⑳表向きでは切れたと言えど


「ねぇ、なんで誰も出てきて手伝わねぇの?」


 コソッと問いかけると「取材も帰っちゃったからねぇ。大したことないくせになぜかプライドだけは高いんだよ」と、タカシ兄ちゃん。


「暇そうなのに」

「だよねぇ。笑っちゃうよね」


 なにが笑っちゃうのかわからんが、実際ニコニコ笑ってるから兄ちゃん的には笑い話のようだ。ちなみに俺から見てここにいる書家の中で誰よりもプライドが高いのはタカシ兄ちゃんだと思うんだが、きっとプライドの種類が違うんだろう、うん。


「それとさー、さっきから不思議だったんだけど、なんかこっちの展覧会目当てに思えない層が多くないか?」


 そう、なぜか若いお姉さんが多いんだよな。しかもなんかオシャレしてる感じ。例えて言うならクラシックコンサート? みたいな格好した人とか、着物の人とか、妙に着飾った女性がうろうろしてるんだよな。


「なにかあったのかなぁ」


 不思議そうに首をひねるタカシ兄ちゃん。


「どうやら美術館本館の催事展示の方から、人が流れてきてるらしいのよ」


 ちゃんといろいろ知ってるっぽい深雪先生が教えてくれた。


「あー、なるほどね。本館何やってんですか? エジプト展とかなら俺も行きたいけど」


 なんて呑気に笑っていたら、まさかの「真殿斗織フラワーアート展よ」という返事。


 ふーん、真殿斗織……真殿……。ん? って、ええええええーーーー!!


 スマホで美術館の名前を検索すると、マジで出てきた。真殿斗織と各界の一流アーティストとのコラボ企画をまとめたもので映像だったり写真だったりが主らしい。真殿斗織が来るとは書いてなくてちょっぴりホッとする。こういうのを因縁と呼ぶのだろうか……なんて、ちょっぴり感慨にふけってみたりしてな。まぁあんだけの有名人なら全国どこでも似たようなことやってそうだし、びっくりすることもないか。

 

 ほぼ一日中子供と遊んでたせいか時間が経つのはあっという間だった。日中は日がさんさんと差し込んでいた館内も薄暗闇に包まれて広い分余計に寂しい印象を覚える。ずっと曲げ通しだった腰が痛かったり子供に耳元でぎゃーぎゃー言われてたせいか耳の奥がジンジンするが、それも悪くないと思えるほど楽しかった。俺もう少し頑張れるかな……。


「そろそろ片付けてもいいかもしれないね。明日もあるし」


 タカシ兄ちゃんと一緒に床に散らばっていた半紙を片付けながらエントランスの時計を見上げる。7時の閉館を間際にして分室はほぼ人がはけていた。


「今日はギンに来てもらって本当によかったよ。私と深雪先生だけだときっとパンクしていたよ」

「私もそう思いますっ!」


 天秀先生ファンの深雪先生も片付けながら深く同意している。もちろん視線の先はタカシ兄ちゃんただ一人だ。まぁ、いいけどね(負け惜しみ)。しばらくして中からガヤガヤと人が出てきた。


「ずいぶんうるさかったねぇ、君たち」


 あん? カチンときつつ声を主を探すと、30前後の男が先頭で偉そうにふんぞり返っていた。おうおうおう、大人が10人いて結局誰一人手伝わなかった《次世代の作家が集う芸術の夕べ》の皆さんじゃねぇか。すっげえ暇してたくせによー!


「あの人、萩原さん。なにかと天秀先生に突っかかってくるのよ」


 こそっと深雪先生が教えてくれた。ふむふむなるほどね。よしっ、タカシ兄ちゃん反撃しろ!


「萩原さん。おかげさまで盛況でしたよ」


 なのにタカシ兄ちゃんは金持ち喧嘩せずの精神なのか、明らかに戦闘モードにスイッチが入った俺の前にすっと体を滑り込ませてしまった。ぐぬぬ……。けれどそのいけ好かない男萩原さんは、タカシ兄ちゃんをさらに煽ってくる。


「天秀先生も真面目にこんなことやって……ただの協会向けの予算組みのアピールにすぎないってわかってるでしょうに」

「内情はそうかもしれませんが、今日ここで筆をとった子供達には貴重な経験になったと思います。それにこういったことは書道界に種を蒔く大事な仕事だと思います」


 おお、タカシ兄ちゃんかっこいい! 深雪先生も完全に目がハートになってるぜ!


「はぁっ、あんたがそんな考えだからこの業界はダメになっていくんだよ!」


 なのになぜか興奮しだす萩原さん。本当にタカシ兄ちゃんのいうことなすこと気に入らないんだなーってのがヒシヒシと伝わってくる。


「いいか? 芸術家ってのはもっと獣であるべきなんだよ、魂の叫びを書にぶつけるべきなんだ。そもそも子供に筆をもたせたってガキはガキだろうが。書の崇高な精神を理解することもできない!」

「はぁ……」


 明らかにタカシ兄ちゃんは引いていたし顔に《面倒臭いなぁ》と書いてある。ウケる。つか言ってること矛盾しまくりだよな。獣になれと言いながら書の崇高な精神を理解なんちゃらってさぁ。変な奴……。そりゃ兄ちゃんじゃなくても距離おきたくなるわ。


「そもそも商業主義に走って真に芸術を理解する者がいなくなってるんだ! なんだ今日だって、タレント気取りの花屋が幅を利かせて……!」


 おっと暖簾に腕押しとわかってタカシ兄ちゃんから今度は真殿斗織批判か? 楽だよな、簡単だよな、自分は努力せず、ここにいない他人を批判するのって。えらい気分になれるもんな。


「でも、真殿さまさまじゃん。どんな形にしろこっちにお客さん流れてきてんだろ? この機会を利用してやるって思わねぇの、書の展覧会なんだろ? 見てもらってなんぼだろ。チラシ配るとかやりようあると思うけど」


 で、ついタカシ兄ちゃんの後ろから軽いノリで口を挟んでしまったのだが萩原さんは「素人はこれだから……」と、鼻で笑う始末。


「あんなのただのお遊びだよ。伝統を踏みにじる冒涜者だね」


 はぁ!? おいおいそこまで言うかよー! 思わず一歩踏み出してしまった。


「じゃあ自称玄人集団の10人で群れてればいいのかよ」


 タカシ兄ちゃんは肩越しに振り返って、小さく「ギン、やめなさい」とたしなめたが、一度口に出した言葉は取り消せない。つか取り消すつもりもねぇし。


「真殿斗織の人となりは置いといて、萩原さんあなたは真殿斗織の仕事見たことありますか。俺は一度目の前で見ただけど、花のこと何にも知らない俺だって、見惚れたし花に興味が湧いた。またあの人の作品に触れたいと思った。こうやってあんたたちが自分の世界に閉じこもって、誰もわかってくれないと不平不満を口している間に真殿斗織はそうやって自分の足で日本中、いや世界中を回って、自分の世界をどんどん広げていってるんだ。悔しいって思わないんですか」


 当然、しんとフロアが静まり返った。


「なんだ、お前エラそうに……」


 明らかな険悪ムードに空気がピリピリし始める。後ろの集団はどう思っているかわからないが黙って俺と萩原さんを見比べているようだ。なるほど群れてはいるが一枚岩じゃねぇんだな。

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