第21話 魔女の休日4
「ははっ、どうじゃ? 元気いいじゃろう?」
「……よすぎだ。というか、なんでいきなりこんな目に遭わなきゃならないんだ?」
「大人しく妾に付いて来んからじゃ。言うことを聞かぬ悪いペットには、きちんと仕置きしてやらねばいかんであろ?」
そういうのは飼い主の手でするもんだろ、と反論しそうになって、アスラルは慌てて言葉を飲み込む。
ペット扱いされることには慣れてきたものの、パナヴィア自身が手ずから仕置きなど……考えただけで怖くなる。
「自分の手を汚さずに子供たちにさせるとは……ひどい仕置きもあったもんだな」
「これ、子供たちを責めるでないぞ? 命令したのは妾じゃ、文句があるなら妾に言うがよい」
「……そうさせて貰えれば、少しは気が晴れるかな」
また溜息が零れる。はじめから子供を責めるつもりなんて無いし、パナヴィアに責任を追及するつもりも無い。
ただまあ、何というか躾がなっていないというか、ある意味で恐ろしく統率の取れているここの子供たちにお前は何を教えているんだ……と。
「ごめんなさい」
ちょっと一言いってやりたいと思ったところに、意外な言葉が聞こえた。
「ごめんなさい、ちょっとやりすぎました」
「痛かった? ごめんね……ええっとぉ……ナヴィちゃんのペットさん」
「やったのはオレらなんだから、ナヴィ姉ちゃんを苛めんなよな!」
「そんな言い方無いでしょ! ご、ごめんなさいペットさん。謝りますから、ナヴィお姉ちゃんを怒らないでください」
見ると、パナヴィアの周りに子供たちが集まって、小さな人垣を形成していた。まるでアスラルから〝大事なお姉ちゃん〟を守るかのようだ。
「こ、こら、お前たち、何を言っておるか! や、やめい、やめんか!」
どうやらパナヴィアにとっても想定外だったのだろう。やめさせようとするが、さりとて強く叱ることも押しのけることもできずに、おたおたとするばかりだ。
確かに少々痛い思いはしたものの、戦場はもちろん、訓練で受けてきた痛みに比べれば可愛いもので、ここまで謝られるようなことは無い。だというのに、どうして……。
「おっ、怒ってますか? 怒ってますよね!?」
「ほら! アンタが余計なこと言うから、ますます怒っちゃったじゃない!」
「べ、別にオレ、そんな……。わ、悪かったよ、もうしねぇから」
どうしてこんなにも謝るのか、と考えていたら、子供たちの謝罪の言葉はますます勢いを増して、仕舞いには半べそを掻きながらグズつく子も出てきてしまう。
なぜこんなにも謝られるのか。まるで自分が怖いみたいではないか……。
「…………すまない」
と、不意にアスラルは今の自分がどんな顔をしているのかに、思い至った。
パナヴィアの冗談に皮肉で応じ、ついでに文句のひとつでも言ってやろうかと思っていた自分の顔は、子供たちから見ればひどく不愉快そうに見えたことだろう。
ましてや自分はこの子たちにとっては名前も知らぬ、しかも大人だ。
仲のいいパナヴィアのペットだからといって、そうそう簡単に打ち解けられるわけがない。
「みんな、謝らないでくれ。俺こそ、悪かった。パナ……〝ナヴィお姉ちゃん〟を責めるつもりも、みんなを叱るつもりも無い」
そう言ってできるだけ……祖国を失ったときに、リースと離れ離れになったときに失くしてしまったとばかり思っていた穏やかな笑みを浮かべながら、アスラルはゆっくりとしゃがみこんだ。
「少し、恥ずかしかったんだ。俺はあまり誰かと話すのが得意じゃないから、どう言って謝ろうか、ちょっと考え込んでしまったんだ。
それと、ちょっと驚いてね。普段はいつも偉そうな〝ナヴィお姉ちゃん〟が、こんなにもみんなと仲良しなものだから、正直びっくりしてしまった」
「なッ!? この、余計なことは言わんでよい!」
僅かにからかうような笑みを浮かべてそう締めるアスラルに、パナヴィアからすかさずお叱りが飛んでくる。
それを皮切りにしたかのように、子供たちの表情から強張りが溶けてゆくのが分かった。
「っぷ! なぁんだ、テレ屋さんだったんだ!」
「大人のクセにシャイなのかよー? だっせぇー」
「あら、子供がナマイキ言ってんの。そういうトノガタのほうがセージツなのよ?」
そして戻ってきたのは先ほどと変わらぬ、無邪気な笑顔だった。
さっきは立ったままで、しかも遠くから眺めていただけだったので分からなかったが、こうして目線を合わせ、目の前で見るたくさんの子供たちの笑顔は、なんと微笑ましいことだろう。
そう感じた瞬間、アスラルの顔からも強張りが取れる。
この子たちを怯えさせないように、と気を付けていた力が抜け、代わりに自然と……なんの苦も、気負いも無く、素直な笑みが浮かぶのが分かった。
「本当にごめんな。みんな、初めてで緊張している俺を歓迎してくれたんだよな? やり方は少し荒っぽかったけど、みんながどのくらい元気なのかは、よく伝わったよ」
「へへっ、本気出したらあんなモンじゃないぜ?」
「そうそう。ナヴィ姉ちゃんとガチでやる戦争ゴッコは、もっとスゲーんだから」
「戦争ゴッコって……。随分とまた、過激な遊びをするんだな?」
思わず苦笑が零れてしまう。
確かにパナヴィアは女王だし、最前線で兵を率いる指揮官もこなすが、まさか子供の遊びにまで戦いを持ち込むとは。
