⑦咲くが花よ咲かぬが花か


「ツヅリ?」

「――なぁ、この子……」


 彼女から視線が外せないまま、指差した先にはビルに映し出されたハイビジョン映像広告。

「ああ、アイドルの……なんて子だったかなぁ……ああそうだ、エリカって名前のアイドルで女優だよ」


 アイドル……女優……?


『目的は手段を正当化する』


 白い花から出てきたのは一眼レフ。構えるのは彼女。超特大の彼女が一眼レフを片手に真っ直ぐに俺を見つめていた。それは大手メーカーのカメラのCM。


 なんてこった。どうやら俺はアイドルを追いかけていたらしい……。

 思わず膝から崩れ落ちていた。



 かくかくしかじかとざっくりした説明だったが中尾は目を丸くして俺の話を聞いた後「なるほどね」と今度は大きくため息をついた。


「で、彼女にまた会いたくて探してたと……」

「まさかアイドルとは思わなかったっつーか……さすがに接点なさすぎというか、会いに行ってあの日のこと話したところで逮捕されそうってか、病院行けって言われるか、いっそ夢か幻を見てたって言われた方が納得しそうだ……はぁ……」


 ミスドのテーブルに突っ伏したまま半分魂が抜けかける俺。そうかアイドルで女優だったのか……。だからただ歩いてるだけで半端ないオーラがあって光ってたのかそうかそうか……。


「いや、だけどまるきり接点がないわけじゃないと思うぜ」

「は……?」


 何を言ってらっしゃるんですぅ……?

 テーブルにへばりついたまま、目線だけあげて中尾を見上げる。


「テレビの受け売りだけど、彼女の一連のPVとか衣装とか何から何まで真殿斗織プロデュースだって言ってたよ」

「っ……」

「もしさっきツヅリが見たのが本物のエリカなら仕事の関係で一緒にいるかもしれないし、頼めば会えるんじゃないのかな」


 真殿斗織に頼む? そんなこと……。そんな、こと、ほんとに……?

 心の中の振り子が大きく左右に揺れる。スマホの時計を見る。夕方四時。今日が終わるまであと八時間。



 

「で?」

「で? じゃねーよ、ポンデリング貪りながら言うセリフかよそれ」


 西日が眩しい日の出荘の隅っこで、十月学園の体操服緑ジャージ姿の芥川は俺が話している間に3つ目のポンデリングを平らげていた。そう……結局俺は、ミスタードーナツでその日安売りされていたポンデリングを箱買いし、今こうやって芥川に事件解決の糸口を乞うている……非常にかっこ悪い展開だ。だがこれも彼女……エッ、エリカ(やべぇ呼び捨てドキドキする!)に会いたいがため。かっこ悪いけど悪くてもしゃーない。だって俺には時間がないんだ、期限は今日中なんだからな!


 微に入り細に入り、自分の見たこと感じたこと聞いたことを脳内でシミュレーションしながら全て芥川には伝えたと思う。だけど芥川は相変わらずの白けた態度でまるで俺の気持ちを慮ろうとか微塵もない。あーくそイライラすんなぁ……。そんなこんなでさらに無駄に時間が過ぎ去り、時計はすでに7時間近だ。部屋を紅く照らしていた西日は消え夜の帳が下りる。てかこの部屋カーテンすらないのな……。防犯的にオッケーなのかよ、これ。まぁとるもんもなんもねえのはわかってるけどさ。


「おい、あくた――」


 諦め半分でもう一度と口を開きかけたところで「――茶番だね」と芥川。


「なんだよ、茶番って」

「実にくだらないよ」


 チョコポンデリングを手に取り、今度は一粒ずつちぎり口に運ぶ芥川。


「ああ、わかってるさ。お前にとっては馬鹿らしいことだろうよ。でも俺にとっては一大事なんだよ」


 ゴミ袋に手当たり次第こいつが食い散らかした紙ゴミを押し込みながら芥川を見おろす。いつもの俺なら部屋飛び出してるところだけど今日の俺は違うぜ、最高に諦めが悪いぜ!


