密談

 薄暗い一室で密会中だった男に伝令が耳打ちする。報告を受けた男がいぶかし気な表情をすると口を開く。


 「何かあったようです。天使教と関わりのある者で尚且つ都市の主だった者達に教会から召集が掛けられました。」


 「儀式に問題でも?」


 「さぁ…分かりかねます。」


 部屋の中には伝令を含めて5人。プスゲーフトで鉄材の加工を生業とする者達の組合で力を持つ男と伝令として部屋に入って来たその使い。そしてテーブルを挟んで向かいの席には艶やかで真っ直ぐな長い黒髪と整った顔立ち、そして豊満な身体を強調する服を着た若い女性が座り、その後ろに控える者が2人。

 1人はボサボサ髪で鋭い目つきの小柄な男で、背中の曲がった姿勢のせいで更に小さく見える。腰に下げた短刀には装飾は一切無く実用の為のみに設えられた物だろう。もう1人は顔は鉄の仮面に覆われて分からないが、身体にピッタリと張り付くような胴鎧の胸が女性特有の曲線を模っている。露出した二の腕や太ももが日に焼けたにしても浅黒く、頭の後ろで束ねられた髪は燃えるように赤い。

 伝令の者が仕事を終えたとばかりにすぐさま部屋を出て行く。部屋には4人が残っているが、言葉を交わすのは鉄材加工組合の重鎮と黒髪の女性だけだ。


 「教会からですよね?なら私もその召集に参加しても良いのかしら?」


 「どうとは言えない違和感があります。貴方様は顔を出さない方が良いかも知れません。」


 「そう…じゃぁコルト、私の代わりに様子を見て来てくれるかしら?」


 「承知しました。」


 そう言ってボサボサ髪の小男が頭を下げる。黒髪の女性がそれを見て頷くと再び組合の男に向き直って口を開く。


 「儀式を見物するのを楽しみにしてたのだけれど、今回はお流れになるのかしら?」


 「さぁ、何とも言えません。まだ召集の理由が分かりませんので。」


 「ひょっとしたら地下の遺跡の方で何かあったのかしら?今どうなってますの?」


 「あれはダメかも知れません。全体の2割も発掘出来てませんし、稼働試験で動くのが確認出来たのはほんの少し。しかも心臓部が城と一緒に跡形も無く吹き飛んで設計図も残ってませんからな。使えるようになるとしても何十年先になるやら。」


 「残念ねぇ。私、派手なのも好きなのに。ところで天使教と関係無い方の仕事で面白い事をしていると聞いたのだけれど?」


 「どれの事でしょう?」


 「私が面白いと言うのだから分かるでしょう?」


 「ひょっとしてヒッツリンドの事でもお耳に入りましたかな?」


 「分かってるじゃない。すっごく楽しそう。直接見に行きたいのだけれど?」


 「そっちは純粋に組織の金儲けの為で、貴方様が直接赴かれるのはかなり危ないですよ?」


 「解毒剤、あるんでしょう?少し分けて頂けるかしら?」


 はぁと溜め息をついて組合の男が壁際の棚の引き出しから何本かの小瓶を取り出してテーブルに置く。黒髪の女性は嬉しそうにそれを手に取ると、薄暗い部屋を照らすランタンにかざして中の液体を眺める。

 組合の男が色々と注意事項を述べている間も、小瓶を眺めてウットリしている黒髪の女性は聞いているのか聞いていないのかといった感じだ。

 この女性の趣味を知っている組合の男は不安な思いも沸いて来るが、この女性が別人になりきる芝居に関しては天才的なのも知っているし、この女性と組織との繋がりと言う意味では証拠になるような物を一切残していない。最悪の事態でも死ぬのは彼女とそのお供でこちらに被害が及ぶことは無いだろうと考えた。

