第32話 初仕事

 彼の言うゼースニャルメーテスによって、川端と警察のいるところまでたどり着いた。ブルーシートが被された何かが僕の目に一番に留まった。不安げな顔で川端を見ていたミディレは、閃光とともに現れた僕ら三人に気が付いた。


「T, Toitaa!」

「ああん、樋田? お前何故ここに?」


 突然そこに現れたせいでものすごい注目を浴びた。川端とミディレに加えて担当している警官数名、周辺の見物人など多くの人々がこちらを見ていた。

 ふと定一を見てみると、いきなりここでぼーっとしてはいけないと言わんばかりの視線を送られた。やるしかないのか。こんなバカげた話を信じて。注射器を使って『超能力』とやらを発現せよと。もう無茶苦茶だ。


「樋田の行動力はあああ、世界一イイイ!」


 掛け声は最悪だった。使用済みの注射器を道に投げ捨て、一心不乱に川端とミディレのもとに走り出した。止まれ止まれと牽制してくる警察の声を躍起になって弾き返した。やがて警察に取り押さえられても、僕は止まることがなかった。彼らに僕を止めることはできなかった。

 川端の左手をわしづかみ、ミディレの胴を抱えて再び藤見と定一のもとに戻ろうとした。そのわずかなスキを突いた一人の警官の男が僕の腕をがっしりと掴んだ。捕まってしまった。


「君、何処に行く気だ。待ちなさい」


 警官は少し焦っているようにも見える。だが容疑者を逃がそうとする明らかな国家反逆者を公務員の立場として放っておくわけにはいかないだろう。この手を離さないことには先に進めない。だが大きな男の手は僕の男の細い腕をがっしりと、中指が親指にくっついて一周するほどにがっしりしっかりつかまれていて、指を切断するほか逃れる隙は無いように見える。

 そうしてこちらの腕を無造作に引っ張っているうちに周辺の警官数名もこちらに群がってきて、腕を掴んだ男の手助けをしようとした。一人でだめならみんなでやる。こちらにはそれができない。無意識にクソ、とか抵抗してみる声を出してみるのだがなぜかあまり力が入らなくて見かけ以上に頑張れてはいない。というのも、僕にはこの事態を解決してくれそうな切り札と無意識に信じている存在があった。こいつらを直接殴ることもなく、無傷のままミディレと川端を彼らの手から逃がす方法があるはずだと。


「様子がおかしいぞ……大の男が五人がかりで押さえているのにビクともしない…」

「なんちゅう踏ん張りだ」


 見物客の声がちょっと聞こえた。この状況をどう捉えられているのか。しがない男子高校生が不良を働いている、といったところかな? 警察にすら抵抗して見せる、事後には少年院には運ばれ、樋田家は犯罪者を産んだ一族として三週間ほど語り継がれるに違いない。兄弟そろって昼間に警察沙汰とはこれはとんでもないことだ。

 するとあれだけしつこかった警官たちの猛攻がいっぺんに掃討された。警察たちが何の力を受けてのけぞったのか分からないが、僕はただ急に走れるようになったと気が付いて全力を出して定一の元へ向かうだけだった。その逃走の中一瞬だけ見えたのは、先から煙を出す細長く短い棒とそれを握る小さい手――ミディレの手であった。


「よしなんとか、怯んでいるうちに逃げるぞ!」


 定一は部隊の指揮を執り僕らを連れて走り始めた。商店街に入るとまずいだろう。僕はミディレを背負いながら、定一の逃げる進路を必死に目で追おうとしていたのだが、右手で何かを握りこんだかと思うとそれを勢いよく地面に投げつけて、異常に視界の悪い煙を発生させた。何と古典的な手法だ。これなら相手に異能力者だと悟られるというよりも、曲芸に造詣深い通りすがりの爽やか青年を演出できるだろうな。本当に?

 煙に紛れながら、一瞬だけ定家が上にジャンプして商店街の屋根の上に逃げる様子が見えた。正気ではない。あの天井にジャンプして逃げるアレを僕らにやれと。それは僕と藤見と川端も同じこと。ミディレは背負っているのでその必要はないが。僕に女の子一人を持ちたまま十数メートルジャンプする脚力があるのか? ゼースなんとかなら可能になるのか?


「早く来い、逃げるぞ」


 行動を急かされてはどうしようもない。しかもその相手が川端となるとむしろお前なんかよりさっさと屋根に逃げてやるさと言う覚悟もわいてくるというもの。煙が風にかき消される前に、脚に力を入れて思い切り地面を蹴って跳躍してみようではないか。いくぞ、必殺のI can jumpを見るがいい、ミディレよ。

 とう、するとまるで夢の世界の様に自分の体がふわっと浮き上がり、これまでのジャンプの感覚を完全に破壊してしまうような浮揚感に襲われた。これだけの力でこんなに跳躍できるなんて違和感しか感じないのだ。アニメやゲームなどで見る主人公が軽々とこれぐらいの高さをジャンプして見せるので、そう考えれば別に驚くべきではないのかもしれないが、現実の人間は50cmジャンプするのがやっとで、1mなど人間をやめている。


 たしかに、この注射器は人間をやめることができるらしい。彼の言葉を使えば、超能力を使えるらしい。僕らは屋根の上を走り去り、某蜘蛛男のように屋根から屋根に移動するなどして、結局あるマンションに到着した。京都市内の四条通などの中心街に住宅はほとんどないが、これは先程いたところよりももっと北の方角、にある住宅街だ。

 兄はこの周辺、というかあのマンションに住んでいるのか?窓から容赦なく部屋に入っていくのだからこの男の部屋に間違いないのだろう。テレビがつけっぱなしで録画されたアニメの一時停止ボタンが押されたままだ。

 僕ら五人は部屋に入った。

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