⑪花は桜木、人は武士
そうか。球技大会の打ち上げの日、内田先輩を送った先で滝本先輩に会ったのって、家が近いからか……。いやでも、幼なじみってわりには学園内じゃ他人行儀じゃなかったか?
「二年くらい前に別れたんだよ。別れたっていうのかな……付き合おうとか言ったわけでもないしね。私が好きと言い、彼女はそれを受け入れただけで……長くは続かなかったけど」
「で、今は?」
「別れたあとも幼なじみの気安さであの子は私から離れないんだ。私は好きだから側にいられるだけでいいと思ってるけど、時々辛くなる。なによりあの子は加藤さんに私という、幼なじみで元恋人がいること、話してなかったし、学校じゃ他人のふりだし……」
「そんな……」
いくら恋人がいるからって他人のふりってひどくねぇ? と思う俺がおかしいんだろうか。素直に飲み込めない。ジワジワと苦いものを飲み込んだような苦しさが胸に広がってゆく。
「ちょっと前まで三人で一緒にお昼食べることもあったよ。だけど加藤さんだって気づかないはずないよね。最近、疑われるようになって……それから避けられるようになった」
「何か言われたんですか?」
「ううん、何も。たとえわかりきっていても加藤さんも言えないと思うよ、やっぱり。女の子が好きってこと……誰にも言えない。気持ちを話すことなんて……誰にだって無理」
「でも、友達になら……」
「ツヅリ君、それは綺麗事だよ」
滝本先輩はきっぱりと俺の言葉を否定した。
「中学生の頃……あの子と距離を取ることになった後、辛くて、部活で一番仲が良くて、私は一番の友達だと思っていた子に、相談したんだ。そしたら一週間もしないうちに、部活の子はみんな知ってた」
「ええっ!?」
「他人の色恋沙汰って、真剣であればあるほど面白くて笑えるんだよね」
自嘲するように笑う滝本先輩。もしかしたらバレーで高校を選ばなかったのはそのせいなんだろうか。だけどそれを確かめるほど、傷ついていないはずないのに傷ついていないふりをする滝本先輩に、強く出られなかった。
「――今でも、好きなんですね? 自分を突き落としたかもしれないと思ったのに、かばうくらい」
「好きとか嫌いとか、もうわからない。だけど私はあの子を守るためならなんでもすると思う」
そして滝本先輩はすっと立ち上がってポケットからハンカチを取り出した。
「このアップリケ、昔、私がつけたんだ。下手くそでしょ? でもあの子がこれをまだ持ってるってことが私は泣くほど嬉しい」
「……内田先輩と話さないんですか?」
手元のハンカチをじっと見つめる滝本先輩は、ため息をつきつつ俺を見上げた。
「ツヅリ君ダメだよ。私、負けてるもん」
「え?」
「対等じゃないの。この状況でわからない?」
そして滝本先輩は地面に置きっぱなしの荷物を抱えて踵を返す。
「滝本先輩!」
彼女は結局そのまま中庭から立ち去ってしまった。
なんだよ……。対等じゃないってどういうことだよ……。
それからしばらくして、菓子やらなんやらを買いに行った先輩たちや他の部員、加藤先輩や内田先輩がやってきた。
「ウェーイ!」
なんと中にはやたらはしゃぎまくってる森下パイセンもいた。たまたま来たとか言ってるけど学校めんどくさいと公言してはばからない森下パイセンに限ってそんなわけねー。加藤先輩狙いで来たに違いない。でもまぁ、休日に好きな人に会えるとそりゃ嬉しいよなぁ……と思わんでもないけど。
好きな人……エリカどうしてるかなぁ……。あれからそんなに日が経っていないのに、なにかとエリカのことを考えてしまう俺。まったく未練がましいぜ……。
ファンでいることと、1人の女の子として好きでいることの区別がうまくできない今の状況にモヤモヤするが、きっとこれも時間が解決してくれると信じるしかない。
「ツヅリ君シートありがとう」
ぼんやりしていると、突然内田先輩がにこやかに言われて「い、いえ」と首を振る。
内田先輩って、こういう時にさりげなくお礼を言ってくれる、相変わらずめっちゃ気の利く人だと思ってるけど、滝本先輩とのことを思うと素直に受け止められない気持ちもあったりして……。
「ツヅリ、たくさん食べなよー」
「ウッス」
そして何も知らないであろう加藤先輩。大きな御重を持っていたのでシートの上に広げる手伝いをすることにした。三段重ねは、大量の稲荷が二段と、茹でたブロッコリーや唐揚げ、トマトとチーズのサラダが一段という超豪華仕様だ。すげぇ!
