第46話 異世界の方
『曲げてから伸ばしてこうやるんじゃなくて、体の力や腰の力を使って――』
まるで何かの拳法を解説するかのように躍動感あふれる定一が出現した。腕に仰々しい動作が入りまくり、彼ほどの大きさのある家具を軽々と吹き飛ばしていく愉快な動画である。体の動かし方、そして移動魔法を『発動』する方法などを定一は淡々と述べていく。
送られてきた動画を見てちょっとできそうな気がしてきたが、明日はちょっとミディレとお散歩にでも出かけた方がいいかも――いやまて、ミディレも連れて行く必要はよく考えたらあんまりない。ただ単に公園で一人でこんな仰々しい腰使いをするのはあまりにもシュールに映るのだ。
でも、もしかしたらミディレが移動魔法の扱い方を知っているという可能性もある。昼間の彼女は、例の急襲してきた少女と張り合っていたはずだし、異世界の戦闘である以上、ミディレもまた移動魔法の使い手とカウントしていいはずだ。その意味でミディレを連れて行けば何とかなろう。
可能化剤も何本か持っているので、明日はちょっと散歩に行くことに決めた。なあに、彼女は僕の行くところならどこにでもついて来てくれるのだから、何も問題はない。
動画だけ見て、明日への英気を養うべく、気合十分のまま今日はひとまず床に伏した。辞書を引いて「
――
翌日の天気は雨だった。
やれやれ、ちゃんと天気予報を見なかった自分が悪いのは承知だが、あれだけテンションが上がっていたんだから、さっそく明日から練習だ~っていう雰囲気になるのは当然ではないか。
夜中あたりから雲が増え始め、湿度が上がり、そのまま一日中ザアザア降りになったと天気予報のお兄さんは語る。休日につき家の居間で大人しくしていた父親曰く、昨日の時点ですでに降水確率100%としていたので、もう日曜日のこの日はずっと家にいておこうと腹に決めていたという。家事を一通り済ませた母親はソファでだらけており、洗濯物も乾かないとのことでうだうだ言っていたのだ。
そんな僕もミディレと共にリビングに下りてきて、昨日買った食材などと共に朝ご飯を済ませて、ダイニングテーブルに並んで座っていたのだ
父親は笑いながら言った。
「いやあ、それにしても、うちって二人兄弟ちゃうかったっけ?」
「急になんだよ」
父親の目線は明らかにミディレの方に向かっていた。今この空間で一番ニヤついているのが見て取れる。定一が京都に戻ってきているとのことで、ウチにもよったらいいのに、と連絡を取り合っている母親を他所に、父親による尋問が始まろうとしていた。
「男ばっかりの家族やなあと思って十数年お前らを育てきたんやけど、そんなおまえさんにもついに通じ合える女の子が見つかったかと思ってな」
「通じ合える……?」
「ん? そうなんだろ? いやまあ藤見さんっつう変わった子もいたか」
通じ合える、ああ、そういうことか。
そりゃあ、一応日本語の不得意な留学生というように映るのだろう。なので、国際結婚なんて樋田定家らしくないことをしようとしていると父親は考え込んだのかもしれない。それなのになんとなく気が合うなんて、もはやこれ以上の偶然はないじゃないか! と。ロマンチスト・マイ・ファーザー、樋田
しかし残念、そんなことは決してない。英語や中国語どころか日本語も通じない。おかげで案内係の僕は甚だ困っているんだ。
――ようこそ京都へ、異世界の方。金閣寺、北野天満宮、伏見稲荷大社、三十三間堂、etc...どれも聞いたことのある場所ばかりです。異教徒? いえいえ、見るだけでいいんですよ。なんか、何語を喋っているか分からないって感じの表情ですね。異世界人とて日本語ぐらいわかるでしょ。あっ、分からない。あっ……(
これが本心である。言葉が通じない相手をどうやって導けと。
川端と藤見の協力を仰ぎながらここまで嗅ぎつけたというもの、やはりコミュニケーションは不足しているように感じる。本当はもっと魅力的な彼女にお近づきになりたいというのが、原始的な願望なのに。今は同じ屋根の下を共に生きることしかできない。
それにしても、この文言は自分でも笑ってしまうほどあまりに的確に彼女との出会いを表現できたので、ぜひとも巨大な半紙に顔真卿の書風で飾ってみたいものだ。
すると、テーブルに置いていた携帯が鳴りだした。父親に対しては、適当に首をかしげてその場をやり過ごし、リビングを後にした。ミディレがずっとついて来ている。
応答してみると、今日は珍しく川端からの発信だった。藤見かと思った。またしても藤見が、尋問が始まろうとしているこの僕を助け出そうと、わざわざ電話をよこしてきたのかと思ったが、どうやら言いたいことだけ言って帰っていくいつもの川端が発動しているらしい。
とりあえず応答した。
「なんじゃいな川端」
「よお樋田、月曜は休もうぜ」
何を言っているんだこいつ。
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