第42話 公営サブカル推進機構

 中間試験が終わって最初の土日、一日目から濃い内容だった。そもそも本屋で異邦の人を拾っただけでもこの平和ボケを体現した樋田定家にとって一大事件なのに、何やらよく分からない組織に狙われているというのだ。

 よくよく思考を巡らせてみた。僕も何も考えずに生きる高校生ではない。その高校生をやめねばならない。

 ミディレを殺害する、あるいは連れ去ろうとしている? 目的は分からないが彼らの実態とは、おそらくテロ組織なのだろう。これまで僕はさんざん戦うことだけを強いられてきた。武力には武力で対抗するつもりらしい。だが武力で対抗するからには、地球人としてはとても無視することのできない「アメリカ軍」という存在を思い出さずにはいられない。

 そしてこのミディレという少女の実態。僕と打ち解け始めてからはまるで本当に観光に来ているかのように京都の町を闊歩しているが、テロ組織のようなものに狙われている以上は、安全とは言えないに決まっている。こうしている今でも、どこかにスナイパーが潜んでいるかもしれない。

 考えれば考えるほど僕は不安で仕方ないのだが、周りの人間を見てみるとそのような緊張感は一ミリも感じられないのが怖いところだ。


『君はその女の子の力にはなれないだろう』


 彫と名乗った謎の男の発言を思い出した。言いたいことだけ言ってどこかに消えてしまった男だが、あの男とはまた会うに決まっている。いやそれどころか、定一の言っていた名前も知らぬテロ組織と明らかに関わっている。


 疑問に思ったことは自分で調べることが自立への第一歩。川端に頼りきりではなく、自分でも行動を起こすことが大切だと、いつも胸に思っている。

 僕はすぐに某スプレッドシートと同じフォルダーにある某文書を開いて、『誰』を検索した。だが『帰る』のようにすぐに単語が見つかるわけではなかった。川端と藤見が今まさに議論している最中であり、共有ファイル上で川端のカーソルが左右に動いていたのだ。


≪疑問詞の考察≫

「何」「誰」といった疑問詞(句)は、動詞の直後に来る――が、どうやらm「何」とr「誰」だけはミディレは動詞にくっつけて書いている。


Dim jem? これは何

Sadaie jer? 定家って誰

Friitaa ansum wee? 家はどこ


 なるほど、これを見るに、「誰」はルというらしいが、動詞の後に置くらしい。英語でもWhat~ ?というようになぜか文頭に置いたりするのだから、疑問詞だけ特殊な構文を持っている言語も珍しくはないのかもしれない。

 あとは呼びかけてフーアーユー? と尋ねるだけ。


Mizireミディレ...」

Je'mどうしたの, tar Toitaトイタ?」

Aam je'm君は誰?」

「Rav... am?」


 当然応答に困ってしまった。僕でもきっとそうなる。もし唐突に川端に「お前は誰だ」と訊かれたら、まずは「は?」と返すだろう。ミディレはとてもやさしいと思うのでそんなことは言わないだろうが、困っているには変わりない。

 でも、こうするしかない。会話しながら「故郷」とか「祖国」みたいな単語を調べてみようとも思ったが、そんな単語はまだ調べられていない。「国」はnaaraナーラ、「父」はfangパングというらしいから、藤見の好きなドイツ国歌でさんざん聞かされたVaterlandファーテァラントと同じようなノリでFangnaaraと言えば「祖国」になるだろうか?


Aamn fangnaaraあなたの祖国は...」

「Fangnaara... than aam ehoあなたは~~dis Disnar kka Imumam? Aa, baro aam an je naaあなたは……ではない...」


 早い早い。でも、少なくとも首はかしげなかったので何らかの形で伝わっているはずだ。何らかの形で。

 正直「父国」と言われて祖国が思いつくかというと、ほぼほぼYESなんじゃないか。パッと思いつくわけではないが、やはり「生みの親」的なニュアンスを与えることには成功しているはず。

 それは置いておいて、どこまでが動詞でどこまでが目的語で、といったことが全く分からなかった。やはり筆談するしかないか。

 ちょうど最寄り駅までは到着したので、聞き取れなかったふりをしてうやむやにし、ルーズリーフを見せることで筆談を示唆するようにした。電車の中で座ればなんとかなるし、歩きながら何かをすると僕みたいなやつはすぐに躓く。


「まもなく二番乗り場に、竹田行が~~~~」


 広義の京都市に住む一般学生なら当然、公営サブカル推進機構市営地下鉄は重要な足である。竹田駅は財政危機サブカル推進機構烏丸線の駅の一つで、国際会館駅の反対側の終点駅である。

 それにしても嫌な予感がする。何が嫌って、電車の中で座りながら筆談しようと思ったのに、乗車駅に並んでいる人間の数がすでに不穏なのだ。ここまで人数が多い列に並んでいるのであれば、もう座れるわけないじゃないか。あきらめは肝心だ。某ジャパニーズキャピタルの満員電車ほどではないが、ある程度の混雑を覚悟しながら、立っている人がちらちら目に入るレベルの混雑度の烏丸線の到着を、「やっぱりな」という目で見つめた。

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