⑨表向きでは切れたと言えど


 で、俺に残されたノルマはあとはバレーの試合だが、少し空いて一時間後らしい。と言ってこの場を離れるとまた忘れそうだし、とりあえず二階で休憩がてら観戦することにした。同じ体育館内なら遅刻で怒られることもないだろう。


 周囲に断って体育館の二階に続く階段を上り、卓球台が見えるところのギャラリーに座り込む。卓球台が2つ、そして取り囲むように応援する20人くらいの生徒たち。教師の顔もチラチラあるようだ。連続するピンポン球のかろやかな音と応援の声に、意外に白熱してんだなと真面目に見てみれば、なぜかそこは完全に温泉卓球と化していた。


 スリッパやんけ!!!!


 しかもクラスメイトであんまり口をきいたことのないおとなしい系の子も夢中でスリッパを振り回している。これでいいのかよ。って、相手チーム教師も参加してるじゃねぇか! でもまあ楽しそうで何より……か? 思わず笑みがこぼれる。

 十月学園って進学率とは無縁の教育方針だからかほんとあちこちゆるいんだよなぁ……と、同時にうちのチーム陣営に神妙な顔で参加しているジャージ姿の……。


 まさか……芥川!?

 いや、見間違いじゃない。まさかの芥川が女子と一緒にダブルスを組み、緑の客用スリッパを振り回しウォーミングアップをしている。なにさりげに団体戦に参加してんだよ!


「あっくん、がんばってー♪」「きゃーっ、かわいいー!」


 女子の声援も半端ない。今回一番の声援かもしれん。そんなの、うっ、うらやましくなんかないんだからねっ! ふん、どうせ下手くそなんだろ? そう、なるだけ冷めた目で試合を見守っていたのだが――無駄にうめぇ!!!!

 スマッシュ、謎の回転レシーブ、機敏な横移動。組んでる女子をフォローしつつ、要所要所できっちり点を取っていく。本当に驚くほどいい動きだ。お前卓球部だったの? っていうかそんなに早く動けたんだな!?

 試合は芥川、というかうちのチームの圧勝だった。相手チームの先生生徒コンビが悔しがっている。思わず立ち上がり周囲とハイタッチする芥川のもとに駆け寄っていた。


「おい、芥川!」


 芥川は女子に差し出されたタオルで汗を拭き、スポーツドリンクを飲みながら俺を見上げ目を細める。


「お前すげえうまいじゃん!」

「やぁ、綴君ほど無様(すげえ小さい声)じゃないよ」

「いますっげえちっさい声で無様って言わなかったか?」


っていうか試合見られてたのかよチクショー……。


「ふふっ」


 芥川は否定せずにっこり笑い、それから真顔になると「ちょっといいかな」と、俺をその場から連れ出して階段を降り始める。スタスタ先を歩く芥川の後ろ姿は毎回見慣れたもんだが。


「なんであんなに卓球うまいの」

「全国の温泉場を放浪しているときにこれで一儲けしたのさ」


 全国の温泉場を放浪!? B級映画感半端ないな!


「ところでなんの用事なんだよ」

「大したことじゃない。病院からお前のジャージが返ってきたんだ。渡してくれって頼まれたから俺が預かってる。たまたまな。お前の人助けに巻き込まれて面倒なことだよ」


 きっと暇そうだったから声かけられただけだと思う。でもよかった。返ってこないかと思ってたぜ。

 ジャージは職員室にあるらしい。ガラリとドアを開けて中に入る芥川。続けて中に足を踏み入れる。


「失礼します」


 見回すと中では先生が数人事務仕事をしていた。俺たちを見てにこやかに目を細める。


「芥川先生でしたか。そうやって見るとまるで生徒のようですな」

「貫禄がなくてこまっています。僕も先生のようになれたらいいんですが」


 こころにもないことをさらりと言い放つ芥川ってなんだかんだ言って大人だな。にこやかな業務用微笑を崩さずに、芥川は窓際の一番奥の端の席に腰を下ろす。デスクは中央を開けて5席ずつ向かいあった10席が左右に一つずつ。合わせて20。教師と事務関係も全部ここに集まっているらしい。ちなみに隣の続き部屋が校長室だ。


「席、一応あるんだな」

「朝礼時にしか座ったことないけどね」


 そして芥川は足元の段ボールの一番上に乗っていた俺のジャージを掴むと、雑に手渡してくる。


「おう、さんきゅ」


 受け取ってすぐに袖を通しポケットに両手を入れた。


「あれ?」


 思わず存在を確かめるためにポケットから手を出し、ポケットの上をバシバシ叩いてしまった。


「どうした」


 怪訝そうに眉根を寄せ俺を見上げる芥川。


「ビスケットが二枚になったのなら二枚ともよこせよ」

「いや、そうじゃなくて! ポケットに借り物のハンカチが入ってたはずなんだよ」

「しっ、失礼しますっ!」


 俺の動揺した気持ちに割り込むように緊張した女子の声が割り込んできた。思わず釣られて声のした方を見ると、なんだかそわそわした様子の女子生徒が三人立っていた。後ろの二人は付き添いだろうか。中央の子の背中を押して「ほら、がんばってー」なんて促している。つか、あの真ん中の子見覚えがある。


「あっ!」


 次の瞬間、その中央の子が俺を指差していた。


「すごい勢いでゴリラみたいに飛んで走って来た人! 怖かったんだからぁ!」

「救急車呼んでって俺が頼んだ人だよな……ってか、ゴリラが階段三段飛ばしで駆け上るとこ見たことあんのかよ」

「僕はあるよ」


 しれっとボケてくる芥川。


「どこでだよ、無理に話に割って自分の記憶を捏造するな!」


 思わずここが職員室だということを忘れかけて芥川にツッコミを入れてしまった。はぁ、疲れる!


「ねぇ、あなたも見てないかな」


 ぐったりしている俺に、中央にいた子はズカズカと近づいてきた。


「見たって何を?」


 そこで彼女は椅子に座った芥川とその隣に立つ俺を見比べ声を落とし意味深にささやいたのだ。


「犯人よ、滝本さんを突き飛ばした犯人……」


 滝本さんを突き飛ばした犯人って……。

 はぁ!? 突き飛ばされた!?


「なっ!……グッ……」


 なんだそれ! と、力一杯声を上げそうになった瞬間、芥川にすねのあたりをかかとで蹴られてしゃがみ込んでしまった。いてえ! マジでいてえ!


「ここじゃなんだね。国語準備室に行こうか。もちろん綴君も一緒だよ。当事者だからね」


 付き添いの二人は「じゃあ先に戻ってるね」と廊下の途中で別れてしまった。

 俺も帰りたい……(涙目)


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