目を見張っていると、その場にいたみんなも「すっごい!!」「これ全部加藤の手作り?」と、口々に賞賛する。
「マジスゲェー!」
森下パイセンなんか完全に目がハートだ。妄想で結婚生活まで想像してそう。てか、俺ならするね、間違いない。
「今日は五時起きしたんだからね」
加藤先輩はキラキラした笑顔で頷き紙コップを配り始める。
「そういえばキャプテンは?」
内田先輩がキョロキョロと周囲を見回しながらスマホを取り出す。
「ほんとだ、どうしたんだろうね?」「どっかでまた先生に捕まって仕事しつけられてるのかも!」「ありうるー」
どうやら滝本先輩は頼まれ物をされやすい人らしい。きっと遅れてくるんだろう、ということになり和やかにランチ打ち上げが始まった。相変わらず加藤先輩の飯はうまく天気もいい。
だからなんとなく、スッキリしない気分を残しつつもそれなりに楽しんでいたのだが、あらかた食べ終わると、話の内容がここにいない滝本先輩の話題になる。参加するつもりはないがつい聞き耳を立ててしまった。
「にしても、タッキーってすごいよねー」
「バレーめっちゃうまいし。美人だし頭もいいし、ああいうの才色兼備っていうんだよね」
「なんで彼氏つくらないんだろ? 他校生にも告られてるよね」
「きっと理想が高いんだよー」
話題にされる人はたまったもんじゃないだろうがよくある話題だ。
確かに俺も何も知らなければ彼女たちのように《理想が高いから彼氏を作らないんだろう》と思ったに違いないし。ふと内田先輩の姿を探すと、輪から外れたところに加藤先輩と並んで座り、楽しげにお弁当を食べていた。もちろんフツーにただの仲良しにしか見えないけど、完全に二人の世界だ。
『対等じゃないの。この状況でわからない?』
唐突に、対等じゃないと告げた滝本先輩の言葉が蘇る。もし先輩がここにいたらあれを見せ付けられていたのか……。幼なじみで元恋人で、今でも好きで……。そんな相手が今の恋人と仲良くしているのをいつも見ていなきゃいけないのか。そうか。対等じゃないって……こういうことなんだ。だけどそれは滝本先輩だけのことじゃない。
何を話しているかはわからないけど、内田先輩は、一口食べてはおいしいねと言ってるみたいで、その度に加藤先輩の顔がホッとしたように笑顔になるのが切ない。
こんなに料理を頑張るのだって、別に彼氏が一人暮らしとかそういうんじゃなくて、ただ自分にできる精一杯で、あの人を喜ばせたいだけで……。でも、どこかで未来がないと感じて、不安になってることも知ってる。恋人である内田先輩が何も話してくれないから、不安が募る。滝本先輩が優秀であればあるほど、自分と比べて辛いんじゃないだろうか。
幼なじみで、元恋人で、文武両道の優等生。加藤先輩から見たら最強のライバルだ。怖くてたまらないだろうな。
スコーンに紛れた指輪、滝本先輩の前だから探せなかったんだ……。死ぬほどうまいはずの稲荷も、途端に砂を噛んでいるような味気なさを覚える。
俺が勝手にいろいろ考えて落ち込んでても世話ないけど、せめてあんまり泣くようなことにならないといいけど……。
一時間ほどのランチはカップル組が何組か帰りはしたが、残りの10人ほどで、お菓子を広げての打ち上げに変化する。シートの上で日向ぼっこをしながらとりとめのないおしゃべりが続いている。俺も帰ろうかなぁ、でも片付け手伝ったほうがいいよなぁ、と、お茶を飲みながらタイミングを考えていると「けっきょくタッキー来なかったねぇ。LINEしても未読スルーだよ」
「タッキー、そういうとこあるよね。クールっていうかぁ」と、また滝本先輩の話題になる。
「ねぇ、ウッチー。タッキーと家近いんだっけ。昔からあんな感じ? 中学とか一緒だったの?」
話題を振られた内田先輩も同じくお茶を飲んでいたが、特に動揺することもなくうなずく。
「私は小中と違う学校だったけど、滝本さんは小さい時からあんな感じよ。バレーくらいだと思うよ、変わらず一生懸命なのって」
「ふぅん、そうなんだぁ……」
納得しているようなしていないような返答だが、まぁ特別親しくもなければそんなもんだよな。でも……やっぱり冷たい感じする。と、考えているところに「甘いもの……甘いものはどこだ……」ジャージ姿の芥川がふらふらと姿を現した。なまはげかよ。
つか、あれどこのジャージだ?
