③咲くが花よ咲かぬが花か


 後片付けを終わらせてフラワーショップへ向かう。時計を見れば昼の1時を過ぎていた。

 やべえ腹減った。中尾誘って昼飯でも食うかな……。


「あ、ツヅリ! 大変だよ!」


 ショップに足を一歩踏み入れると中尾が駆け寄ってくる。


「真殿さんがランチに誘ってくれて。スタッフ全員、良かったらどうぞってさ。ステーションホテル16階の中華だって。高級店だぜ」

「行く!」


 中華と聞いて一気に色めき立つ俺を笑わないでくれ。何しろ俺は腹ペコ男子高校生なんだぁ!


 店は朝から臨時休業だったので特に問題はないらしい。全員でお言葉に甘えることになった。見てみれば店長……前野さんの姿もある。いつ戻ってきたんだろう。心なしか顔色が良くない気がする。中尾の話じゃこのイベントかなり準備に時間がかかってたらしいから、終わった途端どっと疲れが押し寄せて来たのかもしれないけど。

 スタッフ全員と言っても、結局用事や仕事がある人たちは戻らないといけなくて、残念そうに後ろ髪引かれながら帰っていったのが半分以上。残ったのは俺と中尾、前野さん、アルバイトの女子大生と、他店から手伝いに来た社員男女一人ずつの六人だ。


「うおぉぉぉ……回る中華だっ!」


 通されたテーブルは、個室ではないがフロアからは死角になっていて、10人は座れそうな大きな丸いテーブルだった。

「はしゃぎ過ぎだって」

 中尾がクスクスと笑う。

「あ、わりぃ……でもテンションあがるだろ、これ。子供の頃はみんなこの上に乗ってくるくる回りたかっただろ」

「ツヅリだけだよ」

「真面目か!」


 そうやってわちゃわちゃ騒いでいたら真殿さんが姿を現した。(中華食べさせてくれるから急にさん付けするわけじゃないぜ)官僚スーツをやめてシャツにジャケット、デニム。スニーカー姿というずいぶんカジュアルな格好だ。撫でつけていた髪もさらさらと降りている。こうなると余計若く見えていよいよ年齢不詳に拍車がかかる。いったいこの人何歳なんだ。


「好きな席に座ってください」


 そして彼は当然のように入り口に一番近い下座の椅子の横に立った。メンバーを見回して、とりあえずこの中で一番下っ端で新参なのは俺だしと、真殿さんの左隣の椅子を引く。中尾は俺の左隣、それから時計回りに、前野さん、男女の社員、アルバイト女子大生、真殿さんという並びで席に着いた。早速なんでも好きなものを頼んでいいと言われて「チャーハン!」と答えたらめっちゃ笑われた。なんで?

 高級チャーハン1600円もするんだぜ? で、結局ランチのコースを全員で頼むことになった。まぁ、店の人にしたらその方がいいよな。ちなみにお値段5000円。この数時間のバイト代余裕で消える。目ん玉飛び出るわ。 


 それから余白がいっぱいの皿にチマチマと料理が並んで、一応給仕さんが説明してくれるんだけどよくわからん。だがうまいうまい。むしゃむしゃ食べていたら主に俺と中尾以外と話していた真殿さんが俺に話しかけてきた。


「君は箸の使い方がきれいだね。それに姿勢がいい」

「そうですか?」


 いきなり話しかけられてドキッとした。とっさに箸を置きウーロン茶の入っているグラスに手を伸ばす。真殿さんはそのまま俺をまっすぐに見つめた。


「君はかなり背が高いけど、立っていても座っていても、さらに一回り大きく見えるのはそのせいだ。動きが健やかでのびのびしている。だから武道をしているかと思ったんだけど」

「あ、それ俺も思ってた。なにかやってんの?」


 中尾がさらに乗っかってくる。


「え、いや……」

「そうだなぁ……」


 にこやかな笑顔を崩さず、真殿さんは左手を伸ばし俺の耳の下に触れた。ビックリしたがそれはまるで診察のようで振り払うこともできず硬直してしまった。


「顎の線はすっきりしている。噛み締めて力を込める動作じゃない」


 さらに指先が肩から肘へと動く。


「肩から腕が特にしなやかだ」

「あ、わかった!」


 女子大生が手を挙げる。


「水泳!」

「違うね」


 真殿さんは軽く首を横に振った。


「おそらく……」

「あのすみません、別に大したことじゃないんで、マジで、全然!」


 真殿さんの手をやんわりと引いてもらい前菜をパクパクと平らげる。


「そう?」


 真殿さんは気を悪くした様子もなくまた微笑んだ。なんでだろう。ここで話したっていいじゃないか。ここにいる人が俺の過去を知っているわけじゃないし、それに俺はもうあの頃の傷ついた子供じゃ、ない……。ないはずなのに。胸の奥がひんやりと冷たくなる。全身に拒絶反応が出る。だめだ、怖い……。


「ごちそうさまでしたー!」


 会計はいつの間にか済ませられていた。店を出てエレベーターを待っていると真殿さんが名刺を差し出してきた。


「君の名前は?」


 周囲の空気が変わる。当然だ。だって俺はただのバイトだし。真殿斗織が興味を持つような人間じゃないはずだ。なんでだ?


「――ツヅリです」


 差し出された名刺を仕方なく受け取る。


「綴……? ああ……やっぱりね。四国の」


 その瞬間すうっと血の気が引いた。

 エレベーターが到着する。俺以外の人間が乗り込んだが俺は真殿さんの視線に射すくめられて、一歩遅れてしまった。何か言わなくては。


 違うのだと、俺はもう、ここにいる俺は……! 後ろ髪引かれながら振り返ると真殿さんがひらりと手を振った。


「花は全てを僕に求める」


 常に唇に浮かんでいた微笑みが消えていた。


「君は違うのかな」



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