第19話 魔女の休日2

 パナヴィアと共にルーセシアの町を歩く道すがら、アスラルは3つのことに驚いていた。


 ひとつは、このルーセシアという国……いや、町並みそのもの。

 三方を山に、一方を海に囲まれたルーセシアは、その地形上海風に晒され続けるという特徴があった。

 平地が少ないからという理由ももちろんあるが、こう潮風を浴び続けては作物も満足に育たないため、山むこうの平地に農地を拓いていくしかなかったという理由が大きいだろう。

 だがそのおかげか、町は人が住むことを目的とした整備がよく行き届いており、道端から路地裏にいたるまで綺麗に掃き清められていた。

 先の出撃の折にこの町を駆け抜けたはずなのだが、そのときは先行するパナヴィアを追い掛けるのに必死で、とても周りを眺める余裕など無かったことを思い出す。

 海風に耐えるための頑丈な石造りの家々と、そこに住む活気に満ちた人々は、とてもではないが妖魔悪鬼の国という風評は似合わないのでは、と思うほどだ。


「よぉナヴィちゃん! なんだい、今日はサボりかい?」

「サボりではない、視察じゃ視察。あぁ、もし万が一ルミエールが来おったら、妾は港のほうへ行ったと言うておいてくれ」


「あらパナヴィアさま、こんにちは。ウチの子は元気にしてます? パナヴィアさまに迷惑かけてませんかしら」

「案ずるな。まだ新米ながら、よう働く良い娘じゃよ。……が、その様子では休みの日に家に顔を出しておらぬな。今度、ちゃんと帰るように言っておこう」


「あー、ナヴィちゃんってば、イイ男連れてるじゃない。デート?」

「残念。こやつは妾のペットじゃから、犬の散歩のようなもんじゃな。お主こそ、いつまでも遊び歩いておらんで、お主の言うイイ男の1人でも見つけんか」


 そして、町ゆく人と交わされる、パナヴィアとの会話。

 ふたつめがこれだ。

 もしなにも知らないものがこれらのやりとりを聞いたとして、一国の女王と民が話をしているとは思いもしないだろう。

 幼い頃のリースも、女中の姿に扮してお忍びで城下に出向くことがあったが、そのときに民と交わした会話は簡単な挨拶や相づちくらいで、民もまたリースには恭しく接していた。

 それに比べてこっちの女王さまときたら、掃除夫見習いの子供のような格好といい、ざっくばらんすぎる会話といい、とてもではないが一国を治める主の姿には見えない。


 そしてみっつめは……。


「人間ばかりなんだな」

「なんじゃ、突然」


 道行く人のすべてが、誰も彼も人間そのものの姿だったことだ。

 以前ひと悶着あった警備兵見習いのオーガの新兵も、変身することによってあの姿になったのであるため、元々は人間の姿なのだろうが、それにしてもこうもすれ違う人のすべてが自分と同じ人間ばかりというのは、あの化け物だらけの戦場を体験してきたばかりの身としては少し違和感があった。

「確かに妾の近衛は皆、異形の者ばかりじゃし、国境砦の兵たちも特異体質者が多いが、民の多くはごくごく普通の人間じゃぞ。もしかして、町のいたるところに化け物が闊歩しているような絵面を想像しておったのか?」

「……妖魔悪鬼の国、なんて噂だったから、少しな」

「やれやれ、とんだ風評被害じゃな」

 とは言いつつも、パナヴィアの顔には少し苦いものの混じった笑みが浮かんでいた。

「ま、とも言い切れんのじゃがの。この国にいる者のすべてがごくごく普通の人間というわけでもない。というより、叩いて埃の出ぬ者を探すほうが、きっと難しいじゃろうなあ」

「……故郷を捨てた者、か?」

「謂れのない迫害を受けて追われた者もおるし、濡れ衣を着せられて逃げ出さざるを得んかった者もおる。が、中には盗みや殺しを働いて、故郷に住めなくなった者もおらんわけではない」

「そういう奴も受け入れているのか、ルーセシアは」


「それがルーセシアじゃからの。とはいえ、それもすべてはルーセシアを愛しておるという条件があればこそじゃ。どのような過去があろうと、ルーセシアを愛し、ルーセシアのために生きる者なら誰でも受け入れる。

 しかし、もしこの国に害を成さんとする者、この国から何かを奪い取って逃げようとする者がいたら、たとえそれがルーセシアで生まれ育った者であっても容赦はせぬ。そういった者は外敵と見なし、相応の罰を与える。それがこの、ルーセシアという国じゃ」


 聞きようによっては苛烈とも思えるそれを自信たっぷりに言ってのけるパナヴィアに、アスラルは改めてルーセシア兵の強さの源を見た気がした。

「どうじゃ? 少しはルーセシアが好きになったか?」

「なんだ、藪から棒に」

「じゃから、こんな良い国に住めて、それを治める女王のペットになれて幸せであろう、と言うておるのじゃ」

「……ひょっとして、そのためにわざわざ俺を連れ出した……なんて言わないよな」

「それも無くはない。飼うと決めた以上、少しでも快適に過ごさせてやろうという気遣いもまた、飼い主の務めじゃて」

 帽子のつばを上げてアスラルを見上げながら、どこまで本気か分からないことを言うパナヴィアだったが、


「が、それはあくまでオマケじゃ。本命はこっちじゃよ」

 すぐにニカッと歯を見せて笑うと、アスラルを置いて走り出していってしまった。


「ほれ、なにをしておる! はよう来んか!」

「……思い出したように急に走り出すなんて、犬はどっちだ、まったく」

 そう零しつつも、それでもアスラルは歩調を小走りへと変えてパナヴィアを追い掛けた。

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