第14話 川端・セクンダ

 彼女を一言で表せば、『第二の川端』が適切だ。

 川端と同じように言語にハマり、中学時代に川端と共に『英語教育を無くす会』を部活動として申請後、内容があまりにも政治的すぎたために即刻生徒部が廃部処置を施した。川端経由で僕と知り合った友人としては唯一であるのだが、川端経由だけに彼女自身も少々困った経歴とステータスをお持ちである。

 しかし彼女には言語とはまた裏の顔があり、共産趣味、チョソン、某美大志望といったコンテンツにどっぷりつかってしまったという、流行に敏感なイメージのある女子とは思えないほどの趣味の奇妙さを持っている。こう述べてしまうと彼女はそういう思想を持っているかのように思えてしまうが、決してそうではない。見た目や普段の行動はあくまで普通の女子高生である。ただし特定のワードを以て会話を始めてみればたちまち変貌してしまう。

 本当に困りものだ。川端にも当てはまることだが、趣味さえ変わっていなければ、一瞬まともに思ってしまうのに、蓋を開けてみれば「四年の歳月を与えよ」とドイツ語で叫び始め、攻撃攻撃と歌いまくり、共産党ジョークをネタに使って話を進めるなど、一般人には近づきがたい話題しか持ち合わせていない。

 そんな彼らと付き合いのある僕も一般人ではないかもしれないが、それは言ってはいけない約束だ。


「こんなところで会うなんて、偶然ねえ」

「そうだな、学校帰りか?」

「うん、そうよ」


 ここまでは普通だ。いたって普通だ。

 なんと最近は髪を自分で触りながらオシャレに気を使っている風を演出するというスキルを身につけたという。その技巧は進歩の停滞を知らず、日に日に向上していくのだ。趣味を隠したいという感情があるだけでも昔よりかは変わったと言えるかもしれない。だがいずれにせよ、今でも脳内では音楽がループ再生されているに違いない。

 だが今の会話から察するに、相当遅い時間に帰宅したことになる。本屋も閉まっている時間帯、そんな時間に女子高生が電車を降りて家に帰ろうだなんて、ちょっと何かあったんじゃないかと思ってしまうだろう。第三者には。

 彼女に限ってそんなことはたぶんない。というのも彼女はそもそも強く、昔男子と喧嘩して圧勝したとかそういう系統の伝説をいくつも持っている。加えて歩くのが速く、おそらく手を出そうにも出しがたい雰囲気を出しているだろう。彼女自身はそんなことには気づかなく、むしろ自分が全く危険な目に合わないことを心配しているらしい。どういう方向に心配しているかは分からないが。


「それはそうと、その女の子は誰?」

「え、この子?」


 しまった、ミディレのことを話題にされてしまった。

 彼女は以上に上げたことの他に、僕に対してなぜか世話を焼きがちでお節介であるという困った特徴を持つ。つまり、僕はガチャで爆死した後には絶望の表情が出るらしく、速攻に言い当ててくる。そして首が一日右に曲がっていないことにもすぐに気が付き、寝違えたことを言い当ててくる。

 図々しさにおいては川端以上といったところ、しかし僕のことを話題にすることもあるという強みが彼女にはあって、川端にはない。川端は言語の話を絡めて雑談という名のマイワールドを繰り広げるのが得意だ。得意というかそれしかできないか。

 そんな彼女がミディレの存在に気付かないとあっては、ミディレが僕にしか見えていない妖怪か何かであるとしか考えられない。


「この子は学校で知り合った――」

「あー、この子が噂に聞く『未知語』の話者の女の子なのかな」

「え?」


 噂、という単語を彼女は用いた。

 この事実は僕と川端くらいしか共有していないと思うのでおそらく情報は川端が流したのだろう。トピックを見つけたら友達と共有するという人間の性格は否定しないが、藤見もこの問題に絡んでくるとなると川端の時とはまた違った面倒くささが生じる気がする。

 だが、今の発言はちょっとしたヒントにもなった。川端と藤見は彼女の言語を『未知語』と呼んだ。川端と藤見がどれほど世界の言語を知っているかは分からないが、もしかしたら未だ解読されていない言語だと二人は判断したのかもしれない。 その点をついて、僕は質問した。


「『未知語』ってどういうこと?」

「うーん、まだまだ私たちも勉強中なんだけれども、どうもこの言語は思い当たるような系統の言語がないのよね」


 彼女が僕に言語の話をする時は、なるべく専門用語を抑えている、と語っている。川端から聞いた話でつまるところ受け売りなのだが、言語には『系統』という区分を設けることができる。系統というのは、簡単に言うとその言語の祖先がいるということだ。例えばフランス語や英語、ドイツ語には共通の祖先言語があったと考えられているらしい。

 思い当たる言語の系統がない、確かに未知語だ。もう少し話を聞いてみた。


「さすがに現代で全く未開の地に全く未知の言語がありました――なんてあまりにもレアケースなんだよね」

「そうなのか」


 相槌しか打つことはできない。彼女が言うのならそうなのだろう。


「そこで私は彼女の言語についての仮説を立ててみたの」

「仮説?」


 全く未知の言語が発見できました、我々は偉大な発見をしました。と、言うことでは済まないのか。仮説と言われると、何か壮大なことを思いついた風に聞こえそうなものだ。

 深く頷いてから、藤見は言った。


「その子、おそらく『異世界人』ってやつだわ」

「へえ……は??」

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