⑩花は桜木、人は武士


「と、いうわけで一応誘われたことは伝えとくわ……」

「わかった。昼時に行く」

「行くのかよ!?」


 放課後、俺が持ち帰ったヨーグルトポムポムの四分の一切れを貪る芥川に唖然としながら、インスタントコーヒーをテーブルの上に置くと、芥川は食べる手を止めコーヒーに砂糖をたっぷり足しマドラーでクルクルし始めた。

 ケーキ食うのに甘いコーヒー飲むのか……。


「えーっとさ、今日のクラブどうなることかと思ったけど何もなかったぜ。加藤先輩は普通にケーキ作ってたし、取材する側の滝本先輩も監督って感じで見てるだけで問題なし。何もなくならなかったし」

「気にすることはないってことだろ」

「でもさぁ、加藤先輩ここんとこ滝本先輩のこと露骨に避けてるって感じで変だったからさ。なのに明日はバレー部の応援に行くんだって、お弁当の予習までしてたぜ? あれなんでだろう……」

「ふぅん」

「いや、ふぅんじゃなくて……こないだの俺の推理、間違ってたよ。加藤先輩と今現在付き合ってるのは内田先輩だ」


 これは今度こそ間違ってないと思う。うん。


「だけどもしかしたら加藤先輩は内田先輩と付き合う前に滝本先輩と付き合ってたのかもしれない。元カノだからギクシャクして避けるっての、あるあるだろ? で階段から突き落としたのもやっぱり加藤先輩だよ。もちろん故意じゃない。何か理由があって……言い争ったうえでの弾みみたいなもんだ。だから滝本先輩は元カノの罪を告発しなかった。でも加藤先輩はやっぱり罪の意識があって避けてしまう。本当は明日だって試合に行きたくないけど、今カノでマネージャーをしてる内田先輩の手前、応援に行かないわけは行かない……だから仕方なくだけど、得意の手作りのお弁当を持って応援に行くんだ。で、ここから俺の超推理な? 実はこのお弁当ってのがくせ者で、強力なおまじないがかかっていてだな?」

「――ツヅリ」

「ん?」

「バカの考え休むに似たりという言葉があるよ。いやお前の場合話せば話すほどバカになる。だからもう考えるな。いいね?」


 どこか哀れみをにじませた優しい声で言い放つと残りのヨーグルトポムポムを全て口に入れ、物憂げな眼差しで窓の外に視線をやる。


「人間は情動の生き物だ。お前が見て、聞いたものが答えだよ」


 なんなんだよ、相変わらず意味不明なやつ……。


 

 土曜日の朝、カーテンの隙間から差し込む太陽の光で目を覚ます。なんとなく重い気持ちのまま家を出た。校門が近づくとジャージ姿の生徒がチラホラと増え始め体育館が近づくと掛け声とシューズがキュッと響く音が聞こえてくる。四方のドアは全て全開になっていたので入り口から中を覗くと試合はすでに始まっていた。俺みたいな男が一人で見てると悪目立ちしそうなので、こっそり二階へと上がりキャットウォークから手すりにもたれて試合の様子を見守る。


 創立2年目の新設校にしては十月学園ってイケてるんじゃないだろうか。試合内容はわりと拮抗している。中でも特別目を引くのはセッターを務めている滝本先輩。テキパキと指示を出しながら、変幻自在にどんどんパスを上げていく。


「……てか、うまいなぁ……」


 思わず声が出た。驚いた。いやマジでめっちゃうまい。素人が見てもすば抜けているように見える。なんで十月学園に? と疑うレベルだ。これはもしかしてもしかするんじゃないか?とワクワクしながら見ていたのだが、やはりチームワーク重視のバレーだからか、一人だけ強くても限界があるらしくいったん穴を突かれ始るとそこからズルズルと点を取られ、あっという間に負けてしまった。

 だけどいい試合だったよなぁ……。双方のチームに惜しみない拍手を送りながら下に降りると、片付けているメンバーの中に内田先輩を発見した。


「内田先輩」


 声をかけると「あ、君誰だっけ?」と、返って来た。


「ええーなんたるドエス!」


 おののいている俺を見て「ウソウソ。見に来てくれてありがとう。加藤さんから聞いてるわ」と内田先輩。


「俺手ぶらなんですけど」

「遠慮しないで、他の部の子もいるから」


 朝食べたトースト二枚はとっくに消化されてお腹はぺこぺこだったのであっさりお言葉に甘えることにした。


「その代わりシートとか引くの手伝ってね」

「はい」


 内田先輩に渡されたシートは一抱えあった。それを抱えて歩いていると、前方を歩いている二年生の集団の一人に声をかけられた。


「ねぇねぇ、あんた一年でしょ?」

「そうです」

「誰と付き合ってるの?」

「ええ!? 誰とも付き合ってませんけど!?」


 てかやっぱそうなんだな。なんとなく応援に来たのって俺くらいなんだな?


「えーそうなんだ! てっきりウッチーの彼氏なのかな? って思ったけど!」


 キャッキャとはしゃぐ先輩たち。なんで女子ってすぐ誰かとくっつけたがるんだ。


「いやまさか違いますよ。今日は芥川と一緒に誘われただけです」


 てかどう考えても俺と内田先輩釣り合わんだろ。例えて言うならマタギとウサギだろ。


「えっ、あっくん来てるの?」


 予想してなかったのか芥川の名前を聞いて一斉に色めき立つ先輩たち。


「来るとは言ってましたよ」

「やーん、あっくんにお菓子あげなきゃ! 買ってこよっと! ね、みんな行こっ!」


 先輩は数人に声を掛け合い、あっという間に消えてしまった。しかも荷物を押し付けられる始末。どんだけ……。まあいいけどさ……。てか、まじで芥川って愛玩動物系なんだな。顔は可愛いもんな。人前じゃぶりっ子だし。いつもの流れだけどう、羨ましくなんかないんだからねっ!

