⑫表向きでは切れたと言えど


 それから俺は自宅でエリカ宛にメールを送った。

 先週、芥川のことをどうこういう変な奴に声をかけられたこと。そして今日、芥川の根城である国語準備室が荒らされたこと……。つか、これ同一人物じゃね? 怪しいことこの上なかったもんな、あいつ。いやでも部外者が学園内をウロウロできるか? いくらなんでも生徒でも教師でもない奴入ってたら不審者だし。うーん……。


 あれこれ悩んでいたが、結局約束の時間が近づいたのでシャワーを浴び着替えてマンションを出る。エリカからの返事はないがこれは仕方ないだろう。きっと仕事中だ。

 中尾との待ち合わせ場所に行く前に適当な雑貨屋に入ってハンカチを買った。なんかふわふわしたやつ。プレゼント用ですかとか言われて恥ずかしいことこの上なかったが、お詫びの品なので一応包んでもらうことにした。そして寺島の親が営業してるという焼き鳥屋だが、関東で有名なチェーン店らしい。今回は俺たちの学校に一番近い店を貸切にしてくれたんだとか。ちなみに商店街から少し歩いて一本横道に入ったところにあった。


 ガラリと引き戸を開けて入ると、テーブル席の一階にはジュースのサーバーが並べてある。入り口に待機しているのは寺島と二年の先輩だ。会費1500円を払うとでかいエルサイズの紙コップ(マジックで名前記入)を渡された。セルフで飲めよってことらしい。見ればソフトクリームサーバーや、ミニケーキも置いてある。やべぇ楽しそう!


 そして階段を登った二階のお座敷には、焼き鳥の盛り合わせは当然として、焼きそばやチャーハン、唐揚げなんかの大皿料理がドカーン! と等間隔に並べてあって、腹ペコ高校生には実に辛抱たまらん風景でまたテンション上がりまくりだ。


「どこ座ったらいいのかな」

「適当でいいみたいだぜ」


 とりあえず中尾と入り口から入って真ん中ぐらいの空いた席に並んで座る。なんとなく周囲を見渡してみる。全員の顔を覚えているわけじゃないが、一年も二年も9割近くは出席してる雰囲気だ。

 つか内田先輩来てないのかな。ハンカチ無くしたって謝らなきゃいかんのに……。


「カルピスと炭酸桃割って飲むとうめぇ!!!」

「いやいや、メロンソーダにソフトクリームが夢のコラボに決まってんだろ!」


 まだ何も始まってないのに盛り上がりすぎてぎゃあぎゃあとうるさいことこの上ないが、二年の委員長男子が乾杯の音頭をとるために前に立つと、少しばかり静かになった。


「えーゴホンゴホン」「はやくしろー」

「うるさいよ! こういうのはきちんとしなきゃだめなの!」


 野次をいなし、委員長は座敷に座っている50人弱を見回した。


「えー、今日は球技大会、本当にお疲れ様でした!」

「っかれっしたー!!」

「おかげさまで2年1組と1年3組の合同チームは優勝と相成りました! 十月学園は年間を通していろんな催しがあって、またこうやって組むことがあるかもしれないし、ないかもしれない。一期一会だと思うと感慨深いですができればまた俺はみんなとチームメイトになりたいな! そしてこの場を提供してくれた1年の寺島さんにも感謝です、ありがとう!」

「ありやっしたー!!!」

「では、かんぱーい!!!!」「かんぱーーーーーーーい!!!!」


 一斉に紙コップが持ち上げられ、あちこちのテーブルで軽くぶつけ合う。


「いただきます」


 手を合わせた後ガツガツと炭水化物と肉を口の中に放り込んでいく。

 うめぇうめぇ!


