⑤恋に焦がれて鳴く蝉よりも


「ツヅリ、今日は学食か?」


 昼休みを告げるチャイムが鳴ると同時に、前の席の中尾が肩越しに振り返って尋ねる。

 俺の席は廊下側の後ろから二番目。ちなみに後ろは入学して三週間まだ一度も来ていない奴の席なので実質俺が一番後ろということになる。声をかけてきた中尾はひな人形のような、つるっとした小綺麗な男で絵に描いたような優等生なのだが何故か気があう。いいやつだ。だから進学とは無縁のここにどうしているんだと思うがそれは聞いちゃいけないこと、踏み込んではいけないことなんだと思う。俺だってそうだし。お互い様だ。


「そのつもり」


 机の上の教科書を片付け、ペラペラの財布をズボンのポケットにねじ込み他愛もない会話をしつつ学食へと向かった。学食は飢えた生徒達で八割がた埋まっている。俺はいつものカレー(ほとんど具なし)200円の食券を買い丼物ゾーンへと並ぶ。先に席について中尾はうどんだった。しかもかき揚げが載っている。てか稲荷まで付いていた。


「セレブかよ」

「バイト代入ったからな」

「なんのバイトしてんの?」

「ステーションビルに入ってる花屋だよ」

「中尾はアルバイトまでなんだかシャレオツだな」


 花の世話をする中尾を想像するとなかなか絵になる。女子が騒ぎそうだ。


「ツヅリこそ一人暮らしだろ。何かやらないのか?」


 つるつるとうどんを食べ始める中尾。俺も手を合わせてからカレーのスプーンを口に運んだ。


「いや、やりたいとは思ってるけどさ。俺にできることあると思うか?」


 元ひきこもりで話しかけられれば話すけど自分からはある種の気合と用事がなければ声がかけられない、典型的なチキン野郎の俺だ。まともに働けるかぶっちゃけ自信がない。


「誰とも話さなくて済むバイトとかあればいいんだけどな」

「清掃とか?」

「あ、俺わりと綺麗好きだからいいかも」


 なんて他愛もない会話を繰り広げていると「ツヅリ、今日クラブ来る?」いきなり加藤先輩がひょこっと背後から回り込むように顔を突き出してきた。


「うぇいっ、びっくりした! いきなりそんなとこから顔出さないでくださいよ!」


 あの衝撃から数日、加藤先輩のことばかり考えていたからかなりビクついてしまった。たぶん椅子からちょっと浮いた。


「あははゴメンゴメン、あんたデッカいから目立つんだよね。だからついいきなり声かけちゃうんだ」

「まじでびびりましたよ……」


 おかげさまでどうやって声をかけようかと悩んでいたのが吹っ飛んでしまった。

 まぁ結果的には自然に話せて良かったのかもしれない。

 ケラケラ笑う加藤パイセンは明るい茶髪ロングのギャル系かわいこちゃんだ。ちょっぴり露出多めで非常に好ましい。今日も白いワイシャツのボタンを一つ多めに開けて、ベストにギリギリまで短くしたスカートをはいている。しかもテニス部と兼部のせいか、かすかに小麦色の肌をしていて、白いワイシャツの首元から覗く素肌とか細いチェーンがキラキラ光るのとかこのコントラストがなんともセクシーでエロスだと思いますはい。眼福眼福。


「今日はクラブ行くつもりッス。だけどなんでですか?」

「うん、実は昨日オカズ作りすぎちゃってさ。持って帰らない? あんた一人暮らしでしょ?」

「ウッス、ソッス……ってマジですか? 超助かりますありがとうございます!」

「いいって、気にしないで」


 それからキョロキョロする先輩。席を探しているように見える。手には小さなエコバッグを持っていた。おそらく中身は弁当だろう。


「ここ空いてますけど座りますか?」


 中尾がさりげなく俺の隣を指差す。


「ううん、大丈夫。じゃあまたあとでねーん」


 加藤先輩は誰かを見つけたようで窓際のテーブルに向かってひらひらと手を振り、行ってしまった。


「はぁ……食料くれるなんてまじで女神様だわ、加藤先輩……!」

「ほんとにいい人だなぁ……もしかしてあの人、ツヅリのこと好きなんじゃないの?」

「ばっか、そんなこと言うなよ意識しちゃうじゃんっ!」


 モテナイ男子代表の俺はすぐに女の子を好きになってしまうので気を引き締めなければならない。それに俺には心に決めた人がいるし!


「つか、確か加藤先輩彼氏いたはずだぜ。好きになるだけ無駄だわ」


 クラブで繰り広げられるコイバナノロケ話を小耳に挟んだことがあった。コイバナをする加藤先輩はめちゃくちゃ可愛かったのできっといい彼氏なんだろう。


「だとしたら校内の人じゃないっぽいね」


 中尾の言葉と視線の先に目をやれば、確かにそこにいたのはスラリとした女子と三つ編みをした小さな女子の二人。先輩と合わせて三人で窓際の小さな丸テーブルに座ると、先輩が持ってきたらしいお弁当を広げた。声は聞こえないが楽しげな雰囲気はこちらまで伝わってくる。


「確かに校内にいれば女友達じゃなくて彼氏と一緒に食うだろうな。あれ、手作り弁当だろうし」

「彼女の手作り弁当かぁ……ロマンだな」

「都市伝説だわな」

「とたんに目の前の贅沢が曇って見えてきた」


 中尾はくすりと笑って稲荷をパクリと口の中に放り込む。俺も残りのカレーを流し込みながら、加藤先輩のことを思った。


 芥川は加藤先輩がスコーンを盗んだ理由、考えればわかるって言ってたけど、人となりを知れば知るほどわからなくなるのは俺がバカだからだろうか。可愛くてギャルで性格も良くて、おまけにお料理上手なんて出来すぎだよ。ギャップ萌えにもほどがあるわ。好感度はうなぎのぼりするだけで動機なんてまったくわかんねぇ……。直接聞けたらいいんだろうけど、そんなこと今更だよなぁ……。

 

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