⑮表向きでは切れたと言えど
滝本先輩と別れて向かった日の出荘は煌々と月明かりに照らされていてとても静かだ。ほんとこの周辺だけ昔のドラマに出てくるような感じするんだよなぁ。錆びまくってボロボロの階段をおそるおそる上り(いつか崩壊すると思うわりとマジで)、歪んだドアをノックする。
「いるかー? メシ持ってきたぞ」
呼びかけたが返事はない。ドアノブに手をかけるが一応鍵が閉まっていた。風呂にでも行ったのかな。
おんぼろアパートとしての期待を裏切らず日の出荘には風呂がないので芥川は銭湯に通っていると聞いたことがある。しゃあない……。持っていた紙袋をドアノブに引っ掛け芥川に電話をかける。最初から出るとは期待してなかったが、案の定留守電に切り替わってしまった。
「あー、俺だけど。打ち上げのメシ貰ったからドアノブに引っ掛けとくぜ。ポテサラ入ってるから最低それだけは冷蔵庫に入れとけよ。めんどくさがるなよ」
メッセージを残しスマホをポケットにねじ込んだ。
自宅に戻り、シャワーを浴びベッドにもぐりこんでから、スマホを確認してみたがエリカからの連絡は一切ない。(芥川はどうでもいい)ぶっちゃけ期待しまくりだったのでガッカリだが、当然ともいえよう。相手は雲の上の人だもんな。
そしてなんとなくその勢いでエリカを検索してみたら、出るわ出るわ、たくさんの画像やニュースが出てきて、今更なんだが芸能人なんだと少し切ない。
エリカ。日本のアイドル、女優。年齢、本名非公開。デビューは2年前。今時珍しいグループではない単独の女性アイドルで、CM好感度ランキングは、十代女子でトップ。そして十代女子がなりたい顔ナンバーワン。
デビュー曲から常にオリコン入りで、去年は映画出演もこなし、大女優と共演した古典風な作品でいきなり助演女優賞を受賞。恋人の気配はなく仕事第一。非常に真面目な性格で現場のウケが良く悪い噂を聞かない。わりと芸能人としてのエリカは完全無欠にアイドルをしているようだ。ただ一般人の芸能人目撃情報では『スッピンはブス』とか『性格が悪い』なんて書かれてたけど、後者はまだしも前者はまるで信じられないし絶対嘘だと思う。
ジャージにヅラにいまいちなメガネかけてもめっちゃくちゃ可愛かったもんな。顔とか感覚的にはコンビニのおにぎり二個くらいしかなかったし。さらに検索を続けると、エリカの可愛い画像がどんどん発掘されて、ああこれも可愛い、こういう表情もできるんだ、新鮮だぜ! と保存する手が止まらない!
特にYouTubeの公式動画に至っては、悶絶ものの可愛さだった。すぐにエリカの曲をダウンロード購入する。テレビもパソコンも持ってない事を今までさして気にしてなかったが、歌番組出るんならテレビ買わなきゃなんねぇな。
「となるとテレビだけじゃなくてレコーダーも欲しいよなぁ……観るならBlu-rayがいいし、でも高いよなぁ……バイト探さないと……」
ベッドの中でゴロゴロ転がっていると、枕元に置いていたスマホが震えて、着信を知らせる。
「はぁいっ、もしもしっ!!!」
着信の主を確かめずに出てしまったのは、エリカの事を考えていたからで、俺、一生の不覚。
『ギン、ずいぶん元気そうじゃない?』
「げっ、ねぇちゃん!?」
思わず条件反射でベッドから飛び起き正座してしまった俺だが、エリカだと思ってからのねぇちゃんだもん。振り幅大きすぎ。がっかりこの上ない。
ちなみに電話の声の主は、幼い頃から俺を恐怖政治で支配してきた上から三番め。地元の女子大に通っており面の皮が厚く病的な猫かぶりで二重人格。ストレス発散になんだかんだと俺を構い、虐めてくる凶悪ねぇちゃんだ。
最近の暮らしぶりとかを根掘り葉掘り聞いてくるので「あー」とか「うー」とか答えていたのだが、ついポロッと今日の球技大会の話をしたら、写真を送ってこいとのこと。あー絶対嫌がらせされる! と思ったが、断れるはずもなく承諾させられていた。ツライ。
『それとね、こっからが本題なんだけど』
「ん?」
『
「え……」
『今後のこと、どうするかはギンが決めることだけど、引きこもってる間毎月様子を見に来てくださってた先生に対してこれ以上の失礼はおねぇちゃん許さないよ』
「ん、わかってる」
ねえちゃんの言うことはもっともだった。俺、ほんと不義理しっぱなしだもん。
携帯の向こうで、素直に頷いた俺にねえちゃんのちょっぴり驚いた気配がしたが、天秀先生の連絡先を聞いてとりあえず明日電話することを約束した。
『天秀先生に失礼なことしたらマジでぶっ飛ばすからね!? あと、お会いする時はちゃんと手土産持っていくのよ!?』
「わーかってるって」
『いーや、わかってない。そもそもあんたはどうも大雑把なところがあるんだから』
家じゃ目の前のチャンネルすら動かさない、部屋は散らかり放題なねえちゃんに大雑把とか言われたくねぇ……。
『頑丈なだけが取り柄とはいえ、体に気をつけなさいよ』
「へいへい……」
『なにその口の利き方!』
「ごめんごめん! じゃあまたなっ!」
電話を一方的に終わらせて、ふかーいため息をつきつつ、またベッドにもぐりこんだ。
はぁ……。にしても、天秀先生かぁ……。
天秀先生は俺の兄弟子で要するにばあちゃんの弟子ってことだ。両親不在、男兄弟もいない俺にとっては本当の兄のような存在で大事な人だった。天秀先生ってよりもタカシにいちゃんなんだよな。でも叔父さんのことがあってから、俺は《天秀先生》も遠ざけてしまった……。
メモを電話帳に登録し、ダウンロードしたばかりのエリカのアイドルソングを流しながら目を閉じる。
今日初めて他人に自分の過去のことを話した。そして今日、天秀先生が俺を気にしてくれていることを聞かされた。これも何か大きな流れの一つなのかもしれない。
明日……昼休みにでも連絡してみるか……。
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