④表向きでは切れたと言えど


 あいつ結局クッキー全部食いやがった……。腹減った。商店街寄るか? かつみ屋(なんでも大盛り、学生の味方の定食屋)で親子丼食って帰ろうかな。

 学校を出てトボトボと商店街への道を歩く。

 にしても芥川なんか変だったな。おかしなことを言ってた。人は恋のせいで自分を偽ることになる。だから恋すると不幸になる……だっけか。んなはずないだろ。

 恋は人を幸せにするしそもそも自分が変わって何が悪いんだ? 自分を偽ることになるなんて大袈裟すぎるぜ。まぁ確かに俺は失恋してベコベコになっちまったけど……。でも俺と違って加藤先輩には相手がいるし、きっと支え合って幸せになれる。いやならなきゃダメだよな。


「そこの君、ちょっといいかな。君、十月学園の生徒だろう」

「はい?」


 商店街の入り口に差し掛かったところで男の声に呼び止められた。振り返ると年の頃は二十代後半くらいの男が立っていた。薄暗闇の中ぼうっと、まるで幽霊だ。てか一瞬幽霊かと思ったくらいだ。やだ怖いやめて!


「えっと……」


 ジワジワと近寄られた分後ずさる。着ているものはシックで高そう、仕立てのいい服だ。全体的にキチンとしているがどこかザラついた雰囲気がある。あやしいぜ。

 パーカーのポケットに両手を突っ込んで、俺は精一杯あんたを警戒してますよ、という雰囲気を出してみた。


「なんスか」


 もしや詐欺か? なんの詐欺かは知らんが四国から出てきた俺なんかチョロいと詐欺か?


「十月学園に、芥川という男はいないか、いや、いるだろう、女みたいな顔をしたヤツだ」


 芥川? なんで芥川のこと聞いてくるんだ?

 怪しいことこの上ない男は、拍子抜けした俺をよそに独り言のように言葉を続ける。


「学校になんか逃げ込んで、あいつ、あいつは悪魔だ、近づくと君も不幸になるっ! いいね忠告したよ、悪いことは言わない、はやいとこあいつを学校から追い出したほうがいい!」


 男はどんどんヒステリックになり、そして後ずさる。


「あいつに関わった人間はみんな不幸になるんだっ……!」


 そいつはそれだけ叫ぶと、商店街とはまったく逆の方向に走って行ってしまった。


 なんなんだあいつ……。芥川に一体何されたんだよ。

 首をひねりながらも、とりあえず空腹に耐えかねてかつみ屋の暖簾をくぐる。中には部活帰りの十月学園生が4、5人いて、丼をかっこんでいた。よし、食うぞー!


「おばちゃーん、親子丼!」

「はいよー!」


 奥に叫んでから、空いてる席にバッグを置き、セルフの水をコップに注ぐ。水を一息に飲んで落ち着くと、またモヤモヤと疑問が吹き出してきた。


 つか、ほんとなんだったんだあいつ。なぜ恨まれてるんだろう。大人の揉める原因って……もしかしてあの変な男は芥川の借金の保証人だったとか? おお、ありうる! それで人生めちゃくちゃになったんだ。こえー!

 ばあちゃんが連帯保証人にだけはなっちゃダメだって言ってたけど本当だな!

 ん? でも、以前俺が貸そうとした時は受け取らなかったよな。いつもギャンブルに負けてすっからかんのくせして……。


「はいよっ、お待ち!」


 五分もしないうちに、目の前にドスン、と大盛り親子丼が置かれた。


「相変わらずはえーな!」

「腹ペコ学生は10分も待てないだろこれがおばちゃんのプロの仕事だよっ!」


 グッと親指を立てられて俺もとりあえずサムズアップで返す。


「サンキューおばちゃん!」


 よし、考えるのは後にしてとりあえず今はメシだメシ!

 ふわとろ親子丼だ!!



「ごちそうさーん」


 代金550円を支払いかつみ屋を出る。


「はいよ、また来てねぇ!」


 おばちゃんの声を後ろに、もしかしてあの変な奴がまだそこらへんにいるような気がして、周囲をキョロキョロする俺。


「いねぇか……」


 でもやっぱりおかしいよなぁ……。普通じゃない。一応、芥川に釘さしとくか。木の芽時にはおかしな人が出るっていうしな……。


「ふわっ……」


 腹一杯になると途端に眠くなる。あくびを噛み殺しつつ、家路へと向かう途中、ケツポケットからスマホを取り出し芥川にコールする。だが俺の呼び出し音は虚しく鳴り響くだけで、応答はない。まぁ、芥川だしな……。あいつ自分が用事ある時にしか携帯触ろうとしないもんな。


「週明けでいいか……」


 目をこすりながら商店街を歩いていると、途中TSUTAYAの前にエリカのポスターが貼ってあって発作的に立ち止まってしまった。


「エリカ……」


 ああ……考えてみたら彼女はいたるところにいたんだ。ただ俺が気づかなかっただけで。そして俺は存在すら無視されたというのに、やっぱりどうしても彼女のことが気になって、頭ん中からも心の中からも追い出せなくて、苦しい……。


 一歩TSUTAYAの明かりに、ポスターに近づいて、だけど結局1メートルも近づけなくて立ち止まる。

 だめだだめだ! 早く忘れなきゃダメだ。後ろ髪を力一杯引かれながらも、くるりと踵を返しマンションへの道を急ぐことにした。大丈夫、すぐに忘れられるさ……。


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