⑭表向きでは切れたと言えど


 それからぼちぼち全員で二階のテーブルやらゴミやらを片付ける。特に一人暮らしメンバー用には寺島がプラ容器に料理を大量に詰めてくれた。


「助かるぜ、サンキュー」

「いえいえ。お腹の足しになるといいけど」


 ポニーテールを揺らしながら寺島がはにかむように笑う。可愛い。


「じゃあ、おつかれー!」


 店を出た時間は九時を回っていた。中尾とは別れて俺は駅とは反対に住む女子を送って帰ることになった。2年の先輩二人と、同じクラスの女子一人だ。ちなみにそのうちの一人は内田先輩だったが特になんということもなく、俺は楽しくおしゃべりする女子の後ろを怪しく見えないようついて歩くだけで、ぼーっと空を見上げていた。


 ここらへん月が見えねぇなぁ。星明かりだけだと心許ないというか……。メシ芥川に分けてやろうかな。なんだかんだ言ってあいつ卓球勝ってたしな。勝利に貢献してるわけだから、あいつにも権利はあるな。一円も払ってないけど……まぁ……。


「……リ、君!」


 ぱしっと腕を叩かれて、見下ろすと内田先輩が立ち止まって俺を見上げていた。友達の姿はない。


「あれっ、先輩だけ?」

「そうよ。私もここでいいわ。待ち合わせしてねるから」

「ご家族が迎えに?」

「ううん、恋人と待ち合わせ」

「へぇ、こ……こいっ、恋人? あ、そうなんですね、じゃあ俺帰ります。いや、その彼氏さんが来るまで待ってた方がよくないすか? ここ住宅街ど真ん中で暗いし」


 慌てふためきつつも人として当然と思われることを言ってみたのだが――。


「ヤキモチ焼きだからいいわ」


 そう言って笑う内田先輩はいつもよりちょっと大人びて見えてなんだかドキッとしてしまった。確かにヤキモチ焼き彼氏なら俺が一緒にいると逆にめんどくさいことになるかな……。ていうか空気読めてなかったな、俺。


「そっすか。じゃあこれで失礼します」

「ハンカチありがとう」

「いや、こちらこそ無くしてすみません。また学校で」


 メインストリートに面した交差点、街灯の下で内田先輩と別れる。とりあえず芥川んち行くかな。ずっしりと重い紙袋を持ち直し、スタスタと歩いていると前からほっそりした人影が近づいてきた。

 ん?

 その様子になんとなく見覚えがあってすれ違いざまに横目でチラリと確認する。

 パーカーに細身のデニム。端正な横顔。手にはコンビニの袋を持っている。


「あ!」


 俺の声に、その人は驚いたように立ち止まったので慌てて問いかけた。


「滝本先輩ですよね!? もう大丈夫なんですか?」

「――きみは……」

「同じ学校の1年のツヅリです」

「ああ……スイーツクラブの」

「そっち!?」


 思わず突っ込んでしまった。


「ごめん、私生徒会所属だからどうしてもそういうグループ分けして見ちゃうんだ」


 なんと滝本先輩はバレー部だけじゃなく生徒会にも所属しているらしい。そういや保健室前であった時どっかで見たことあると思ったんだ。生徒会だったからか。なるほどな。つか似合うな、マジで。生徒会。クールビューティーだもんな。


 滝本先輩はふふっと笑って、それから「今日、助けてくれたんだよね。ありがとう」と軽く頭を下げた。


「いや、そんな。それでもう大丈夫なんですか?」

「うん。頭打ったわけでもなかったし。寝不足で足がふらついてたのもあるし……逆に病院じゃそっちを注意されたよ」


 寝不足で足がふらついてた……。そういえばさっき2年の先輩が言ってたよな。なんか思いつめたような感じで朝から顔色悪かったって。そのせいだったのかな。


「そうなんすか。じゃあ井上先輩が突き落とされたんじゃないかって言ってたのやっぱり勘違いなんですね?」

「……ああ、井上さん。それね、勘違いだよ。そんなわけないじゃない」


 薄く笑う滝本先輩は実にクールだ。

 本当に突き落とされてたらこんな顔できるはずない。よかった一安心だ。


「で、ツヅリ君は打ち上げの帰り?」

「はい、内田先輩をそこまで送って戻るとこです。彼氏待ち合わせみたいなんで」

「――あ、そうなんだ」


 一瞬、間があいたような気がした。なんだ今の変な感じ。滝本先輩は無根でショートの髪を耳にかけながら目線を足元に落とす。その様子になんとなく違和感を覚えながらも、でもだからって何か言えるわけでもない。


「えっと、滝本先輩は家、近いんですか?」

「うん、そこのマンション」


 目線を追いかけると、メインストリートから一本入ったところにマンションが見える。最近建てられたものだろう。ファミリー向けっぽい大きなマンションだった。


「今あっちのほう行くと内田先輩に会えますよ」


 表通りを指さすと「そうだね。でも……」少し困ったように笑われて、ハッとした。あーそうか。


「いや、でも友達の彼氏に会うのもなんか声かけづらいッスかね」

「そうそう。なんて言っていいかわからない」


 苦笑した滝本先輩は「じゃあね」と踵を返してマンションのほうへと向かっていく。すらりとした後ろ姿はとても落ち着いて見えて、仮にあの人が俺と同い年だとしてもやっぱり気後れするような雰囲気があった。生徒会と聞いてみれば、似合うことこの上ないけどな。でもまぁ転落事故がただの勘違いでよかったぜ。

 

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