第43話 ゴゴゴッ

 混雑する車内でもぞもぞとルーズリーフを胸の前に持ち直し、ミディレの注意を引きながら書き起こした。一瞬ミディレ文字で書くかラテン文字で書くか迷ったが、ミディレ文字を使った方がよかろう。少し時間がかかりながら、携帯端末に共有されていた字母表と行き来してミディレ語を書いた。


Aam je'r君は誰? Aamn fangnaara je'm君の祖国は何?』


 この二文を書いてペンをミディレにバトンタッチ。漠然としすぎた質問なのは分かっている。だが、そんな相手の経歴を事細かく聞くような語彙力もないし、これが精いっぱいだ。

 ミディレは少しでも僕に読みやすいようにラテン文字をわざわざ使って書いてくれた。すごく有能だ、もうラテン文字はあらかた使えているらしい。僕とは大違い。


Am je私は…… syastin sukung en zirkeu irkis. amn fangnaara私の祖国は je imumam. imumam ansum en naara fo hata.』


 素性っぽいことを書いてくれたと信じて、まずは文章全体を写真に収めて川端と藤見に送信し、自分でも何が書いてあるか読み解こうとしてみる。迷子のミディレちゃんはお巡りさんを代理して私がおうちを探さねばな。


 いきなり文章を見ても分からないので、文ごとに見てみよう。一文目、これは一人称単数代名詞amから始まっており「私は……」と等式文を言おうとしているようだが、その後に複数単語が並んでいて、この中のどれかが地名だといわれても分からない。いやもしかしたらsyastin sukung en zirkeu irkisがすべて地名なのかもしれない。昔川端から聞いた、Llanfairpwllgwyngyllgogerychwyrndrobwllllantysiliogogogochという長すぎる地名の件もあるので、断定はできない。そして試しにすべての単語を単語帳にて検索をかけてみたが、前置詞en以外なにも分からなかった。

 だがその次の文は何とか理解できそうだ。「私の祖国は~」と始まっており、その後の単語はカタカナ転写するとしたら「イムマム」と読める。彼女の祖国はおそらくイムマム国、みたいな名前なのだろう。さっそくググってみよう。

 しかし残念ながら「もしかして:イスラム」と一蹴されてしまい、それっぽい地名はヒットしなかった。これは確かにおかしいかもしれない。ラテン文字表記のimumamで英語のサイトがサジェストされることを狙ってみても何もヒットしない。

 ここは諦めて三文目を見てみる。するとイムマムがまた登場しているのだ。そのあとのansum enはよく分からない……いや、ansumもenも単語帳に載っている。


ansum

【解釈】いる、ある

【メモ】繋辞のjeとは違い、もっぱら存在にのみ使われるらしい。もしかしたら「住む」みたいな意味にも使えるのかもね。


en

【解釈】~で

【メモ】たぶん場所と言語。条件にも使えるのか?


 ということは「Naara fo hataにイムマムはある」という解釈になりそうだ。naaraは「国」と分かっているし、fo hataの謎が解ければイムマムのより詳細な情報が手に入るはずだ。


fo

【解釈】~の

【メモ】-nとどう違うん???


 川端の苦悩の考察が見えるが、少なくともこの場合はこのまま「ハタの国」と解釈すればいい気がする。


「ハタの国……」

「Am torbadisna en zaa... mo akru en bwii tirsum」


 やはりよく分からんもんはわからん。ググっても秦氏しか出てこないし、とりあえずミディレ語でいうところの「ハタ国」なる国家の出身であるというところまでしか分かりそうにもない。


 しかし、ここまで登場した固有名詞にぴったり合致しそうな情報が出てこないともなると、本当に異世界なのかもしれない。

 仮にこの地球を完全にフィールドワークして、完璧な調査結果を用意すれば、ミディレの故郷と思わしき国家がもしかしたら見つかるかもしれない。しかし川端曰く、それは今まで地球人に知り得なかった文明であるという意味合いを含めて「広義の異世界」だという。

 そういうのなら、彼女はきっと異世界人なのだろう。ミディレの住んでいた異世界――おそらく彼女を狙うテロ組織もそこに住んでいた処――は、ハタ国という国家が存在し、そしておそらく面白いことに移動魔法もその異世界から生じていると考えた方がよさそうだ。つまりこの可能化剤やそのほかは異世界の魔法ということか。


 移動魔法なる存在についてぼんやりと考えてはみたが、本題に戻ろう。

 分からないのならばまたje'm...ってなぁにをつけて情報を引き出せばよいのではないか。


「Naara fo Hata je'm」

「ズザザザザザザ」


 何かと思えば、終点竹田駅に到着し、乗客全員が一斉に電車から降ろされていた。

 しまった、筆談に夢中になって乗り過ごした。しかも竹田駅は地下ではなく地上にホームがある。これからの時期、夕方以降に屋外にいると肌寒くて仕方がない。急ぎ足で階段を上り、反対側のホームへ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る