二、異世界人案内

第27話 出発の日

 盆地の朝日がとうに昇り切った時間帯、僕は私服を身にまとい、一応綺麗になるスプレーをかけたミディレ服をまとったミディレを横に歩かせながら最寄り駅に到着した。目的地にはすでに川端の姿と藤見の姿がある。藤見は少し集合時間に送れそうになった僕と連絡を取ろうとしていたのでスマホを仕舞おうとしていた。


「お、樋田の野郎が来たぜ」

「よしよし、ちゃんとミディレも連れてきているね」


 川端の最初の呼びかけは僕にもよく聞こえたが、その次の藤見の声は独り言のようで僕に聞こえたのはあくまで文脈による補完である。二人は僕らを見るなり鞄を持ち直して、ポケットから定期券を取り出して出発の準備をした。


「で、どこに連れて行くつもりだ?」

「神社仏閣など」

「商店街で買い物とか行きたいかな」


 さっそく二人は矛盾していた。ちなみに僕はそもそも出かけたくはない。

 こんな状態で今までまともな外出ができたかというと、もちろんそうではない。例えば行こうとしている飲食店が一つあるとすると、そこに向かうのではなく新たに行きたい店が二つ以上見つかる。ざっと傾向を言うと、藤見はファミレスへ、僕はラーメン屋へ、川端はコンビニへ行こうとする。ミディレにおいてはこの三人の気ままな外出に付き合わされるのだ。我ながら不憫に思う。そして、こうなってしまったのも、おそらくミディレ語の解読とミディレの経歴を調べるためだ。しかし、ただ調査するためだけにわざわざ外出などする必要があったのか。

 特に行くところが決まらなかったので、この日は市内に出て適当に喫茶店を探す流れになった。僕としてはそれが一番無難で嬉しいのだが、砂糖の類いを入れないとコーヒーを飲めない藤見や、そもそも店で食事をとることを好かない川端にとってはどうなんだろうという感じだ。というのも、これは僕が提案したことなので、他二人が嫌な顔をするのは仕方ないことだ。

 京都市では今のところ地下鉄が二本しか通っていないのだが、そのうちのいずれか一本の沿線に住むことができれば、簡単に都会人になることができる。20分もあればすぐに河原町や京都駅などの主要都市、商店街にアクセスできるからだ。


 地下鉄に乗る際には席が空いておらず、四人一緒に座ることはできなかった。そもそも列車の座席を四人で占領するなんて躊躇する。今回は二人分座れそうなスペースがあったので、僕とミディレが座るように藤見が仕掛けてきた。

 人と体が触れる、またはとても距離が近いというのはとても不思議な感覚になるものだ。それは毛布をかぶるという状況に似ているのかもしれない。安心するのだ。ミディレの隣に座っていると。


「樋田、えらく落ちついた顔をしているな」

「うるさいなお前は、手すりをにぎにぎしてるんじゃねえぞ」


 川端がここでお節介をかけてくるのはちょっと珍しいか。それとも、さすがの川端もそういってしまうほど僕は今落ち着いた顔をしていたのか。

 地下鉄は予算の限りを尽くして掘られた地下トンネルを駆け抜けて、最終的に京都市役所前駅に到着した。本当は河原町通と御池通の交差点から「河原町御池」という別名があるのだが、市役所が近くにあるという理由からこの駅名になっている。地下街が存在するのだが、それを華麗にスルーしていくパッとしない三人組に場違いに紛れ込む黒髪の少女。さっさと階段を上ってレンガが敷き詰められた河原町通の歩道に足をついた。

 行き交う車を見ると、地下を通って遠くに来た感が深い。僕らは河原町通りを南下し始めた。藤見はスマホを取り出して地図を起動した。


「なあ、なぜ市役所前で降りたんだ?」

「さあ、なにかありそうじゃない?」


 適当に藤見は答える。僕の抱く「この辺りに行けば大抵のものはありそうだ」という短絡的な考えは、もしかしたら彼女に由来するものなのかもしれない。

 しばらく歩いた後、藤見は何も言わずに姿を消した。本当に唐突だ。こんな真昼間に、なんの音も声も立てず、特に通り抜けられそうな路地なんてないのに急に姿を消した。これに最初に気が付いたのは僕だ。


「ん、あれ、藤見の奴どこいった?」

「確かに、まあ合流してくるやろ」


 藤見が姿を消すというのはよくある話で、たいていの場合、ちょっと気になるところがあって寄り道をしている。知らない道を歩いている僕と川端は道なりに歩く能力しかないので、何もしなくても後からどこに行ったか容易に追跡でき、合流できるのである。らしい。

 川端はミディレに話しかけた。


Aam kenso Phujimi藤見は見えるか?」

「Wii, en akra kas彼女は ikaphupna di~へ zaaon trom en tenehos」

「なるほど、ikaphup-na?」


 すると川端は再びメモ帳を取り出して、歩きながらやり取りを始めた。この光景には既視感がある。やめるんだ、少なくともこの大通りで、屋根までついている大通りでミディレの周りを踊るなんて真似はやめるんだ。

 さすがに踊りこそしなかったが、両手で自分の頭を指さすジェスチャーなどは何をしたいのか分からなかった。いつものメモ帳に彼は考察を記録していき、それを仕舞った。


「何か分かったか?」

「着いたら発表しよう。藤見はどこに行った?」


 どこに行ったんだ? 失踪してからにしてはちょっと不在時間が長すぎる気がする。別に右折も左折も逆走も消滅もしていない。なのに、藤見が合流してこないのは、どうなんだろう。


「連絡してみるか」


 携帯を取り出してメッセージを飛ばす。飛ばす。飛ばしたい。

 ない――携帯が、ない。

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