賑わいを見せている。ホテル業界も大忙しだ。

 日本有数の初乗り価格として有名な市営地下鉄は、今日も多くの会社員、観光客、学生を乗せて市内の要所から要所へ、そして郊外へと移動していた。僕――樋田定家も、朝の地下鉄で電車に揺られる学生の一人である。学校生活は、特に面白くもない。友達とソシャゲなどの話題で盛り上がりながら授業を受けて、そして帰る。部活は二年生になってからやめてしまったので。授業が終われば友達と一緒に帰るというものだ。


 しかし、この日の樋田は何かが違った。普段なら早く家に帰って宿題を適当に終わらせれば、ちょっとゲームをやって寝るという生活をしていたというのに、この日だけは違った。というかそうでなければ第一話にもならないというもの。僕はこの日、まっすぐ家には帰らずに、途中で電車を降りて、寄り道しようとしたのである。

寄り道といっても、友達とカラオケに行くとかそんな楽しそうなことをするためのものではない。本屋に行って何か面白いライトノベルや胡散臭い参考書を眺める。あるいはソシャゲをやるためだけに、カフェインを含有した黒色の液体を嗜むお洒落な店に入る、など。

 今あげたのはあくまで例で、今日は実はもう少し意義ありげなことをするつもりで途中下車した。たった一本しか持っていない愛用のシャーペンがどこかに行ってしまったので、見つかるまでは今日買う新しいシャーペンを使おうというわけだ。なんて意義がある行動だろう。学習に必要な備品をちゃんと揃えるなんて。

例のシャーペンは休日に友達に連れて行かれて入った店で、ノリノリになりながら買った(そして数日後には気に入った)ものなので、先程通ったコンビニやこれから訪れる本屋の小さい文房具コーナーに置いてありそうな気はしない。いや、どうだろうか。


 その本屋は巨大なショッピングモールに入ったホールディングス的な本屋ではなく、インデペンデンスなる存在として建物を構えているところである。要するに順不同ならぬジュンク堂のある店舗である。敷地が狭い分、京都市の条例の限りを尽くしてできるだけ上に積み上げられた店舗に、僕は入っていった。

 ラーメン屋のように高らかに客を歓迎する店主やお姉さんも、コンビニのように優しく声をかけてくれるバイトのお兄さんもこの本屋にはいないわけであるが、いきなりズカズカと入るというのは毎度違和感を覚えていた。それでもお辞儀をする奴は……いるんだなあこれが。

 まるで神社の参拝客のように、そしてそのあと二回拍手をするかのように、手動ドアの前でお辞儀をした少女がいたのである。だが彼女は頭を下げる動作をする際に合掌をしていた。そして別に拍手する様子もなく両手でドアを押した。そう、実は押し戸なのである。彼女が押し戸ではいるのなら、僕もそれに乗じて後ろから入る方がドアの移動が少なくて済むものだ。

 というありきたりな現代人的感覚をもって小走りに、そして顔の前に手刀を構えながら、聞こえるかよく分からないほどの大きさの声で、入店を試みる。


「失礼、ありがとうございます」


 普通に本屋に入ることができた。ここまで近づいてようやく少女の顔や体躯をはっきりと見ることになる。遠目で見た感じでは、袖がぶかぶかのワイシャツと赤いブレザーを着た女子高生かと思ったが、よく見ると制服ではない。何やら模様がうっすらと確認でき、どこか由緒正しい服なのだと分かる。

 軽くお辞儀をして早くエスカーターを上って目的の売り場に行こうとする。しかし、奇妙な呼び止められ方をされ、その足を止めてしまった。


「た、たう……」

 ん? たう? たうってなんだ? それとも「たる」って言ったのか? 樽……?


「あ、あすます……」

 あすます? 浅間? 遊馬? さっぱり訳が分からない。


 何なんだ、この娘……?

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