⑧表向きでは切れたと言えど


「じゃあ頼んだわよ、芥川の見張り」

「ああ」


 俺が頷くのを確認しエリカはすっと立ち上がると、スマホの時計を見てため息をつく。

 もう時間がないんだろうか。そりゃそうだよな、当然忙しいよな。でもエリカにとってこれはその忙しい時間をやりくりしてもやらなくちゃいけない、とても大事なことなんだろうな。


「あの……っ」


 忙しい、時間がない、そのくらいの想像はできるのに、恐れ多くもとっさに呼び止めてしまった。


「なに」


 いやだってほらこんなに至近距離で話せるのなんて最初で最後かもしれないし……ゴニョゴニョ。


「あのさ、今日はそもそも何しに来たんだ、そんな格好までして」

「芥川見張りに来たに決まってるでしょ」


 バカなの? みたいな顔で見つめられるとまたドキドキしてしまう。なんだろう俺、新しい扉開いちゃった系なのか? やだ怖い。


「芥川、校内にいたのか?」

「ううん、いなかったわ。あいつ逃げ足速いんだから」

「そう……か」


 そういう俺も朝に一度見たっきりだった。もしかしたら国語準備室の書架の裏で寝ているのかもしれない。だけどそれより気になることがあるんだが。逃げ足が速いと知っているということは、過去同じことが、最低一回はあったってことなんだろうか。

 芥川とエリカ、そして真殿斗織。いったいどんな繋がりがあるんだろう。


「ちなみに今日、なにかこの学園でおかしなことが起こらなかった?」

「今日……ある。二年の先輩が階段から落ちて救急車で運ばれた」

「先輩って……生徒でしょ? それは関係ないでしょ、さすがに」

「そうだな、関係ない」


 まったくもうっと言いながら、エリカは改めて座ったままの俺を正面から向かい合う形で見下ろした。やべぇ見下ろされるのもときめく!


「じゃあ本当に頼んだからね、ギン。しっかり働くのよ」


 エリカの頼みなら身を粉にして働きますです、はい。

 そしてエリカは軽やかに駆けていった。多分俺のことなんかすぐさま忘れるだろうけど、こうやって話せたこと、名前を、その、ギンって呼び方する異性なんて家族や親戚くらいだけど、読んでもらえたことも、すぐに手元からふわふわと離れてまるで現実じゃないみたいで、嬉しいけど信じられなくて、俺は何度も瞬きを繰り返していた……ってあああ! そうだ、芥川のこと聞きにきたやつがエリカだけじゃなかったこと言ってねぇ……!

 そしてそれを芥川にも話してねぇ……。おい、どうしたらいいんだ、これ。とりあえずエリカには先週変な奴に声をかけられたことだけはメールしておこう。

 で、芥川にも……言ったほうがいいよなぁ。エリカのことはとりあえず隠しても大丈夫だよな?

 どうせ電話したって出ねぇし国語準備室に行ってみるか。これからのことを決めて立ち上がったところで持っていたスマホがブルブルと震え始める。着信は中尾だ。


「どした?」


 応答した瞬間『どしたじゃないだろ、ったくどこまで飲み物買いにいってんだよ』と呆れた声。


「あ、わりぃ。忘れてた」

『はぁ!? 忘れてたってお前なぁ……つか、もうバスケ第二試合始まるぞ! 早く戻って来い』

「えっ、あっ、マジでか! やべぇ、すぐ行く!」


 まさかそんな時間になっているとは思わなかった。つか球技大会のことすっかりぶっ飛んでた。慌てて地面に置きっぱなしのエリカが置いていったペットボトルをつかむと、体育館へとダッシュする。


 一応言っとくけどペットボトルはここに置いといたらまずいと思って持っていくだけだからな!!!

 俺が変態的な行為に及ぶために持っていくとかそういうんじゃないからな!


「ヒーローはギリギリに登場するもんだぜわははー!」

「ただの遅刻だろ」

「はい、すみません、ご心配おかけしました、頑張ります」


 クラスメイトにぺこぺこ謝ってすぐチームベンチエリアで柔軟を開始する。たしかこれに勝つと勝ち点3点入るからかなり有利になるんだっけか。今のところどこも一長一短で突出して強いチームがなく、どこが優勝してもおかしくない雰囲気だ。だからこそみんな船上パーリーに対するモチベーションが下がらないというかなんというかうまいこと盛り上がってる感じが伝わってきて、なんだかんだで俺も楽しいと感じていた。

 学校こんな風に楽しいって思えるの、久しぶりだな……。


「っしゃあ、行くぜえ!!!!」


 なんて、カッコよく気合を入れて試合に臨んだのもつかの間――。

 相手チームはなんとバスケ部が三人もいる最強の布陣で俺の唯一の取り柄である高身長も現役の華麗なプレーには全く歯が立たず、あっという間にぼろ負けしてしまった。

 負けるのって本当、一瞬だな……。なんてこった……俺、スポーツにおける身長くらいしか取り柄ないのに……。


「ツヅリ、お前のせいじゃないって」


 打ちひしがれ三角座りする俺を慰めるチームメイトたち。


「そうだよ、これが俺たちの限界じゃない!」

「みんな……」

「見ろよあの夕日を!」「俺たちの戦いはこれからだ!」

「ジャンプ打ち切りエンドの煽り文やんかそれうおおおおー!」


 そうやって叫んでいるうちにわけのわからん感情がぐわーっと襲ってくる。楽しい! ちょう楽しい!

 男同志で抱き合ってギャーギャー騒いでいると、「男子ウザい」「汚い」「美しくない」とか散々な言われようだ。こういう時の冷めた女子ってキツイよな……。


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