 それにしても悪趣味にも程がある。自分の命を危険にさらしてまでもする事なのだろうかと組合の男は呟きそうになるが、万が一を考えて言葉をのみ込む。


 「私はそろそろ教会に向かいます。」


 「そう。私は屋敷に戻ってコルトの報告を待ちましょう。ではごきげんよう。」


 そう言って席を立った黒髪の女性は仮面の女性を引き連れて部屋を出て行く。残ったボサボサ髪の小男に組合の男が声を掛ける。


 「では、参りましょうか。」


 「勝手に付いて行く。俺の事を気にする必要は無い。」


 愛想の無い男だと思いながらも、気を遣わなくても良いと言うならそうさせてもらおうと、組合の男は教会へ向かうべく部屋を出た。




 既に日は暮れて夜中と言っていい時間だった。教会の礼拝堂に入ると人でごった返している。自分達が最後だったらしく、後ろで重い扉が閉まる音がする。

 事情を知る者がいないらしく、ざわめきに聞き耳を立てても皆それぞれ何の話かいぶかしむ内容しか話していない。

 近く行われる儀式についての会議は既に済んでいる。多少ならば何かあったとしてもそれぞれの担当者と直接話をして調整する程度の内容しかないはずだ。都市内で天使教に関わる主要な者達全てを集めるような話となると嫌な予感しかしない。

 程なく司祭と見習いが2人付き従って現れ、最奥の数段高くなった位置に立つと手を上げて静粛にするよう求める。全員が揃っている事を確認する為なのか、司祭が厳めしい顔つきで礼拝堂を見回してから目を閉じると一つ深呼吸をする。司祭の雰囲気が明らかにいつもと違う事によって皆息を呑んで司祭の言葉を待つ。

 そっと目を開いた司祭が厳めしい顔つきのまま、どこか遠くを見るような目で一言放つ。


 「神がご降臨されました。」


 静まり返った礼拝堂でこの言葉を聞き逃した者などいない。しかし意味を直ぐに理解出来た者もいない。二呼吸も三呼吸もあった後に怒号のように歓喜の声が皆から上がった。


 「ついに!ついに天使様がご降臨なされたのか!」


 「我らの祖先からの悲願がついに達成される時が!」


 「ああぁぁぁ、何という幸運か!父も祖父も目に出来なかった偉業が達成される瞬間をこの私の代でついに!」


 「天使様は今どこにいらっしゃるのだ!この敬謙な従僕たる私にもお目通りを!」


 皆それぞれに感極まったといった風だが、鉄材加工組合の男は冷静だった。と言うのも天使教と関わりがあると言っても本業と呼べる方は別の組織に所属しているからだ。天使教にはあくまでも利用する為の繋ぎという役目で関わりを持っているに過ぎない。男の所属する組織にとって戦争は歓迎すべき事であり、フェアティルグング復活による戦争勃発は望む所だ。

 しかしそんな男から見て、どうしても不安を拭いきれない要素があった。それは司祭の顔つきだ。決して喜ばしい事柄を報告している顔では無い。それにこう言った話をする時はいつも司教がしていた。あの自己顕示欲の塊のような男がこの場にいない事も解せない。

 そして司祭が再び手を上げて静粛を求める。興奮していた者達もそれに気付いた者から順に司祭の次の言葉を待つべく黙り始め、再び礼拝堂は静寂に包まれた。


 「違うのだ。皆良く聞いてくれ。現れたのは天使では無く神なのだ。神は我々が天使と崇める存在の正体を明かし、そして我々が儀式の準備として殺してしまった者達を復活させ、願いを託して去って行かれました。」


 司祭の言葉が途切れると礼拝堂はすぐに静寂に包まれる。そんな中、僅かに思考を取り戻した者がポツリポツリと言葉を発する。


 「天使様の正体だと?」


 「ふっかつ…?死んだ人間が生き返ったとでも?」


 「司教様はどうした?あの方がそのような世迷言を許されるハズが無い。」


 「司教は亡くなりました。魔道具の暴走で教え子達もろとも灰となりました。」


 「ではなぜ司祭は無事なのだ!」


 「神がお使いになられた見えざる壁によって守られました。その証拠は地下に残っています。後ほどご覧になれば良いでしょう。私はこの世界が優しい世界となることを願っていた神の残した言葉に従って残りの人生を費やそうと思います。」


 司祭を責める者、詳しい話を聞こうとする者、ただただ狼狽える者、様々な者達の中で冷静に思考を巡らせる組合の男の後ろから囁くような声が掛かる。


 「あんたも天使教とは手を切って本業に精を出した方が良さそうだな。」


 振り返って声の主を探すが、ボサボサ髪の小男の姿は既にどこにも見つけられなかった。

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