⑱表向きでは切れたと言えど


 それから数日、実に平穏な時間が流れいく。毎日授業を受けて放課後はクラブに出てたり、友達とカラオケに行ったり。特別なことは何もないけど、心が波打つこともない。こうやって少しずつ自分の角ばったところを丸くしていけたらいいと思う。誰に褒められなくてもいい、自分のために少しずつ、少しずつ……。


 船上パーティーも冗談抜きで招待されるらしかった。その話題でクラスは持ちきりだ。時期は夏休みって言ってたからだいぶ先だなって少し肩透かし食らった感じもあったけど、夏にそんなでかいイベントがあるのは期待値が上がるよ。

 あと、土日の天秀先生の手伝いの方も話を進めていて、どうも俺はちびっ子書道教室のアシスタントってことになるらしい。不安がまったくないって言えば嘘になるがこれも結構楽しみだったりする。子ども相手なら変に片意地を張る必要もないし、きっと大丈夫だ……と思いたい。



「芥川いるかー」


 昼休み、いつものように国語準備室にドアを開けて入ると「ツヅリ君」「井上先輩!」なんと、井上先輩が芥川と一緒におせんべいを食べていた。

 ぼりぼりぼり……。ぽかぽか陽気も相まってなんとも平和的な光景だ。


「うち、せんべい屋なの。ツヅリ君もいる?」


 ローテーブルの上にはせんべいの詰まった袋が置いてある。芥川は開け放った窓を背中に立ちボヤーッとせんべいをボリボリかじっていた。

 あーもうっ、床にこぼしてる、汚れてる! そわそわしてしゃーない。井上先輩が帰ったらすぐに掃除しよう。(今やると小姑っぽくて感じ悪いしな)


「いただきます」


 お言葉に甘え袋から一つつまんでかじると香ばしい醤油の香りが口いっぱいに広がる。


「うおおお、うめぇ!」

「ありがとう」

「いやマジでうまいっす」


 完全に頂き物の味だ! テンション上がりまくりでせんべいを貪っていると「今ね、芥川先生から不審者の話聞いてたんだ」と、井上先輩。


「不審者……ああ、滝本先輩の」


 完全に忘れぎみだったが球技大会当日、滝本先輩はローレルホールで階段から落ちた。井上先輩は誰かに突き落とされたんだと疑って芥川に話を持ちかけたんだったっけか。まぁ、当の滝本先輩が否定している以上、犯人もへったくれもないけど。


「で、話はどうなったんですか」


 俺の問いかけに「うん、妖精の仕業だって」と、井上先輩。

「はい?」

「いま芥川先生からこの学校にいる妖精の話聞いてたんだ。妖精は人間を困らせるためだけにいたずらするんだって。聞けばスイーツクラブでも妖精のいたずらがあったらしいね? あ、でもそれだけで信じたんじゃないよ、滝本さん自身もこないだ私に謝りに来てくれたの。病院で不摂生を注意されたって。滝本さん、生徒会とバレー部兼部でかなり無理して疲れ切ってたみたい。変な心配かけてごめんねって本当に申し訳なさそうで……。私もなんか騒いじゃってよくなかったよね。でもほんとよかった、不審者が学校にいたんじゃなくて!」


 一気に畳み掛けるようなマシンガントーク。すみません、井上先輩何言ってるかさっぱりです。つかまた「妖精の仕業」ってそれスコーン盗難事件で日野を言いくるめる時に使った嘘八百まんまやんけ!

 ちらりと横目で芥川を見つめると、両手に梅ザラメのせんべいと海苔せんべいを持って交互にかじっていた。甘いのしょっぱいの交互に食べれば延々食べれるよ方式か!


「じゃあまたねー」


 井上先輩は機嫌良さそうに国語準備室を出て行く。唖然とその後ろ姿を見送ったあと、窓辺の芥川を振り返った。


「またお前、妖精なんて口から出まかせで……」

「いいんだよ、あれで。井上は部外者だ。何があったのかなんて知る必要はない。だから妖精の仕業でいい」

「部外者……? 妖精うんぬん以前に、何もなかったろ?」

「何もなくはない」


 せんべいを食べ終えた芥川は両手をパンパンと叩いてゴミを落とす。


「おそらく滝本は嘘をついているね」

「なんで?」

「なんとなく」

「なんとなくかよ!」


 いつにも増して信用できなさすぎだ。


「そもそもお前、なんでローレルホールにいたの」


 なのに芥川ときたらまたどうでもいいことを尋ねてくる。


「それは、内田先輩の姿を見かけて……」


 だったよな、最初はさ。


「内田の姿を追いかけてローレルホールに行って、滝本を発見した……その時内田は?」

「そういや、どこ行ったんだろう……あ、マネやってるって言ってたから部室にいたんだろ」

「時間差はそうなかっただろ? 球技大会当日でほとんどローレルホールに人はいなかったのに、救急車呼ぶ大騒ぎになっても出てこなかったのか?」


 言われてあの場面を思い出すが、確かに内田先輩の姿は野次馬にもなかったな。なんでだろう。


「ってか、だったらまさかお前は内田先輩が突き落としたって思ってるわけ!? 滝本先輩はそれをわかってて黙ってるって? それはないない、絶対ないだろ!」

「まぁ、それもあくまでもいくつかある可能性の一つだからな。そしてなにがあったとしてもそれは彼女たちの問題であって、関係ないがね……」


 途端に興味を失ったように芥川はソファーに倒れこむ。


「ただ、それだけじゃないような……」

「はぁ?」

「不確定要素がある、どこかに……しっくりこない……」


 そしてすうっと寝入ってしまう芥川。


「おい、寝るな! 気になるだろつか風邪ひくぞ!」

「ぐぅ……」

「ちっ……」


 仕方なく、開け放った窓を閉めて書架裏の寝袋を引っ張り出し広げて上にかける。


「あ、そうだ」


 土日の展覧会のチケットこいつにもやろう。客は一人でも多い方がいいって天秀先生言ってたもんな。財布から貰ったチケットを取り出してローテーブルの上に置く。


「気が向いたら来てくれよな」


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