「過激か? そんなことは無かろう、しょせんはゴッコ遊びじゃ。それに、そのくらいならどこの子供でもするものであろう?」
「……そんなものなのか?」
「そんなものであろう? ……何じゃ? まさか戦争ゴッコはしたことが無いのか?」
「戦争ゴッコというか……そもそもゴッコ遊びといわれるものの殆どは、したことが無いんだ。同い年くらいの友達がいなかったんでね」
少し自嘲気味に肩を竦めてみせながら、アスラルは幼少期に思いを馳せる。
初めて都城したのは8歳の誕生日。そこで初めて見たリースの愛らしさに胸を打たれ、いつかこの子を守れる立派な騎士になるんだと心に決めてから、剣術、武術、馬術の鍛錬に加えて、他の貴族の子供たちに侮られぬよう勉学に励んでいた記憶しかない。
少しでも気を抜いたら、もっと家柄のいい同年代の子にリースの護衛役を取られてしまうかもしれないと思っていたから、アスラルはいつも大人に混じって稽古に明け暮れた。
その日々に後悔など微塵も無いが、今思えば、もう少し友達付き合いというものを経験するよう努力しておくべきだったかもしれない……
「かわいそうだな、ペット」
と、不意に沈んだ声が聞こえた。
何事かと思い意識を浮上させたアスラルの目に飛び込んできたのは、同情というか哀れみというか、何とも言い難い表情で一斉にこちらを見つめる子供たちの姿であった。
「な……なんだ、みんなして? 俺が、何って?」
「ペット、友達いなかったのか」
「さみしかったよね?」
「そっかー、それでシャイなんだな。バカ話できる友達いればよかったのに」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。え? えぇ? お、俺、かわいそう……なのか?」
自分ではそんなふうに思ったことなど一度も無かったのだが、こうまで一斉に、しかも子供たちから口を揃えて言われては、何だか自分がとてつもなく孤独な人間に思えてきてしまう。
「……そうか、そうであったか。なんと……なんと不憫な。およよよよ」
そこに今度は、何やらえらく芝居がかった語りが聞こえてきた。
発信源は……見るまでもないのだが、あまりのわざとらしさについ目を向けてしまうと、やはりそこにはパナヴィアの姿があった。
涙なんぞ一滴も流れていないのに目元を拭い、口元は隠しているのだがその頬は思いっきり笑みに歪んでいるのが丸見えだった。
「そのような幼少期を過ごしておったとは露とも知らなんだ。それでは遊べと言ってもどうすればよいのか分からぬのも無理はない。せめて……せめて正しい遊び方を教えてやりたいのじゃが、妾独りの力ではどうすることもできぬ。無力……何と無力なのじゃ妾は、さめざめさめざめ……」
さめざめなんて声に出して泣くヤツはいないだろう……などと指摘する気力が微塵も出てこないのはどうしてだろう。
「大丈夫だよ、ナヴィちゃん! オレらに任せとけって!」
「そうよ。あたしたちがナヴィお姉ちゃんのペットと、いっぱい、いぃーっぱい! 遊んであげるわ」
「ナヴィ姉ちゃん一人で、何もかも背負う必要なんて無いんだぜ?」
「なんと……っ! なんと心優しい子たちじゃ。うむ、うむ! みなの優しさ、嬉しく思うぞ。妾はもう迷いはすまい……妾の持てる全てをもって、そちの荒んだ心を癒してやろうぞ! さぁ!」
……一体どういう状況なのか、再びわけが分からなくなる。
パナヴィアに至ってはもう臭いを通り越して逆に香ばしさすら漂ってきそうな演技であることは考えるまでもないが、それにつれられて……いや、一緒に乗っかっている子供たちの手前、このまま棒立ちというわけにもいかない。
「……もう少し気持ちよく輪に混じらせてくれると、すごく助かるんだが」
「あぁあもう! 何じゃノリの悪い! そこはたとえ演技であっても、感動にむせび泣きながら子供たちを抱きしめてやるのが大人の対応であろうが。ああ、もちろんその対象が妾でも構わぬぞ? この場は無礼講じゃからな」
「お前は俺に何を期待してるんだ……?」
ペット扱いされていることには甘んじている我が身ではあるが、喜劇の相方役を受け入れた覚えは一度も無い。
「ペット、もしかして面白くなかったか?」
「仕方ないわよ、こういう遊びはしたことないって言ってたじゃない」
「うーん、やっぱし『愛と涙の邂逅ゴッコ』は、初心者にはちょっと高度すぎたかー」
「こ、これもゴッコ遊びだったのか!? あ、いや、悪かった。すまない、どうも理解が追いつかなくて……」
「気にすんなって。これからちょっとずつ覚えていけばいいから」
「あ、ああ……そう、だな。だが、その……今日は、アレだ、初めての人向けの遊びにしてくれると、すごく嬉しいんだが」
「おう、いいぜ。じゃあやっぱ戦争ゴッコが一番じゃね?」
「そうね、男の人だし。ナヴィちゃん、それでいい?」
「むー……そうじゃな。仕方が無い、まずはその辺りからノンビリ慣らしてゆくとするか」
明らかに子供たちから手心を加えられている感覚はどうにも不本意な感じがしないでもなかったが、その流れの中でパナヴィアもこれ以上の追撃を諦めてくれたようだった。
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