第36話 戦う美少女

 戦う美少女……ライトノベル臭しかしないこのテンプレ的キャラクターをミディレは演じていた。いやそれを言うなら襲ってきた少女も戦う美少女といえるもので、少なくとも二人は同年代に見えた。

 二人の戦闘は非常に僕ら京都の一般学生には全く目が追いつかないほどの速度で行われた。こちらに行ったかと思ったらあちらに行き、何かを放ったと思ったらそれはすでに躱されており、の連続である。よく戦闘シーンを描くアニメや映画があるが、たいていの場合僕は何が起きていたのかあんまり目で追えないままでいる。この状況からしてミディレが勝ってくれないと次にやられるのは明らかに僕たちなのに、勝負の行方を心配するよりもこの異能を使って戦う異様な光景に見とれていたのだ。

 不思議なことに、ミディレもその少女も「移動魔法」と呼ばれるものを操っているようだった。だがそれは定一や僕がやって見せたような体術というよりも、二人が持っている短い棒のようなものが強力な移動魔法を纏っていてそれで戦っているようだった。

 それは置いておいて、戦況を確認しようにも目に追えないのが正直なところ。二人の決闘は数分続き、やがてある男がその場に居合わせたところでいったん止められた――樋田定一であった。

 向こうでどういうことが起きているのかはこちらから正確に読み取ることはできないが、定一はミディレを匿ったかと思ったら、何もないところから剣を取り出して構えた。


「奇襲をかけるとは……俺も危なかったよ」

「Je miier h'am derbanna aarm pekta...」

「ああぁン? 俺にミディレ語は分からねえな」

「Tar Sadaichi...kas je wiaruudopa! Param bu!」


 三人の会話は全く通じていない。ともあれ定一はあの攻撃を受けておきながら生還していた。とても信じられない。あの光景を見た時はさすがに僕も寒気が走った。一瞬で屠られる兄を見て恐怖したものだが、彼が生きているのを見て心底安心した。

 そして襲ってきた少女は遠目から見るに殺気をさらに高めていた。移動魔法のよく分からない力が大鯰の様に暴れているのか、建物の周囲に亀裂が入っていく。

 次の瞬間、少女が大きく棒を振ると、耳を劈くような雑音と共に少女は姿を消した。僕ら川辺の三人が後ろにただならぬ死の気配を感じたのはそれと同時である。気が付いたら僕は反射的に後ろを向いていた。だがその反応は遅すぎたらしく、あっという間に背中に手を固定され、少女から逃げられないように押さえつけられてしまった。首元に彼女が使っている短剣が突き付けられ、映画などでよく見るアレだとすぐに分かった。


「な、何をす……」

「Weeho bu. Mizire=Zirkodisnar, h'aam kyanpa rom arm je kooristei. O zemhosytaree di aam am amsogan. Aam goodistas di amz, kka am derbatas dinam tsuree he than kyuuresna aarm. H'aam an woneho bwinz derbanjeriigandisree karameeyo he bwins je aamn arche h'am tekyader derba」

「Z... zam je...!」


 二人のやり取りは僕には分からない。何かを言われてミディレは明らかに惑わされているということしか僕にはわからない。

 しばらく沈黙が続けられた。僕の両手を塞ぐ少女もずっとミディレの言動を待っているように見えた。ミディレは下を向いたまま顔をこちらに見せずそこで立ったまま。当然僕が横槍を入れられるわけがない。藤見も川端も何が起きているのか分かっていないようで、何も口出しをしてこない。兄は臨戦態勢のまま様子をじっと見守るだけ。

 しばらくして、ミディレは武器である細い棒をどこかに仕舞った。顔をこちらに向けて叫んだ。その顔は今にも泣きそうであった。


「Zam je he... aam an derbatas bwinz t'am chemnna di aamn archenar?」

「Yee, zemho bu.」


 数十秒ののち、ミディレが再び声を張って言った。


「Am chemngan di aamzn arche phas h'am yanbanna phian gaisaree di bwins. Am ankyanpa zemho zaaon tromree」

「Nestenorna. Aam je razachotua」


 すると話はすんだのか、僕に手を掛けることなく少女は短剣を下げ、僕を解放した。僕はいっちょ前に彼女を警戒したが、何をするまでもなく向こうへ歩いていき、やがて姿を消した。


「何が起きていたのか全く分からない」

「ほんそれ」


 川端と藤見によるやりとり。言語解読班があんな感じなのだから当然僕も分からなかった。直感でひとつわかることといったら、ミディレはあまりいい心地がしていなかったということ。何なら僕はあのまま殺されていたかもしれないということ。なんとなく彼女の言動から僕が助けられたような気もするが、あの会話の内容が全く分からなかった以上詮索したところで何も答えは分からないだろう。

 いつの間にかミディレはマンションの四階から降りており、こちらに来ていた。お互い生きていてよかったと思った。少なくとも僕はそう思っている。

 さらに定一も四階から降りていた。異様なことに後頭部から煙がまっすぐ伸びていて、まるで某巨人漫画の様に後頭部が高速で修復されているようだった。


「詳しい事情を聞きたいところだな、定家」

「いや、後頭部がないあんたが言えたことじゃあないだろ」

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