「俺は最初、共犯者がいたのか? って考えたんだ。《月光》だって二人掛かりか、男手があれば運べるだろ? だけどそっから全然話が繋がらないんだ。そもそも全体が漠然としすぎてるというか……仮定と可能性の話ならいくらでもできるけどしっくりこないっていうかさ」

「だから茶番だって言ってるじゃないか」


 呆れたように芥川は言い放ち、残りのポンデリングが入った箱を大事そうに冷蔵庫にしまうと畳の上に横になって腕枕で眠り始める。


「おい、寝るな! せめてポンデリング10個分の働きを見せろ!」


 寝かせてなるものかと目を閉じた芥川に膝で詰め寄る。すると芥川は目を閉じたまま面倒くさそうにボソボソ口を動かした。


「お前は人を見ていない。だから共犯者とかわけのわからんことを言いだすんだ。そして行き詰まる。お前のは推理じゃなくてただの当てずっぽうの空想だからね」

「なっ……どういうことだよ!」

「ああ、うるさいなぁ……」


 本当にうるさそうに芥川は手を振り、それからごろんと仰向けになる。


「人間は感情の生き物だ。そこから考えろって言ってるんだよ」

「そこから……?」

「お前が俺に話したことに実に人間らしいところがあるだろう」

「人間らしいって」

「店長はゲス男真殿斗織に好意があった」

「ああ、まぁな……」


 ってゲス男!?

 驚いたがとりあえず今は芥川の言葉の意味を考える作業に集中する。


「アルバイト女子大生が真殿さんの到着を俺たちに告げに来た時、前野さんはショーウィンドウで身なりを整えた。あの姿は可愛かったからよく覚えてる。だけど前野さんはイベントが始まる前にもかかわらず一時期姿を消したんだ。だけどランチには戻ってきてた……でもどっか憂鬱そうだった……」

「不真面目な女だな」

「いや、中尾は真面目な人だって言ってたぜ?」

「最低限店長をやっていけるだけのスキルがあっただけだろう。実際職場を放棄している」

「まぁ……そうかもしれんが」

「なのにランチにはぬけぬけと参加してるじゃないか。図々しい」


 図々しいって、生徒から菓子を恵んでもらってかろうじて生き延びてるこいつに言われたくないだろう。


「だからゲス男となにかあったんだろうよ」

「ゲス男ってさっきからそれ面識もない人のことそこまで……いやまぁ確かに愉快な人ではないけどさ。って、そうじゃない! 何かあったってそれって……!」

「簡単な話じゃないか。店長は真殿斗織と男女の関係にあり、それがもつれ結果姿を消した」

「なんで《月光》を盗んだ?」

「その時思いついた限りの最高の嫌がらせがそれだったんだろうよ」

「ええー……」


 呆然脱力する俺。だが芥川はもっとめんどくさそうだった。


「おそらくあいつはみんなわかってるね。わかってるからこそのゲームなんだ」

「どういう意味だそれ」

「深刻なことにはならないってわかってる余裕だ。だからお前をゲームに誘った。とんだ茶番さ、茶番だよ」


 茶番だ、茶番だと芥川は子供のように繰り返し、ふうっと息を吐き冷めた目で俺を見上げる。だけど芥川の説明を聞いて、ようやくとっちらかっていた思考が丸く形をとったのも確かだ。

 くそっ……。ゴミ袋をおいて立ち上がる。


「どこに行くんだ。ゲス男を殴りに行くのか?」


 のんきな声に応えないまま日の出荘を飛び出すとあたりはもう真っ暗だった。

 ついていないといけない電灯も消えていて少し寂しい。夜空には雲ひとつなく昼間の太陽の代わりに真っ白な月が輝いている。

《月光》はどこ行った? 思い出せ。俺はあの場にいたんだ。前野さんが《月光》をどこにやったのか考えるんだ。

《月光》……キラキラと輝く月の光に、何かが重なる。目の前を一瞬通り過ぎて、それは消えた。消えたスコーン。そして《月光》。


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