 

 中庭には当然誰もおらず、仕方なく縦横5メートルはありそうな大きなブルーシートを一人黙々と敷いていると「ツヅリ君?」と、声をかけられた。


「ん?」


 振り返るとスポーツバッグを肩にかけたジャージ姿の滝本先輩が水筒のストローをくわえて立っている。おお、先輩! よかった人が来た!


「一人でやってるの? みんなは?」

「芥川に食べさせるお菓子を買いに行きました」

「まったく……仕方ないなぁ。手伝うよ」


 滝本先輩は苦笑しつつ水筒を足元に置き一歩近づいてくる。

 優しい、さすが滝本先輩! とその瞬間。足がひっかかったのか水筒が倒れてシートの上を転がる。蓋まで外れてバシャバシャと豪快にシートを濡らしてしまった。


「あっ!」


 とっさにポケットに手を入れてハンカチを取り出ししゃがみこんだ滝本先輩。シートを抑えようとしたのだけれど、けれど何を思ったのかすぐにそれをポケットに仕舞う。


「えっと、タオルがあるから、それを……」


 焦った様子でバッグの中を漁る滝本先輩。だけど俺は彼女がポケットから出したハンカチはを見て、脳天をガツンと殴られたような衝撃を受けていた。


「――滝本先輩」

「やだ、おっちょこちょいで困っちゃうね〜。まぁ水だから拭けば済むけど」


 クールに微笑み、シートをタオルで拭く滝本先輩はいつもの彼女のように見える。

 だけどそのタオルを持つ手が微かに震えていたのを俺は見逃さなかった。


「滝本先輩、なんでそのハンカチ持ってるんです?」

「……え?」

「今、ポケットに入れてたやつ……」


 滝本先輩はうつむいたまま、顔を上げない。急に胸の奥がぎゅっとつかまれたみたいに苦しくなる。俺が見たこと、体験したこと。ぐるぐる、ぐるぐる、映像が回る。そしてずっとあやふやだった一つ一つの事象が、俺の鈍い頭の中で、点と線でつながり始めたのだ。


「――先輩が持ってたんですね、それ」

「ただのハンカチよ」

「じゃあ見せてもらえませんか」

「それは……」

「あのハンカチ、市販のものとは違うところがありましたよね」


 畳み掛けるように言うと滝本先輩はいよいよ固まって動かなくなった。顔は真っ青で、でも同時に触れれば血を吹き出しそうな研ぎ澄まされた眼差しをしている。簡単に口を開きそうにない。

 どうしたらいい? どうしたら彼女に心を開いてもらえる……? 考えるんだ、滝本先輩がどうして黙っているのか……。そしてなぜ内田先輩のハンカチを持っているのか。

 そこで俺は、本当は俺の口からいうべきじゃないのこもしれないけど、ゆっくりと、彼女の誤解の元を正すことにした。


「先輩、一つだけ……。先輩を突き落とした犯人は内田先輩じゃないですよ」

「――え?」

「俺が……犯人は誰とは言えないんですけど、突き落とした犯人は別です。気休めにもならないかもしれないけど、犯人は滝本先輩を他の人と間違って突き飛ばして逃げたんです。で、今はその、しかるべきところに保護されて、多分もう二度とここには来られないと思います」

「じゃっ、じゃあこのハンカチは!?」

「そのハンカチは俺が内田先輩に借りたハンカチなんです」

「嘘……」


 無意識なんだろうが、滝本先輩の顔が無防備に変わる。


「嘘じゃありません。あの日、滝本先輩が階段から落ちた日、俺はそれを内田先輩に返そうとローレルホールに入っていく内田先輩を追いかけて行ったんです。ジャージの上着ポケットに入れてたままにしてたから、救急車で先輩が運ばれたときなくしたんだと思ってた。先輩が持ってたんですね?」

「……そうだったんだ。気がついたら握りしめてたから……とっさに隠さなきゃって、思ったの。そう、そうなんだ……」

「もしかしてローレルホールで彼女と待ち合わせしてたんですか?」

「……」

「誰にも言いません。実は俺、見たんです。その、加藤先輩と、内田先輩の、その……そういうところ、以前中庭で……二人は恋人なんですよね?」


 俺の言葉を聞き滝本先輩の顔が歪む。


「そうだよ……そして私は内田をローレルホールに呼び出してたんだ。卑怯な手を使って」

「卑怯?」

「内田を加藤さんの名前で呼び出して、加藤さんを内田の名前で呼び出した。メールなんかじゃバレるから、人づてにね」

「二人を同時に呼び出して何をする気だったんです?」

「内田に、私が加藤さんか、目の前で選んでもらうつもりだった。階段から突き飛ばされたのは、そんな私の考えがバレて、罰を受けたんだって思った」

「――え?」


 滝本先輩の告白は予想だにしない事実だった。ちょっと待ってくれ。どういうことだ。


「私と内田は幼稚園からの幼なじみなんだ。いつも一緒にいて、双子の姉妹みたいにくっついてた。あの子は可愛くて、本当に可愛くて、守ってやらなきゃっていつも見てたら……好きになってた」

「幼なじみ……」


 驚いた。いろいろ俺も妄想ばっかりしてたけど、内田先輩と滝本先輩が幼なじみということは考えなかった。

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