第6話 順不同凱旋事件の主犯

  僕の家に向かうというわけで駅に着いた。なんてことだ、なんてことだ本当に。こんなところで、こんな事態に遭遇してしまうとは。


「よお、樋田!」


 遠くから満面の笑みでこちらに手を振ってくるのは、天地が逆転しても僕の友人の一人、川端ではないか。樋田という名を呼ばれる僕に再び畏怖というか要するに勘違いの目を向けてくるミディレを尻目に、小走りでこちらに向かってくる川端を見た。こんなところであいつに会うなんて、いや会うことそのものはどうでもいい。なんでこんな時間にここを歩いているのかという話にもなるだろうが、何よりあいつは話が長いのだ。


 はっきり言うと、あいつは「言語オタク」。日常のあらゆる話題から言語関係への話題を切り出して執拗にそれを語りまくる。こちらがやめろといくら言っても、また別の話題をどこかしら見つけ出してくる。話始めると長い。単なるコミュ障じゃないか。そしてそれ以外に何か話題があるかというと、これもまたない。しいて言うならソシャゲで多少盛り上がれる程度だがログイン日数は一週間に半日みたいな状況でとても熱く語り合えるわけではない。

 せいぜい小学生のころからの腐れ縁で、顔を合わせては殴り合いをする程度の仲だ。そんな小説みたいに美しい友情があるわけではない。こいつの弟が不治の病にかかり悲しみに暮れる友人を慰め続けたとか、敵の幹部に殺されかけていたところを間一髪助けてもらったとか、世界征服を企む悪の魔王を倒して一緒に世界を救ったとか、そんなエピソードは何もない。あるのは、一緒に修学旅行に行ったとか、ユーフォーキャッチャーで札を数枚溶かしたとか、カラオケでマイクを握ったとか、そんなことばかりだ


 あいつが突然現れて、トイターとかいうやつの知人か誰かかと曇った顔をしているミディレ。無理もない、もう見るからにして怪しい人間だからな。うちの高校の制服を身にまとっているが、こいつの私服を見たらもうゲシュタルト崩壊を起こして前衛芸術を施したボディーペイントにしか見えなくなるからだ。

 かと思えば、川端の奴は鞄から何かを取り出して、それを持ったままこちらに寄って来た。棒状のようだが、見せてもらうまではよく分からない。


「さあ樋田、こいつを見ろ。最後の一本だったぞ」

「な、なに?」


 僕は驚いた。こいつが僕に贈り物だと? しかもさっきジュンク堂で探し求めていた、最後の一本だっただと? 僕が店に入る前にすでにラスト凱旋を買い占めていたというわけか?

 なんてやつだ。これではまるでこの僕が川端から贈り物をもらったみたいじゃないか。よりによってジュンク堂を順不同に空耳した男にこんな仕打ちを受けるとは。


「順不同に行ったら、最後の一本だったんで買っておいたぜ」

「畜生、僕の凱旋の邪魔をした真犯人はお前だったか!」


 川端は「アアン?」とでも言いたげな顔をして、実際に言った。僕は一部始終を話した。帰路で寄り道して、ジュンク堂に寄ったこと、売り切れていたこと、とぼとぼ帰ろうとしていたこと。そしてまだ帰っていないこと。最後のは言わなくても分かるが。

 ともかく、無言でシャーペンを受け取った。悔しいが、ほしかったことには変わりない。だが決してこいつの恩恵で入手できたというわけではない。こいつのことだから、もしも明日会えば明日渡していただろう。だからといって川端が文房具に全く興味がないわけではなく、単に愛用のものがあるというだけらしい。そんなことよりも、そろそろ川端もずっと隣にいた女の子が気になってきたんじゃないのか?

 いや、気にしてほしいものだ。


「じゃあ、私はもう帰るぞ」

「いやどこ行くんだよ。途中まで帰り道は一緒だろ」

「これから本屋に行って時間をつぶす。ではさらばだ、その女の子とも仲良くやれよ」


 川端は去っていった。何だったんだあいつ。

 しかもいま、「仲良くやれ」とか抜かしたな? 余計なお世話だ。あいつにそんなことを言われる日が来るなんて思ってもみなかった。無駄に義理に厚くなりやがって、そこだけはいじろうとしないのかよ。

 しかも、もうこんな夜遅い時間だってのに、まだ時間をつぶす気か。もう潰す時間などないだろうし、そろそろ本屋も店じまいだ。いつまで立ち読みしていないでさっさと家に帰ればよいのに、本当に暇な奴だ。テストが終わった直後からこれだから、もうどうしようもない。

 ところで、ここまで本屋に寄ろうとするあの川端を僕が真っ向から叩ける存在かというと、ちょっと横槍を刺された気分だ。カフェインやソシャゲばかりやっているやつが「暇な奴」と思われてもしょうがない。だがそこはお互い様だ。


 結局僕はこの女の子と二人きりで家に帰らなければならない。いやどうせあんなやつを家に入れる気などないのだが、普段なら一緒に帰るぐらいはしたはずなものを、あんなに強引な形で別れさせられるなんて、むしろ裏のあいつを疑ってしまうではないか。いや、まあ今はそんなことはどうでもいいか。さっさと帰ろう。


「Bwin fan je'r...? Bwin Toitaan rendof kka arche...? Arsya=Toitaktei kka...」


 ミディレが小声でつぶやいた。小声がこんなに鮮明に聞こえるなんて、と心臓が数倍強く拍動しているのを感じながらホームまで歩く。日本有数の乗車賃を誇る地下鉄のホームに、二人揃って仁王立ちする。緑の線のボディーをした車両は、数分後に右から到着した。

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