彼女の恋と惡の華

①表向きでは切れたと言えど


「こちらにありますのが、かの有名な五月病の男子高校生Tでございます。非常にデリケートに出来ておりますので取り扱いにはご注意ください」


 いろいろあったゴールデンウイークが明けて最初の登校日朝のホームルーム。何をするにも気力が湧かず通学後すぐに机の上に突っ伏して動かなくなった俺を見て、中尾がクラス委員長の寺島に芝居がかった口調で紹介した。


「わー、ほんとだ。絵に描いたような無気力だ!」


 寺島はトレードマークのポニーテールを揺らしながら中指で眼鏡を押し上げ俺を見下ろす。


「ったく、番長がシャキッとクラスをまとめてくれないとまとまるのもまとまらないよ?」

「俺は何でもいい……つか、何もしたくない……」

「はぁー!? そんないい体しといて球技大会から逃げようなんて許されないんだからねっ」


 ぷんすかと頬を膨らませると、くるりと踵を返して教壇へと向かい胸を張った。


「はい、注目ー。来週月曜日、来たる5月11日月曜日、校内球技大会がありまーす! 野球、バスケットボール、バレー、テニス、卓球、サッカー、などなど、二年生との合同チームを結成、優勝チームはなんと理事長先生から船上パーティに招待していただけるとのことっ!」


 十月学園は担任制ではなくチューターという事務手伝いのおじさんがいるだけなので、クラスの連絡事項やらなんやらはクラス委員長である寺島の仕事になる。というわけで朝イチの寺島の発言に俺以外のクラスメイトが一斉に色めき立った。


「せっ、船上パーリー?????」

「パーリー!」

「リッツパーティじゃなくて?」

「船の上?」

「うぉー!パーティいきてぇ!!!」

「パーリー!」「パーリー!!」


 わけのわからんテンションで、シュプレヒコールまで始まってしまった。


「昼休みに組み合わせ抽選結果が出るので、放課後はその2年の教室に全員集合だよー!」

「おーっ!」

「船上パーティに行きたいかーっ!」

「おーっ!」


 周囲の鬨の声が強くなればなるほど、ただでさえ低い俺のテンションは右肩下がりに落ちていく。なんかこの無気力……引きこもり時代を思い出して辛いぜ。いやいやでも俺だってこんなことじゃダメだってわかってるんだ。エリカはアイドルで最初から近づける人じゃなかった。むしろ俺は普通のファンよりも彼女に一瞬近づけたかもしれないくらいで、だから……俺は……。って……。ダメだ。全然ダメだ。全くもってダメだ……。

 真殿さん、あの人なんなんだよ。前野さんはどうしたよ。同時進行か? そういや女とみれば口説きまくる人だったっけか? ハハッ、許さねぇ〜許さねぇぞ〜俺は今日から反真殿斗織の先鋒として玉砕覚悟で戦場を駆け抜けてやるぞぉ……! 

 いや、死して屍拾うものなしが関の山か、俺なんてあはは。


「なに足ジタバタさせてんだ、埃が立つだろ」

「埃くらいたたせろ……」

「ったく……」


 中尾に全てを話したわけじゃない。《月光》を見つけたこと話したが、エリカのことは一言も話していない。だけど俺の態度からある程度は推測できているのかもしれない。俺と違って頭いいし。それは中尾なりの優しさだと思うが、俺は1人でウジウジしているのがやめられない。

 

 そして昼休み、味気ないカレーを食べて中尾と教室に戻ると、2年との組み合わせ抽選結果が出たらしく教室はまた結構な騒ぎになっていた。俺たち3組は2年の1組とチームを組むことになったらしい。

「あっ、ツヅリはバスケとバレーだからね!」


 俺の顔を見るなりホワイトボードの前に立つ日野が手を振ってきた。

 そこにはクラスの半分くらいと生徒が(15人くらいか)集まっている。


「はぁ!? もう決まってんのかよ!」


 慌てて駆け寄ればホワイトボードにはバレーだバスケだと種目がずらりと書かれていて、その下に生徒の名前が記入されていた。俺の名前は一番に書かれていてまさに満場一致というところだろうか。


「もうツヅリは身長枠でそういうことになってるんだから、異議申し立てはうけつけらんないよー」


 そして日野は寺島を含めたまたクラスメイトたちと額を付き合わせて「おそろいのハチマキ作ろう!」と盛り上がっている。


 ハチマキって……そういや日野はそういうの得意だもんな。制服とか改造してるしさ。


「船上パーティがかかってるから仕方ないぜ、あきらめろ」


 確かに女子に口で敵うはずないのは、姉ちゃんズで身にしみて分かっているからな!


「林、一応言うけど俺、バレーもバスケも経験者じゃないからな。過剰な期待はやめてくれよ」

「大丈夫や、ツヅリはゴール下におってくれたらええ。ボール回すから、なっ!」


 お調子者の林(おしゃれ坊主、関西人)が、背伸びをしながら俺の背中をバシバシと叩く。そんなやる気満々の林に尋ねる。


「で、2年何組と組むことになったんだ?」

「1組やで。あそこはローレルホールの割合多いからな、これはチャンスやぁー!」


 1組……。ふと思い浮かんだのは加藤先輩だった。テニス部で同じスイーツクラブで……そうだ。加藤先輩のクラスだ。そっかぁ……。それほど前のことじゃないのになんだか遠い昔のことのように感じる。


 アカシアの枝の下で身を寄せ合っていた彼女とうまくいってるんだろうか。だといいけど。やっぱり加藤先輩の悲しい顔は見たくないもんな。


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