最終話 誓いの十字剛剣《クロスクレイモア》

 騎士にとって剣とは、ただの武器ではない。

 仕えるべき主への忠誠を示す証なのだ。


 ただひとり仕えるべき主へ捧げた、永遠の忠義。

 それを示すのが騎士の剣である。


 ゆえに、ふた振りをもって騎士を名乗るのは、

 すなわち二君に仕えることをよしとする背徳行為である。



 しかし、その騎士はふた振りの剣を持っていた。


 片方は、敬愛する主君リースに捧げた、忠義の剣。

 そしてもう片方は、リースを救い、受け入れてくれた、第二の祖国ルーセシアに捧げる、恩義の剣。


 だから、アスラルは二刀を振るうことを躊躇わなかった。

 どちらも同じ、騎士の誓いの剣であると公言するのに、なにひとつ恥じることなどなかった。

 その二刀を以て強くあることが、何よりの誇りであると信じた。



 その誇りを、ルーセシアという国は受け入れた。

 流民たちの建てた、騎士も貴族もいない国は、その誇りこそ何よりも尊いものであると讃えてくれた。


 だからこそルーセシアの戦士たちは、今もなお二刀を振るうアスラルを、敬意と親愛を込めて『クロス』と呼んだ。


 双剛刃クロスクレイモアではない。 


 2つの祖国と、2人の主君。

 守れなかった過去と、守ろうとする未来。

 それらに捧げたふた振りの剣を背負うと、互いに交差して十字に見えることから、クロスと呼んだ。


 ルーセシアの十字剛剣クロスクレイモア……と。



 少し気恥ずかしかった。

 けれど、心地よかった。


 強くあろうとすることが。

 誇り高く生きようと願うことが。

 こんなにも当たり前のように受け入れられることが、たまらなく、心地よかった。



 だから、アスラルはこれからも2つの剣を振るい続けるだろう。

 このふた振りを以て、騎士の誓いとするだろう。


 エストリアと、ルーセシア。

 2つの祖国を愛する証明だと、はばかることなく言うだろう。






 ……けれど、そんな中で、アスラルはときどき思うのだ。


 もしかしたら。

 そんなアスラルを見て、あの魔女なら。


 人を小馬鹿にしてケラケラと笑う、あの傲岸不遜な女王さまなら。

 こんなふうに言うのかもしれない。



「国を愛するということは、それを治める王を愛するということと同義。やれやれ、公然と二股宣言とは、騎士というのはなんとも節操無しな生き物なんじゃのう」



 なんて。

 からかうように、楽しそうに、嬉しそうに。


 実に無邪気な笑顔を浮かべながら、言うのかもしれない、と。




 このルーセシアで騎士の誓いを捧げるのは。

 それに対する反論が、思いついてからになりそうだった。

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誓剣のクロスクレイモア いつき樟 @itukisyou

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