まじまじ見てみれば、背中に《十月学園弓道部》とある。へー、弓道部……。って関係ないだろ! また誰かから貰ってきたに違いない。間違いない。
「きゃーっ、あっくん、きたー!! こっちこっち!」
先輩たちは芥川の登場に色めき立ち、あいつを場の中央に据える。
「あっくん、お菓子あるよ」「その前にご飯食べなきゃ。これ、あたしが作ったサンドイッチ!」「コーヒー飲む?」
パネエ。すんごいモテモテだ。そしてきゃあきゃあ言われてる芥川は特に動揺した様子もなく、差し出されるサンドイッチやコーヒーを受け取って口に運びはじめる。おまけに「おいしいね」と、エンジェルスマイル付きだ。なんてやつ……。
はぁ、とため息をついていると、内田先輩が、俺の空いた紙コップにお茶を注いでくれた。
「あ、わざわざすみません」
恐縮する俺。
「ううん」
にっこりと笑う内田先輩の髪が太陽に透けてキラキラ輝いている。仕草も見た目も言動も、女の子らしい女の子って感じだよな、内田先輩ってさ。
「ほんとこうやってだーらだらしてるの気持ちいいよねぇ」
お茶を注いだ内田先輩は、なぜか俺の隣に腰を下ろし足を前に放り出す。
うん? なんで俺の隣? 周囲に視線を巡らすと、森下パイセンが加藤先輩の隣に座って何か熱心に話しかけているのを発見した。話の内容はわからないが森下パイセン頑張ってるな……ってのはすっげえ伝わってくる。
「……ねぇ」
俺の視線の先に気付いたのか内田先輩がクスクスと笑い始める。
「気になる?」
「え? ああ、気になるっていえば気になりますね。頑張るなーって意味で」
加藤先輩はいつもの調子で本気にしていないから、わーきゃーふざけてるようにしか見えねぇけど。
「じゃあツヅリ君は?」
「へ?」
じゃあとはなんぞ?
「加藤さんいい子でしょ。ちょっと派手だけど可愛いし、家庭的だし」
「はぁ……」
それは否定しないからうなずく。だが内田先輩の次の言葉は予想外だった。
「紹介してあげようか?」
「はぁ……はい?」
「まぁ、紹介っていうかダブルデートとかね」
「だっ!?」
「ツヅリ君は友達連れてくるの。で、私たちと四人でデートするのなんてどう?」
くすくすと笑う内田先輩は本当に女の子らしくて、見た目砂糖菓子みたいに甘くて可愛くて……。
「加藤さん、ツヅリ君とお似合いだと思うな」
だからこそ、眩暈がした。全身から血の気が引く。なんなんだよ……なんで、そんなこと笑っていうんだよ!
「――先輩、それはないんじゃないんですか?」
絞り出した声は自分でもびっくりするくらい低かった。
「え?」
大きな目をパチパチさせる内田先輩。
「だからっ……加藤先輩だって、内田先輩にだけはそんなこと言われたくないでしょ……冗談でもそういうのやめてくださいっ……!」
こんなこと言っちゃダメだってわかってるのに止められなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。