⑨花は桜木、人は武士


 放課後、いつものようにクラブに顔を出すと準備室の前に滝本先輩が立っていた。


「よかった。今日は誰も来ないかと思ったよ」


 俺の顔を見てホッとしたように笑う滝本先輩。どうやら一人で待っていたらしい。今日の先輩も制服姿だがパンツルック。すらりと背が高く宝塚みたいでカッコいいなと見惚れてしまう。


「まだ誰も来てないなら鍵が必要ですね。職員室に取りに行きますので待っててもらえますか?」

「だったら私も一緒に行くよ。ついでに学年主任に取材のことも話しておきたいし」


 というわけで結局二人でリリーホールを出ることになった。


「取材の日って決まったんですか?」

「できれば実力テスト前がいいんだけどどうかな」

「ああ、その方が人も集まると思いますよ。基本、特に何かない限り、俺、一年の日野、杉山、二年の……加藤先輩の四人のメンバー固定気味だし……多いほうがいいですよね、どうせなら」


 加藤先輩の名前を出すときちょっと緊張してしまった俺は本当に小心者だと思う。そんな中、ちらりと横目で隣の先輩を見下ろすと、いたってクールな顔で俺の話を聞いている滝本先輩。うーん、よくわからんな……。


 職員室で鍵を貸し出してもらっている間、滝本先輩は学年主任になにかプリントをもらっていた。


「なんですか、それ」


 職員室を出て尋ねると紙を手渡される。


「校内活動許可証……へー、こんなの初めて見たっス」

「まぁ、真面目に出してるところ少ないと思うよ。一応生徒会の活動だから出すだけ」

「偉いですね、滝本先輩って」

「そんなことないよ。臆病者なだけ」

「臆病者? 滝本先輩が? 見えないっス」

「そう」


 ふふっと笑った彼女はほんの少し憂いを帯びた表情で。綺麗だけどおいそれとは触れられないそんな壊物みたいな生き物に見えた。


「臆病者で小心者よ」


 そして何気なく窓の外、中庭に視線をやった。その瞬間肩がピクリと揺れる。

 ん? 凍りついた滝本先輩の視線の先をたどって、俺も思わずその場に硬直していた。


 ここから10メートルくらい先だろうか。花がすでに落ちたアカシアの樹の下に女子が二人座っている。一人は加藤先輩。膝にハンカチを広げていて、隣に座ったもう一人が膝の上のクッキーをつまみ、加藤先輩の口の中に入れ見つめ合い、何かをささやき、楽しそうに笑いあっている。いや、待て。あれは……。


「内田先輩?」


 そう、加藤先輩の隣に座っていたのは内田先輩だったんだ。ふわふわうさぎ系な内田先輩。加藤先輩と内田先輩? いや、確かに同じクラスだけど……え?


 心臓がどきりと跳ね上がる。とっさに窓辺に近づき、音を立てて窓を開け放っていた。


「せんぱーい!!」


 身を乗り出して大げさに手を振ると、二人が顔を上げて俺の姿を発見する。驚いたように目をパチパチさせている加藤先輩は、クッキーを慌てて片付け始める。一方内田先輩は跳ねるようにこっちまで来て、窓辺に手をかけて背伸びをしつつ、俺と滝本先輩の顔を見比べた。


「珍しい二人ね」

「今からクラブに行くところなんですよ。で、滝本先輩は取材予約的な?」

「そうなんだ。そしたらあの子も行くかな?」


 内田先輩が振り返ると、芝生の上を片付けた加藤先輩が駆けてくる。


「ツヅリ、鍵取りに来たの?」

「そうなんです」


 人差し指に鍵をひっかけてくるくる回して見せると、加藤先輩はいつものように肩で揺れる巻き髪を手の甲で後ろに払い、手を差し出した。


「だったら先に行っといてあげる。もう誰か待ってるかもしれないし」

「あ、はい。お願いします」


 鍵を渡すと、加藤先輩はそそくさと中庭を突っ切ってリリーホールの方へと向かっていった。


 先輩……。俺が先輩と呼びかけたのは、なんとなく二人がそのままキスしちゃうんじゃないかって思ったからで……。あの時は顔が見えなかったからわからなかったけど、ああやって二人が並んで座っている空気は前にも感じたものだった。鈍臭い俺でもわかる。加藤先輩は滝本先輩を避けてる。そして加藤先輩の恋人は滝本先輩じゃない。


 そうか。加藤先輩の恋人は、内田先輩なんだ……!


