第34話 説得力のある演説
川端は例のメモをすでに電子化していたみたいで、スマホを取り出しながらざっと解説して見せた。指示代名詞、基本的な語彙、そして語順などなど。学校の英語の時間だとよく出てきそうな文法の解説を行った。藤見はというと解説を適当に聞きながらスマホを見ていた。解説すること20分程度。
「どうだ、理解できたか」
「ざっと、だがこれだけではミディレ語は使えないよなあ」
「まあ当然だな。語彙数は勿論だが、文法の面でもまだ関係節の使い方が完全に解明できたとは思えない、時制やアスペクトも全く不明、法などもさっぱりだ」
なにやら難しそうなワードがいっぱい出てくる。相手が僕ではなく定一なので普段は抑えている専門用語が駄々洩れになっているらしい。ペンを置いて背もたれにもたれかかり、川端はお手上げ状態であることを示していた。ミディレとこれから共に戦っていく上で、彼女と意思疎通ができないということを定一は最も問題視しているらしい。尤もだと思う。戦うにしても彼女を故郷に帰すにしても、意思疎通ができないと何も手掛かりが得られない。
「言語の分析については、ミディレ本人と時間があれば何とでもなるだろうよ、定一」
「そうか、ゆっくりでいい。まだ少ししか分かっていないというのならすぐにとは言わないさ。とにかく――」
軽々しく友人の兄貴を呼び捨てする川端。定一が面食らう様子も気を悪くする様子はなかったが、口には気を付けてほしいものだ。彼にはなぜかその辺のデリカシーが時折足りていないケースがある。
藤見もずっとスマホをいじっていた。無関心っぷりというか、これ以上の成果はないということを川端と共に表明しているらしい。しかしどうだろう。少なくともこの定家、ミディレにあってから数日全然ソシャゲをプレイできていないというのにミディレのために何かをしようと考えているのに、この二人があまりに無関心で、あまりに非協力的で、成果報告をしたら後は僕らに任せるだけ、みたいなことを思っているようにしか見えないのだ。気のせいかもしれないが、この時の僕はそこまで思考が回らず、ちょっと口調が崩れながら、また言葉尻が不安定なまま発言をしてしまった。
「なあ、川端、藤見……お前らこれから戦うというのに、なんでそんなにやる気ないんだ?」
少し言い過ぎたか、いやそれでも何も言わないよりはましだったと考えるしかない。三秒ほど時間をおいて、藤見が答えを返した。真っ当な答えを。
「やる気がないのは、私と川端にとっては当然、では? 私たちは彼女の言語を解析しろと言われたら協力するつもり。でも、決して人助けが趣味なわけでも、戦闘に長けているわけでもない」
むう、その通りだ。物言いは最悪だが、別に彼女を救わなくてもこの二人には何ら実害がないというわけか。人情がないというのはもはや頭の固すぎる人間の言い方か。僕にはこの二人を協力させるための決定的な理由を提示することができない。
定一がうむ、と小さくいって発言した。
「君の言い分は尤も……もちろん俺は強制する気はないし、彼女を見放したからといって組織は君たちに手を出すとも出さないとも言えないだろう」
一息おいて、定一は続ける。
「だが少なくとも君たちの顔が組織の人間に記憶されただろう。組織がゼースニャルメーテス技術を持っている以上、日本人の常識で物事を考えないことだ。すでにこの部屋にも監視カメラがある可能性もある。姿の見えない侵入者がいる可能性もある――」
彼は非常に説得力のある演説をした。
彼が言いかけたところで、ゆらぁ、と後ろに不自然な影が現れた。陰からは色白い手が伸びて背後から彼の後頭部を抉った。一体どういう力を使えば人間の頭蓋骨を破壊して、脳を削り取ることができるのか――ゼースニャルメーテスを使えるに違いない。
影はだんだんと自分の姿をはっきりと現していき、やがて実体となった。それと同時に、どんなに悍ましい姿の人間が彼を襲ったのかと恐怖していた僕やミディレ、川端と藤見は意外な敵の姿を見て唖然とした。影は先程のシルエットよりも縮んで定一の座っていた椅子から頭を出せるほどの身長になった。
その見た目は日本人の女子高生と共通している部分が多かった。髪はくくられて前に垂らしてある以外は、服装も見た目の年齢もミディレとそっくりそのままに見える。つまり、敵はかわいい。それ故拍子抜けしたのだ。
「Jeemusn.. wii, je gandes, tar Mizire」
僕は直感した。ミディレと呼んだ彼女は『組織』の人間だ。
ミディレ語の話者であるらしく日本語らしき言葉は一切発してこなかった。ただ若干ニヤついた顔をこちらに向けるのみで、ここからちょっとでも動けばすぐに巨大な魔法を放ってこちらを攻撃してきそうな気配だった。
「
「Arm gerpohhe? Pau, derbagan aarm bi karn zenjur」
レイマング、という名前らしい少女は一体どういう指使いを行ったのか、懐から同時に小さな剣を片手に三本取り出した。
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