第51話 唐突な再会
史上最も説明を面倒くさがる女、として千鳥子は僕の脳内で定着してしまったところで、定一は外回りを提案した。この大学の近くには天守閣も残存している城があるので付近を散歩でもしないか、と。土地に慣れなきゃとか言ってくるたびに僕は「すまねえが、京都から出るつもりはないんだ」と思ってもいないことで返答するのだが、部屋が狭いわりに他人を止める心の準備だけは整えられており、何も準備がないのに他人を家に泊めようとするのはこの樋田家の体質なのかと思ってしまう。
「しかし、そうはいっても、京都にいるとあの女に狙われるぞ?」
「頭を消し飛ばされたやつが言うとまた違うが……今はそういう話じゃないから」
ミディレは川端と藤見に捕まりさっきの研究所で言語解析に付き合い、僕は定一に昼食を奢ってやるとか誘いを受け結局外回りに付き合い、唯一まともそうに見えた――と、一瞬思ったがそれは比べる対象がおかしいだけであって、彼女も実は信用ならない――千鳥子は資材を集めてきますとか言って一人でどこかに行ってしまった。
ずっと奥で寝ていた謎の男もやはり研究所に放ってきてしまった。あの男もかなり謎なのだが定一の大学での知人なのだろうと思って、さほど興味を示さなかった。定一の活動の協力者の一人と思っておけばよかろう。
「そうだ定家、動画は見たか?」
「今更それ聞くのかよ。いやまあ、一応一通り見たさ。また特訓でもするのか?」
「もちろんだ。移動魔法での戦い方の大原則は、全部あの動画で教えてあるから、適宜復習しつつ、模擬戦を繰り返すんだ。奴らの行動パターンは俺らにはわからんからな」
それはいわゆる「情報筒抜け」という状況である。
「僕らも向こうの行動パターンが分かるようにした方がいいんじゃないのか」
「あ、やっぱりお前もそう思う? 実は同じことを千鳥子にも言われててだな」
だめだ、こいつは信用ならん。やはり千鳥子という人はまともな人らしい。
『そんなそっぽ向かねえでくれぇ』と後ろから聞こえつつも、僕は定一を引き離すかのように早めに歩き始めた。経緯を振り返ってみれば、そもそもこの僕含めてみんな巻き込まれたのには相違ないが、立てるべき対策、というものがあろう。
しかしこのまま定一と意見衝突を続けていても何も収穫がないことは明らかである。本来なら本人から事情を話してほしいのだが、ミディレから情報を聞き出すのは不可能なので、今後の方針について千鳥子に相談をせねばなるまい。そして学校にも行かなくてはならない。
冬に差し掛かる時期ながらも涼しい気候だったので、腹が減るまで周辺を歩いたのち、文明の利器を使ってファミレスを発見した。お昼時にもかかわらず席はかなり空いており、特に待たされるということもなかった。
「ここまで早く座れるのも、郊外の利点だな、さあ、好きなものを注文したまえ」
「こういうところにこそミディレを連れて行きたいんだがなあ……」
「ほう? だがそれはお前の小遣いで行ってこいよ」
一般高校生の所得なら女の子一人をファミレスに連れて行くくらい、造作もない。定一など連れず、またラーメン屋の時みたいに食事に連れて行ってやろうじゃないか。彼女が故郷に帰るまでに。
故郷、ミディレの生まれ育った土地。
川端の異世界観にもあった通り、彼女は未だに我々が到達したことのない地域の出身であることはもはや疑うべくもない。この地球上のどこかにガラパゴス諸島が存在している、としか思えない。
そうでもなければ、あそこまで姿やスケールが僕らに似通った人間の女性なんて、登場しえないだろう。文化の壁を感じたがそれでも所詮は同じ
気前よく定一は僕の分も払ってくれた。
「そういえばあんた、バイトでもやってんの?」
「俺か? まあな」
かなりそっけない返答をされた。どこで何をやっているかくらい教えてくれてもいいじゃないか。といっても彼の収入源が何であるかは別段重要なことでもなかったので、僕も特に追及はしなかった。店を出て研究所への帰路につく。
「これからどうするんだ」
「言語解析係の進捗を見に行くとしよう」
――
「お、おかえり」
研究所の扉を開けると、ミディレは夕寝という贅沢を行っていた。藤見の迎えの声が聞こえたが、まず目に入ったのはミディレのその姿である。当の彼女はミディレを挟んで川端と共に作業をしている。変わったことと言えば、コンビニの袋が机に放置されているということと、部屋の隅で寝ていた男が消えていることだ。
「なあ、さっきあそこで寝ていたやつ、結局誰なんだ?」
「ああ、
かなりさらっと紹介した。
「あいつも研究員か?」
「ああ、かなり有能な奴でな。この施設を作ったのはほとんどあいつの業績だ」
ふーん、と思いながら椅子に座る。かなり歩いたから足が悲鳴を上げていた。
すると横で作業をしていたはずの川端が、突然ペンを置き普段の雰囲気とは一転変わった調子で言った。
「なあ。祝、祝っていったのか? あいつが祝先輩なのか?」
僕には、川端の目がかつてないほどに輝いているように見えた。
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