「――ツヅリ、こんな時でも姿勢いいな。やっぱりお前武士だろ」

「はぁ? なんで武士なんだよ??」

「せやな。ピーンと背中伸びてるし、箸の使い方も綺麗やん」

「それあたしも思ってたー! 学食でカレー食べてるなと思って見たら、案外優雅なんだよね!」

「うるせぇよ、優雅じゃねぇ、俺はガツガツしてんの!」


 中尾の指摘に前に座っていた林と日野が乗っかってくるが全力で無視だ。話題は今日の球技大会から昼間の救急車騒動に移っていく。当然だけど滝本先輩はこの場にはいない。参加予定だったが、もちろんキャンセルの連絡があったという。ただ、午前中からなんとなく様子がおかしかったらしい。


「なんか落ち着かないっていうか。ずっとそわそわしてたよね。彼女いつも落ち着いてるのに、変だなって。だから階段から落ちたって聞いて、やっぱり体調悪かったんだなーって思ったんだぁ」


 斜め前に座っている二年女子の言葉にふぅんと相槌をうつ俺たち。

 確かに初めて会った時、クールな印象を受けたな……って。……ん? なんか今、引っかかったような……。一瞬脳裏をよぎった何がのしっぽは、つかめないまま消えてしまった。

 それからしばらくして、今日写真部が撮ったというスナップ写真のアルバムが回ってくる。一枚100円で販売するらしい。


「欲しい写真あったらそこにあるQRコード読み込んで写真部サイトの申し込みフォームにから注文してくださいー!  もちろん秘密は厳守するよー! 気になるあの子の写真を是非この機会にゲットしてくれー!」


 写真部らしい男子が立ち上がり宣伝している。


「おいおい、俺は許可してないで! 事務所通してくれな困るわぁ〜!」


 もちろんこういうのにすかさずのっかるのはお祭り男の林だ。


「大丈夫だ、お前のなんか誰も欲しがらん!」

「なんやてそんなはずないやろ、めっちゃ活躍したっちゅーねん!」

「顔面でボール受け止めたな」

「あかーん!」


 林のコントに周囲が爆笑している。なんかもうみんなでワイワイしてるだけで楽しいな。で、実際のスナップだがさすがというべきかめっちゃ綺麗に撮れている。構図も生き生きとしてて、まるでその一瞬を切り取ったようなものばかりだ。


「よく撮れてるなぁ……」


 さらにペラペラめくっていると人気教師コーナーというのがあり、イケメン数学教師やら天然ボケ美女英語教師に混じって芥川の姿もあった。ジャージ姿で日野にバンダナを巻いてもらっている姿だ。こうやってみるとマジで教師には見えない。あれ撮られてたんだな……。まったく気配を感じなかったぜ。恐るべし写真部!


 ちなみに芥川含めイケてる教師ページは結構あって、男女問わずアルバムを見ながらわぁきゃあ喜んでいた。もしかしたら写真部からしたら一番の稼ぎになるかもしれない。

 感心しながらさらにページをめくると生徒の競技の写真に移る。


「あ、ツヅリだ」

「うぉー、なんだこりゃ!」


 中尾が指をさしたところ数枚、俺のピンの写真があった。バスケとバレーのやつな。別に変な写真ってわけじゃねぇけど撮られてる意識がまるでなかったから妙に恥ずかしい。


「これ買って家に送りなよ」

「ええー、いらねぇだろ」

「いや家族は喜ぶって絶対」


 絶対ってお前……なんか引き伸ばして嫌がらせで玄関に飾りそうで怖い。だけどあんまり熱心に言われたもんだから「考えとく」と返事してしまった。まぁ、姉ちゃんズは置いといてばあちゃん孝行だと思って送るのもありかもしれないしな。

 アルバムに一通り目を通し別のテーブルに座っているクラスメイトに渡す。と、目線の先、入り口付近に内田先輩が座っているのが見えた。隣の女子と楽しそうに笑っている。ふわふわの髪をゆるく編み込みにして、すとーんとしたワンピースを着ている。学園にいる時の三つ編みとはまた雰囲気が違って森の妖精みたいでめっちゃ可愛い。可愛い。


「ごめん、ちょっと」


 周囲に断って席を立ち、内田先輩の方に近づく。


「内田先輩」

「ん? あ、ツヅリくん! おつかれさまー」


 内田先輩は俺の呼びかけに顔を上げる。隣でおしゃべりしてた女子も俺の顔を見てアッと声を上げた。


「おでこ打った一年生だ!」

「あ、はいそうっス」


 やべえ恥ずかしい。

 俺が立ってると、二人は首が折れそうなくらい見上げないといけないので、とりあえず畳に正座しつつ着ていたパーカーのポケットから買ったハンカチを取り出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る