④恋に焦がれて鳴く蝉よりも


 それから数分後。突如ガラリ……と窓が開いた。俺たちが侵入した窓だ。一応入るときに閉めてはいたが、鍵まではかけなかったんだ。俺のバカ!

 見つかったのかと背中に冷たいものが流れる。だが何かが違った。俺たちのように、侵入者もまた音を極力立てないように気を使っている感じが伝わってきたからだ。誰かがここに忍び込もうとしている!?


 ゴクリと息を飲み体を精一杯ちぢこませ、床にしゃがみこんだ姿でキッチンの横から顔をのぞかせる。暗くて顔まではよくわからないが一人だ。ほっそりとしていてミニスカートから伸びる脚は暗くてもわかる。思わずゴクリと息を飲んでいた。


 間違いない、犯人は制服を着た女だ!


 そいつはポケットからガサゴソとスーパーのビニール袋っぽいものを取り出し、なぜか一直線に電子レンジへと向かい、庫内に手を伸ばした。そしてビニール袋の中に中から取り出したものを一つ一つ落としてゆく。


 なにやってんだ……まさか……あれって……スコーン? 一つ、また一つ。ガサッ……ガサッ……。


 静かで真っ暗な家庭科室でいったい何がおこなわれているのか。俺には理解不能でさっぱりだった。鳩の餌にでもすんのか?


 いやでもそれはとりあえず置いといて、ここで飛び出してあいつを捕まえればいいだけじゃないか。やるか? たかがスコーン、されどスコーン。人のものを盗むなんて卑怯だ。許せない。極度の緊張で目の前がチカチカする。口の中がカラカラだ。拳を握りしめた瞬間そっと左腕に何かが触れた。はっと顔を上げればそれは芥川の指先だった。


 真っ白な半紙みたいな顔で、俺を一瞬だけ見つめ、それからまたほんの少し顔を横に振る。その瞬間すうっと、頭が冷えた。

 やがて侵入者はすべてのスコーンをビニール袋の中に放り込んだのだろう。それをまとめて立ち上がり、また入って来た時と同じように窓へ向かう。その一瞬だった。非常灯の明かりがそいつの顔を照らし姿をあらわにしたのは。


「……っ!!!」


 思わず声を上げそうになった。慌てて両手で口元を抑える。だってそこにいたのは、同じスイーツクラブのギャル系パイセン、加藤先輩だったから。

 なんで加藤先輩が!?

 芥川に話そうとした日野、杉山の二人は犯人から無意識に除外していたが、でもまさか同じクラブの加藤先輩だとは考えなかった。なにかしらトリックがあっての、部外者の仕業だと思っていた。


 だけど加藤先輩って……。なんでなんだよーーー!


 呆然としつつも十分に時間を空けてからキッチンの陰から這い出し、スーツの腕のあたりを払っている芥川の前に回り込む。


「ようするにあれは……あんたがスコーンが盗まれてないって言ったのは、加藤先輩が……まだ、納得いかんが、この家庭科室の中で隠しただけだった……ってことなんだな……?」


 それから俺たちは早々に家庭科室を出て国語準備室へと戻ることにした。相変わらず薄暗い部屋の中、テーブルの上にあった冷めた紅茶を捨て紙コップにインスタントコーヒーを入れなおす(俺が)。デスクの椅子に芥川が座りソファに俺が座った。スティックシュガーを五本入れ、くるくるとマドラーでかき混ぜている芥川の表情を盗み見てみればどこかつまらなさそうだ。さっきの俺の発言は不正解ではない、と思っていいだろう。見当違いなこと言ってたらクソミソ言われるからな!

 ホッとしつつ改めて口を開いた。


「家庭科室に行く前『俺がここにいることが、答えだ』って言ってただろ。いないと思っていたけど最初からいたんだな。ただ、俺たちの見えないところにいた……どこに?」

「――書架の裏に細いけどデッドスペースがあってね。寝袋を置いてる」

「デッドスペースって……そんなとこにいたのかよ!?」


 思わず立ち上がり背後の書架の裏を見ると確かに五十センチくらいの隙間があり、その隙間の本に埋まるようにして寝袋が見えた。


「埃だらけできたねぇ!」

「寝袋の中は綺麗だから問題ない」

「あるよ大有りだよ!?」


 とにかくこの男、整理整頓という単語が頭から抜け落ちているのですぐに部屋が散らかりゴミ部屋になるのだ。でもあんなところで寝る意味がわからん。いったい何なんだこいつ……。


「まぁいい……話、戻そうぜ。加藤先輩がスコーンを隠していた犯人……なんだよな」


 スコーンを人目を盗んでレンジの中に放り込んだ。実際その場に自分がいたら、自分が犯人だったと想像してみたら……。

 写真撮影が終わってワイワイしてるところなら一瞬の隙を見て隠せないこともないだろう。おそらくクラブ活動中は電子レンジはキッチンの上に置かれていた。溶かしバターとか作るし。で、レンジはみんなの視界に入らないよう向きを変えて、で、サッと隠す。別に綺麗に直す必要もないし。あとは片付けるふりをしてレンジをその場から離す。でも……。


「スコーンを盗むことに何の意味があるんだ?」

「意味を聞いてどうするんだい」

「そりゃ、普通に気になるだろうが」

「他人の事情に首を突っ込むのはおやめ」


 芥川は砂糖たっぷりのコーヒーにふーふーと息を吹きかけながらすました顔だ。


「スコーンを焼くこと自体計画的なことではなかった。その場のノリで決まった。だが焼きがるまでの間に加藤には焼きあがったスコーンを全て自分のものにする必要ができた。だから新聞部の取材という混乱に乗じて人目を盗んで隠し、家庭科室の鍵を閉めたふりをして、隠しておいたスコーンを取りに来た」

「ううーん……でもスコーンなんて自分で焼けば済む話なのにおかしくないか? たかがスコーンでも窃盗だしリスキーすぎる。むしろのっぴきならない理由があるんなら理由を話した上で譲ってくれって言った方が良かったんじゃないか?」

「俺はそもそも、日野、杉山、加藤、阿部……現場の状況からクラブの四人の誰かしかいないだろうと思っただけだしな」


 そして芥川は紙コップをゆっくりと傾けながらコーヒーを飲む。


「人は合理的な生き物ではないよ。感情で生き感情で選択する。どんな理由があれ動機は加藤だけのものだ。他人に決めてもらうことじゃあないね。リスキーだとしてもあいつには必要なことだった、それだけさ」

「じゃあ、どうすんの……」

「どうもしないよ。加藤とわかった今、そうせざるを得なかった原因も想像はできるし……まぁ加藤もバカじゃない。スコーンに限らず今後菓子が盗まれるなんて事件は起こらないだろう」

「えっ、なんで!?」

「自分で考えろ。加藤はまったく知らない人間じゃない。むしろお前は俺より親しいはずだ」

「そりゃそうかもしんないけどよぅ……」


 わかったんなら勿体ぶってないで教えてくれたらいいのに。まぁ頼んだところでこいつが俺の話を聞き入れるはずはないけどな。


 結局犯人がわかったというのに糾弾するわけでもなく、芥川はふわふわとあくびをすると、もうこの話は終わったとばかりに大きく伸びをした。


 おいおいなんなんだこれ。納得いかねぇ……。これで終了? 冗談じゃないぜ。せめて俺だって理由を知りてえよ。



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