第47話 『組織』手稿

「Aam en namzuu goodisgan wee di...?」

「今ちょっと支度中なんだすまねえ」


 どこに行くの行かないでと目で訴えるミディレに申し訳なく着がえを披露しながら、僕は月曜日の朝を迎えていそいそと家中を踊り狂っていた。

 日曜日は結局何もせずに辞書を駆使しながら五目並べを覚えさせて遊んだりしてインドア高校生を演出したが、月曜日という難敵に襲われたからには、学生たるもの、さんざんに日曜日を渇望し、そして月曜日を憎み殺す勢いで登校の用意をせねばならない。


 定一からの動画を見返すこともなく、制服を身にまといながら玄関のドアに手を掛けると、謎の力が働いて開かない。おかしいな。京都盆地の癖に雪でも積もったか。

 見るとミディレの保有スキルによって僕は家の外から出られなくなっていた。しばらくすると家のインターホンが鳴った。

 朝の家族は忙しいので、一番玄関に近かった僕がドアを開けてみると、そこには定一と川端が立っていた。

 定一は間抜けな顔をして言った。


「ごめんください。ミディレ語教えてくださーい」


――


 定一の顔を見るなりにいそいそとお茶の用意をしようとした母親の誘いも断り、定一と川端は僕とミディレを拉致って行った。これは一種の犯罪行為だぞ。誘拐罪だ。突然若い男女を車で連れて行くなんて、明らかに犯罪行為だ。


「まあまあ、訴訟とか訴状とかそんな物騒なこと言わないで聞いてくれ。どうせ皆勤賞なんて取ったところで何も得しないんだからさ」

「まあそうだが、僕が言いたいのはそこじゃなくてだな」


 まあ、内心またこうやって彼らと出かけてミディレのことを調べられるのは新鮮味があって悪くないとは感じているものの、やはり特に大義名分もない学生ボイコットはよろしくないと思う。「異世界人の言語を解析したいから学校休みます」と、隣の席に座っているこの女が言ったとはとても思いたくはないものだ。


「さっきから私の方見ているけど、そんなに今日の私のオシャレが気に入ったの?」


 ずれまくったこいつらの思考にもはやついていけそうにない。

 そんな不満も挟みつつ、そしていつのまに定一は車の運転免許を取得したんだという驚きも挟みつつ、なんと、車はやがて有料道路の方へ乗り上げていった。


「おいおい、日帰りドライブなんて聞いていないぞ」

「日帰りドライブ? いやいやそんな甘っちょろいツアーじゃないよ」

「その通り、我々はこれからガチTouristになるのだ」


 やはり思考がずれている。何の突拍子もなく、いきなりみんなでドライブ、しかも日帰りどころか任意の日数外泊するらしい。修学旅行くらいでしか外泊しない、専らインドア派の我ら仲良し三人組だが、いきなりこんな展開になるのはあきらかにこの男の差し金だろう。言語解析合宿などシャレにもならない。


「川端、説明してくれ、どうしてこうなった?」

「ノリ、と言いたいところだが、実は事態は意外と単純じゃないんだなこれが」


 『これを見よ』と言わんばかりに、川端はチャットグループに画像を一つ張り付けた。誰かの手紙である。


――

Di Sadaichi mo Sadaie


Hansum……在る bi kas彼女によって chemn di~になる kim, syaazi mostree

An~ない syaazigan choiru mooaa he wantee


――


「分かるか?」

「いや、何も」

「はあ、これではわざわざラテン文字転写に変えた意味がなくなるじゃないか」


 呆れ顔で言う川端。運転席から定一が引き締まった声で言った。


「これはおそらく『組織』から送られた文書だろう。たった二行しかないが、ミディレ文字の筆記体でおしゃれに、ミディレ語で書かれている」


 元画像と、川端が手作業で書いたと思われるラテン文字転写を同時に見てみた。ミディレ文字の字形はいまいちうろ覚えだが、ここまで流麗に筆記体で書かれてしまうと、全く読めない。平安時代の日本語の文章が現代の日本人によってミミズが走ったような文字にしか見えないのと同様、この筆記体のようなものもさっぱり、どこからどこまでが文字なのか分からない。いやそもそも僕は英語の筆記体すら読めない。


「ミディレ語で書かれているのだが、ミディレの描いたものではないことは明らかだな。そしてもう一つ、大事なことがある」


 川端はこちらのスマホをのぞき込んで勝手に操作しながら、元画像の表題のところを拡大表示した。

 ここだけは筆記体ではない。すべて大文字表記で、何か怨念が込められたかのように太く濃く書かれていた。


「こう読める。『サダイチ、そしてサダイエへ』と」

「僕らの名前を……」

「やっと気が付いたか?」


 つまり、僕らがミディレを狙う組織に名前を知られているということに他ならない、と言いたいらしい。

 名前がばれているということは、もしかしたら家の場所なども知られていたのかもしれない。そうなると家族が心配になってくる。もしも両親を人質に取ったら? もし家を移動魔法で爆破されたら? 物騒な技術を持っている人間なのだから、物騒な考えしか浮かばない。


「それで、僕らはどうするんだ?」

「……俺の大学に来てもらう」

「は?」

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