⑰表向きでは切れたと言えど
「私の立つ瀬なんてどうでもよろしい。私たちはギンが好きなんだよ。筆を持とうが捨てようが、どんなギンでもいいんだ。だけど同時に私は書家として君の瑞々しい才能がこのまま消えゆくことを本気で惜しいと思っている。これも否定しない」
少し困ったように唇の端を歪め天秀先生はマグカップを口元に運んだ。
「これも業だね」
「天秀先生……」
「さて、私の我儘はこれくらいにして、ギンの話を聞かせて」
仕切り直しと言わんばかりに、テーブルの上に肘をつき顎を組んだ手の甲にのせる。
「え、俺の話!?」
いきなりの展開にのけぞると「そうだよ。なんだい、スイーツクラブって。まさか女子目当てなの。まぁギンだって年頃の男子なんだからごく当然の欲求だと思うけれどなかなか思い切った選択をしたもんだね」どこまで本気なのか、真面目な表情で問われると逃げられない雰囲気だ。
「いやいやいや! たまたまだよ、クラブ勧誘された時に流れでそのまま……!」
「ふぅん」
「あっ、信じてないなこれは!」
「まぁギンは押しに弱いところがあるから……わからないでもないけど」
「ぐっ……」
なんか読まれてる! 確かに俺は押しに弱い。ていうかそれは姉ちゃんズのせいだと思ってるけど。
「で、彼女はできたの?」
「できるわけないじゃん」
女子が多いクラブに入ったら彼女ができるって意味不明だし。
「ずいぶんきっぱりした返事だね」
「だって好きな人に好きになってもらうって奇跡だろ」
奇跡はそう起こらないから奇跡なのだ。ていうかそもそも俺は、その、エリカのこと忘れてねぇし。これにいたっては万が一も可能性がないからなぁ……。
「ギンはモテると思うけど」
「はー。気軽にそんなこと言ってもらっちゃ困りますわー。俺はタカシ兄ちゃんみたいに女子が向こうからやってくるタイプじゃねぇの」
世間の女子は中尾とかタカシ兄ちゃんみたいなのが好きだと相場が決まっている。頭が良くてスラッとして優しげなのな。俺が女子でも好きになるわ。俺のように不良漫画に出てくる手下キャラはどうやったってモテないんだぁぁぁぁ!
「いや、間違いなくギンはこれからモテるようになるよ」
「ありがと。その言葉を励みに生きていくよ……」
あはははと虚しく笑いながらも、それから俺とタカシ兄ちゃんは会っていない時間を埋めるように話をした。と言っても俺が一方的に、思いついたことを喋っていただけなんだけど、兄ちゃんはうんうんと相づちを打ちながら俺の言葉に一時間以上耳を傾けてくれた。
「なんか俺ばっか話してごめんな」
「そのつもりで連絡をしたからいいんだよ。話せてよかった」
車でマンションの下まで送ってもらって、シートベルトを外しながらタカシ兄ちゃんに体を向ける。
「これあげる。今日焼いたマドレーヌ」
バッグから紙袋を出し差し出すと「母さんといただくよ」笑って受け取ってくれた。
これ一応手土産ってことにしてもらって、ねぇちゃんはメールで済ませとこう。
「今度はうちに遊びにおいで」
「いいの?」
「当たり前でしょうが。うちでは天秀先生じゃなくてタカシ兄ちゃんでいいからね」
「ありがとう……。それと展覧会の手伝いやるから」
日付は来週の土日だった。そもそも何の予定もないしな。俺の言葉を聞いて、タカシ兄ちゃんはかすかに唇に上品な微笑みを浮かべてうなずく。
「助かるよ。じゃあまた連絡する」
「おう、おやすみー」
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