第20話 ローマ的思考

 放課後の帰りもやはりミディレの言語の話題で持ち切りだ。「反転した6withちょん」も、川端に発音の特訓をしてもらった。そんなに難しくはない。またその他に悩ましい子音も教えてもらった。帰ったら確認したいことなどが大量に得られた。

 また彼によるとどうやら母音は五種類しか出てきていないらしい。確かに英語などにはなんか舌が捻じ曲げられたみたいな母音とかアとオの中間みたいな音とかいろいろあるが、ミディレの言語ならそれを考慮する必要はなくて、日本語と同じ感覚でいいということか。英語のuと日本語のウは違うと言うが、川端は空耳界のtouristなので分析できるようになるのはずっと後の話だろう。

 学校と駅の間は徒歩で移動する。登校ラッシュや下校ラッシュになると、学校と駅の間にはそれなりに学生の列が形成され、僕と川端もその中を歩く仲良し男子高校生二人組になれる。付近に他の高校もないので別に複数の制服が混ざるということもない。ついでに言うと道の周りには田んぼしかないので、シーズンが近づくと漂ってくる鼻の曲がりそうな肥料の臭い、たまに畑を行き来する農耕用の機械、おじさん、おばさん、カエル(カエサルではない)、名も知らぬ虫ぐらいしか住民はいない。


 駅に到着すると、電車が急行の通過待ちで停車していた。なかなかの混雑具合だ。すでに述べた通り学生の列が形成されていたので、全員ではないにせよその列が一斉に大気中の電車に乗ればそりゃ混むわけだ。

 適当な場所に鞄を下ろして、話をつづけた。川端は、近くのつり革を掴むのに3秒程度かかりながら、問題を一つ提起した。


「そういえば、藤見のあの話、聞いたか?」

「あの話」


 まあ、僕には藤見がちょろっとだけ話していた「異世界人説」なるもののことだろうと察しはついていた。あんまり公共の場で異世界がどうとか話していたら痛い人にしか思われないかなと、冷静になってみれば思えたのだろうが、僕と川端は割と本気で話していたのでその自覚はない。現れるのは彼と別れてからの話になるが今つり革にぶら下がっている僕たちには知る由もないことだろう。

 異世界人説――適当に受け流していたので詳しい話を藤見から聞いていたわけではない。なのでこれは僕が今咄嗟に思ったことになるのだが。考えようによってはないこともないか? いやいやいや、何ロマンじみたことを考えているんだ。藤見にちょっとロマン思考があるのは事実だ。短絡的に夢見がちな女、というよりも夢を一瞬真実であると思わせてくることもあるので、厄介と言えば厄介かもしれない。

 まあそれはつまり、藤見の言うことを簡単に信じてはいけないだろうなと言う判断だ。ミディレは、世界のどこかの国から来た、それこそ川端や僕ですら知らないような国から来た人なのだ。言語もそうに違いない。

 半信半疑の樋田に向けて、川端の意見がついに述べられた。


「もしかしたらアリかもしれん」

「なるほど、お前ならそういうと思って――な、アリだと?」


 アクセントが違うから決して昆虫のことではない。山県有朋の愛称でもない。聞き間違いではなさそうだ。

 あの意見に川端ですら認める、川端もついにロマン思考に目覚めてしまったか。それとも今話をしている相手が川端に見えて実は変装の技術を極めた藤見なのか。


「私はあいつと違ってロマン思考じゃないから、なぜあの考え方に納得がいったか理由を説明しよう」

「新生浪漫主義川端、どうぞ見解を」


 川端の長い話が再び始まった。まだ興味ある事柄なので聞いていられるが、川端にはもっと簡潔にものを話す技術を磨いてほしいと、相変わらず思う。

 川端曰く、主要な理由は「語族が見つからない」だそうだ。彼の長い話の合間を縫うようにして、僕は質問を投げかけてみる。そうでもしないと同じ論題を延々と語り続けるので。


「語族が見つからないと言っても、なにか借用とかは無いのか?」

「まだ借用されるに足りるほどの高度な単語が分かっていない。その高度な単語が何語由来なのかである程度の文化圏の推測はできるだろうな」


 それはつまり、簡単に言うと「中国語っぽければ漢字圏」「英語っぽければ英語圏」「アラビア語っぽければアラビア語圏」みたいなことだろうか。川端ならこれらのうちどの言語から借用されたものかなど、見分けるのは容易かもしれない。

 そのいずれにも当てはまらないということは、相当に孤立した世界であろうということが言える、と語る。そして、そんな世界は実質的に異世界であるとか。


 ついで川端が挙げたのは「異世界」についての彼の持論である。近年の日本人は、異世界と言えば近世ヨーロッパの街並みに人外や魔法の概念が存在している、というものが重い浮かべやすい。古めかしい西洋風の世界が日本における異世界になっている。

 しかし、真なる異世界とは、もしも存在するのならばあらゆる形態があるはずだ。それこそミディレの様に全く違う言語を話すという現象があったり、かと思いきや日本人の巫女のような服装をまとっていたり――結局、エルフ耳で魔法を使っていて、みたいなステレオタイプ異世界人はこの場合宛にならないと、川端はまとめ上げた。


「まあ、当然この地球を完全にフィールドワークして、完璧な調査結果を用意した結果、ミディレの故郷と思わしき国家があるかもしれないことはまだ否定できないところだがな」

「結局そうなのかよ」

「だが、それもまた異世界だ。人間にはわかり得ないことの方が多いからな」


 川端は意味ありげなこと言った。自明の理のはずなのに。

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