「先に行ってますね」


 俺はさらっとそれだけ告げると加藤先輩の後を追いかけていた。家庭科準備室に行くと日野と杉山、そして珍しく2年の先輩がいた。


「加藤先輩は?」

「今日は帰るって言ってたよー」

「マジか!」


 慌てて踵を返し昇降口へと向かって走る。

 必死で加藤先輩を追いかけたが校内に彼女の姿はなく仕方なくトボトボと家庭科準備室に戻る。逃げたつもりはないのかもしれない。でもさっきの変な空気から考えると逃げたように思うのも当然だろう。あれは加藤先輩の意思だ。


「ツヅリどこ行ってたんだよー!」


 準備室に入った途端、日野が面白がって体当たりを食らわしてきたので、はいはいとあしらいつつ隣に腰を下ろす。


「こらっ、ツヅリのくせに生意気だぞ!」

「なんでだよ!?」


 そこには日野と杉山、久しぶりに見た二年の森下パイセン(男。チャラチャラしてる。でも大の甘党)、そして滝本先輩が座っていた。


「森下パイセンお久しぶりッス」

「加藤になんの用だったのかよー」


 森下パイセンがホスト風に盛った髪をさらっと煽りながら俺の腕のあたりを小突く。どうやらジェラシーのようだ。ちなみに本人以外みんな知ってるけど森下パイセンは加藤先輩にほの字。あからさまにラブ。ただ相手にされてないこともみんな知っているが気の毒なので黙っている。


「えっと、こないだみんなで食べさせてもらった稲荷めっちゃ美味しかったんでレシピ教えてもらおうかと思って……」

「あれねーもうめーちゃめちゃ美味しかったよね。あたしもお母さんに頼もうかなぁ?」


 日野が同意してくれたおかげで口から出まかせの嘘もなんとなくそんなもんか、と流されていく。よかった……。さすがに俺と加藤先輩のこと変に想像されるのは困るもんな。で、とりあえずメインメンバーが来てるので、実力テスト前に新聞部の取材を受けることは全員一致で決定し、メニューはヨーグルトポムポムとかいう謎のケーキになった。なんだよ、ポムポムて……。きゃりーかよ。


「じゃあ週末の金曜日、新聞部と一緒に来るので、よろしくね」

「はい、お待ちしてます!」

「今日はお疲れ様でした」

「何言ってるの。こっちがお願いする側なんだから」


 滝本先輩は苦笑しつつ準備室を出て行く。実に颯爽としている。


「滝本先輩なんかカッコイー。衣装作って着せたーい♩」


 日野なんかは露骨に目がハートになっていた。前回生徒会&新聞部の強襲にあいスコーンがなくなるという体験をし、漠然とマイナスイメージを持ってしまったらしいが、滝本先輩の人となりを見て考えを改めたらしい。確かに滝本先輩は俺たちがワチャワチャしている間も、急かすことなく、けれど雰囲気を損なわない程度に参加して意見を言ってくれた。できる人なんだなぁ、滝本先輩って。


「前日の木曜日に買い出しが必要ね」


 しなやかな黒髪を耳にかけながら杉山が手帳を広げる。


「あ、だったら俺が放課後に行くよ。金曜日に持って来ればいいんだろ?」


 俺の提案を聞いて「じゃあ私もお手伝いするわ」と杉山。


 日野も行きたがってたが、日曜に何かのイベントがあるとかで忙しいらしく、俺と杉山で買い出しに出ることになった。これはこれでめっちゃ楽しかったので、当分俺のニヤニヤ記憶ファイルに保存されることになるだろう。



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