第28話 美少女手品師

「あれっ?」


 いつも右手に持って様々な用事を済ませていたあの万能電子機器が無くなるということほど、恐ろしいことはない。あれがなければ、連絡もできないし、ログインもできないではないか。非常に困った。

 しかし、なんとなく川端に「携帯がなくなった」と告げるのは気が引けた。彼に携帯が無くなったことを言ってしまえば、それだけで彼やミディレ、藤見に迷惑をかけてしまう。何も知らずに真っ直ぐ道を歩く彼だが、これでもその気になれば周りに配慮を怠らない人間だ。単なるコミュ障ではない。

 だが、携帯がこのまま見つからないというのも落ち着かないので、ここはひとつグループを離脱することにした。


「川端、ちょっとトイレ探してくるわ」

「おう、その辺にぶちまければいいのにな、まあ行ってこい」


 こんな大通りで堂々とぶちまけるなんて、お前くらい、いやお前でもしないだろう。しかも僕はどんな田舎の山道であろうと野外ですることはない。

 そんなことはともかく、僕はグループを離れて、ミディレを川端に預けて逆走を始めた。川端に、済んだら後で連絡しろよ、と告げられた時はさすがにドキッとした。そんな手段はない。川端や藤見の電話番号をそらんずることもできない。公衆電話なんて僕、使ったことないんじゃないか。

 とにかくあれがないと始まらない。簡単だ。どんなにはぐれてもアレさえ見つかれば連絡がつくのだ。さっさと見つけ出してやる。川端や藤見と話しているときは携帯を触ることは無い。どこで落としたのか、思い返してみよう。


 ――そう思って数秒考えてみるのだが、思ってみれば今まであまりに自然な流れに任せてここまで来たので、何も心当たりがない。ないものはない。ないものからどうやって記憶を辿れと?

 とりあえず迷いに迷って、歩きに歩いて先程来た道をそっくりそのまま折り返してきて、降りた駅に戻って来た。別にここに絶対的な手掛かりがあるわけではない。道中ではとにかく地面を凝視してうっかりポケットから落ちた可能性を考えてはみたもののやっぱりなかった。

 まさか、電車の中で無くしてしまったか? うっかりポケットから滑り落ちたのだと考えると、落とし物として届いていることを期待しながらあの京都市交通局に電話を入れないといけないじゃないか。勘弁してほしい、見知らぬ人と電話で話すのは苦手なタイプだ。

 とりあえず定期券を使って改札に入ってみようとすると、なぜか定期券が通らない。入ろうとしてもピンポーンと音が鳴り、ゲートを塞がれてしまうのだ。おかしいな、期限切れなんて起こしているはずもないし、単に読み取りがうまくいっていないだけか。と、再チャレンジしてもやはりダメ。なんてことだ。こういうちょっとしたことで行く手を阻まれるのはものすごく恥ずかしいんだぞ。


「すいません、あなたのと間違えていたようです」


 後ろから声がかかった。どこかで聞いたことがあるような気もするし、そうではない気もする。聞いてすぐに逃げ出したくなるような系統ではないということだ。

 声の主を探してみると、それは果たして一人の少女だった。ミディレとは明らかに見た目が違うし、しかも日本の高校の制服と見て取れる服装を纏っていた。全くの他人、ということだ。当然僕は彼女のことは全く知らない。


「こちら、あなたの携帯と定期券です。先ほど改札を出てからすれ違う時に間違えてしまったみたいで」

「すれ違う時に、?」

「はい、なのでこちらお返しします。本当に申し訳ありません。では、私はこれで」


 女子高生は去っていき、改札を通っていった。渡された携帯を開いてみると確かにそれは僕のものだ。よく分からないデフォルトの背景からゲームやアプリの配置の方法まで、そっくりそのまま僕のものだ。しかし、かなり奇妙なのが、藤見からメッセージが二件ほど来ていることだった。僕の手元にないから気付くこともなかったわけだが、藤見がメッセージをよこしてくるなんて珍しいんじゃないか。おまけに不在着信がひとつと通話履歴まである。通話履歴、僕の覚えのないものだ。

 さっきの女子高生が勝手に僕の電話を使って藤見と通話していた、としか考えられない。携帯には何もパスワードをかけていないのだから十分それは可能だ。勝手なことを。


 メッセージ内容を見てみよう。そこにはローマ字を含む謎の文章が書かれていた。


藤見『Am amsonna INTA di aamz』

あなた『Nestenorna. Guinke bwins ryoehogan.』

藤見『その注射器を使え、その時は覚悟せよ』


 「覚悟せよ」……彼女が何を言いたかったのかさっぱりわからん。本当に分からん。amもaamzもなんとなくミディレ語に見えなくもない。しかし内容は分からないし、このあと僕がまたミディレ語と思わしきもので返信しているのも分からない。この文章はそもそも僕が打ったのではなく、おそらく先程の少女が打ったものだ。


  首をかしげながら僕は来た道を引き返さなければならない。とりあえず藤見にはどこにいるのか的なメッセージを送っておいて、川端に今から合流する旨をメッセージで送った。

 出発しようかと思った矢先、藤見の声が遠くから聞こえた。


「あ、樋田! ここにいたのね」

「藤見、どこに行ってたんだ?」

「いや……実は携帯がどっか行っちゃってて、でもなんかよく分かんないお兄さんが拾っててくれて」


 ――なるほど?

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