第44話 コンビニ帰郷

 定家が急に踵を返して来た道を返したのだからミディレは若干不審に思ったかもしれない。平和ボケしているこの僕を許してくれ。君はおそらく争いの絶えない異国から来たのだろうが、僕は生まれてこのかた銃すら握ったことがない。何度でも言うが、喧嘩すらしたことがなく、運動も得意とは言えないのだ。

 さて帰り道はあんまり頭を使うことは避けよう。同じ過ちを二度繰り返さないように努力するのは人間のつとめだと川端はかつて語った。僕と藤見は考え方が甘々なところが多々あるので、「人は間違えるのが常である」という座右の銘を昔から共に掲げていた。しかし、藤見が人間らしく間違えたところを見たことは、僕はあんまりないというのも、個人的に悲しい。


 目の前にいる少女とは全く関係のない余計なことを考えていると、あっという間に自宅近くの最寄り駅に到着した。二日連続ラーメンを決め込むつもりもなく、あんまり駅に近づくと彫という不審者に絡まれる恐れがあるので、今度こそはメロンパンのみを購入するのではなくコンビニに寄ろうと思う。コンビニ追放を食らったのはあのドヤ顔の似合う言語大好き高校生なので、僕ら二人は健全な客として入ることができる。いろんな意味で彼の特異なキャラに感謝したい。

 ミディレに何か声をかけようと、単語帳を漁った。十数分前に電車の中で例の筆談を送りつけた。既にその返信が来ており、川端が『ほう、バリ有能』と言ってきたので『辞書とか使ってみたけど意味はよく分からんので丸投げ』とありのままの状況を伝えると、どこかの琴線が切れた藤見が『あのスプレッドシートを辞書と言ってはいけない(戒め)』と横から入って来たのでこれは明らかに単語帳である。単語帳を引きます。そういわないとまた彼女に怒られるぞい。


Tar Mizireミディレ, aam jiki'm何を食べる?」

「Doofree...?」


 ドープレー、と聞こえたが、意味はよく分からない。まあ多分食べ物関連の感想を漏らしているんだろう。「はらぺこ~」とか言っていると想像しておこう。動物の赤ちゃんをズームで移して人間が勝手に妄想してアフレコした映像を垂れ流す番組ではないが、彼女の言っていることが満足に分からない以上はこうやって都合よく解釈するしかなかろう。


 売り場の前に出て、興味のあるものを選ばせた。

 どうやら見た目が可愛らしいものには興味があるらしく、菓子パンだったりスイーツだったりといった食べ物が欲しそうな感じだった。なるほど、スイーツ女子入門生の藤見から聞いた話だと、「スイーツだけ食べたいというときはよほどお腹が空いている」らしい。彼女の食の感覚は分かりかねるが、まあお腹が空いていると考えてよかろう。

 しかし、あんまり甘いものばかり食べ過ぎるとよくない。彼女にはケーキのようなものと甘そうな菓子パンを買ってあげる一方で、しっかりとカット野菜を無駄に二袋も確保した。


 コロッケなどのありがちなおかずも入手したところへ、帰路につき、盛りだくさんの一日から帰宅した。

 とにかく疲れた。昨日と変わらぬ謎の民族衣装を纏うミディレは秋なのに汗をかいていた。すぐにでも入浴させて着替えさせてあげたいが、依然として服がないという問題が発生している。ここは、母親に頭を下げて何着か女性用の服を手配した方がいいか……。いやあ、頼みにくい。ミディレの生活用品だと理解はできているとはいえ、この僕の口から女性ものの服が欲しいと言うなんて。

 しかし、日本語が全く話せない彼女が自分の衣服を注文できるわけがない。男定家、ここはプライドを捨てて、ミディレのために一肌脱がねばならぬぞ。


 母親はぎりぎり寝付こうとする寸前に、携帯で何かを調べていた。

 ええい、先に声帯を震わせたものの勝ちだ。


「母さ――」

「あ、そうだ定家。さっきその女の子の服何着か注文しておいたから」

「は?」


 まじかよ、僕はすでにこの人に負けていたのか。というか服のサイズも一切調べずによくまあ注文できたな! その無為無策な行動力は逆に尊敬しよう。いろいろと適当な性格をなさっているが、押し入れに布団フォールを仕掛けることのほかにそんな特技もあったとは知らなかった!


「いやいや、サイズとかどうしたんだ」

「そんなもんぱっと見で分かるわよ。身長は大体150cmくらい? 昨日定家の服を着てあれだけぶかぶかなんだからあとはサイズの表を見て適当に想像すればすぐわかるでしょ」

「いや、バストとかウェストとか……第一、下着とかも必要だろ? それはどうしたんだy」

「それはあんたが買ってきなさいよ」

「???」


 訳が分からない。女性ものの下着を探すのを手伝えと? この何も知らなさそうな女の子の?

 しかもこの人、身長の話だけしてスリーサイズを完全にすっ飛ばしたな、もしかしてもしかすると女児用の服を選んだんじゃ……いや、そう思われるのも仕方ないのかもしれない。なんてったってミディレちゃんは典型的幼j、華奢な体型をなさっておるので、もしかしたらこの母親は僕はその辺の中学生か小学生を拾ってきたと思われたのか? やはり、この人はさすがに許してはいけない。

 だが(この定家目線で)胸がわずかにある以上は、ブラジャーだってきっと必要なのだ。下も胸も、全部必要なのだ。加えて、「自分の下着じゃあちょっと大きいよ」と遠回しに母は主張しているらしい。ああ、なんて不遇な。


「Mizire... aam」

「Arm chemn syan?」


 まあいい。女の子を連れて〇Uなりユニク〇なりに行くのは明日以降の話だ。

 今日は食材を冷蔵庫に仕舞って、適当に夕飯を用意する。今夜はそれでおしまいだ。

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