観察
始めにキャラクターを作った時は視覚だけ感覚投入した状態でキャラクター制作をしていたが、今回は全ての感覚が部屋に送られている。
部屋と言っても壁も天井も真っ暗で見えない場所にスポットライトが当たったように自分が浮かび上がっているような状態だが、この部屋を使って作ったキャラクターが自分自身の分身一体のみなので、デフォルトの設定が自動で上書きされ、作った分身と同じ身体のコピーでここに存在することになる。もしキャラクターを作る前ならば最初はデッサン人形のような身体で現れるらしい。
『ありのままの世界を見る者』としてすぐさま自分が死んだふりをした場所を俯瞰して見れる位置からの映像を空中に浮かぶスクリーンのような物を出して映し出す。音は置いてきた自分の身体の耳が盗聴器のような役割をしている。
立ったまま眺めているのもどうかと思って現場の音声と聞きながら管理者ウィンドウから運営用のストレージを呼び出し、ソファーとテーブルを探す。
プレイヤーがログアウト時に持ち出せる物は身に着けている物と手荷物に収まる程度の物だ。建物や家具、調度品などは基本的には持ち出せない。過去のプレイヤーが稼働最終日に装備・所持していた物のリストの中にはさすがにソファーやテーブルは無い。
しかし運営用のストレージの中にはアークが稼働していた時期に運営が行ったイベントで使われた、あるいは使われる予定だった建築物・家具・調度品・飲食物・人材などがこれでもかというほど入っている。
ただしここに入っている人材とは、アークの中で疑似的な遺伝子を与えられ、脳を模したシステムで人間と変わらない思考と感情を持つNPC達とは違い、最低限の学習はするもののどういった行動をするか、どういう反応を見せるかはあくまでもイベントの補助をするためにしか設定されていない、いわば生身の肉体を動かすロボットの様な者達だ。
「よーしお前ら、金目の物を探せ!」
「おい、向うで死んだふりしてる奴らに合図を送れ。」
運営用のストレージからアーク内の資源で制作可能な家具に絞り込み検索して、中でも高級感のあるソファーと高さの合ったテーブルを出し、何となくコーヒーとメイドを出す。
今の身体で喉が渇いたり腹が減ったりするわけでは無いが、習慣としてこういう場合にコーヒーが欲しくなる。メイドはこの殺風景な場所の寂しい感じが和らげば程度に思ってだ。
コーヒーを一口含んで味と香りを楽しむと日常に戻った気分になり、緊張と恐怖で委縮していた心がほぐれていくようだった。
「こいつっ! いってぇなこの野郎!」
大きな声にモニターに目を向けるとキボクにまだ息があったらしく、リフの方に手を伸ばし、リフが男の腕に噛みついている。キボクは荷台を物色していた槍持ちの野党に再び貫かれて、リフは男に突き飛ばされ斬りかかられる所だ。
人が殺される所を見て楽しむ趣味は無いので、その瞬間目を反らす。しばらくして野党達が話始めた時に目を向けると背中をざっくり割られて血が溢れ出しているリフが地面に倒れている。
「隊長、別部隊からの返答の合図がありません。」
「あぁ!?」
「騎士と部隊の5人ほどがこちらに向かって来ていますが死んだふりのはずの仲間は起き上がる気配がありません。こちらに向かってくる騎士達は武器を構えたままです。」
「はぁ!?」
「おそらく我々に攻撃を加える意図があると思われます。」
「はあぁぁぁ!? いやだって…あいつら俺たちと…… はぁぁ!?」
「騎士連中が裏切った!仲間も何人か騎士側に付いた!実力も数も向こうが上だ!全員林の中をバラバラに逃げろ!」
展開が早くて頭が追いつかないのでとにかく見て聞く事に集中する。私に短剣を突き立てた男は「逃げろ!」と言い切ると同時に荷台から飛び降りて林の中を走りだしている。
他の連中は隊長と呼ばれた男の所へと集まってくる。隊長本人は騎士達の方を見ながらうわごとのように呟いている。
「いや、何か訳があって…きっとそうだ! 連絡に手違いがあったんだ!」
「隊長、どうしますか!?」
「戦うんですかい!?」
「逃げちまって良いんですかい!?」
同時に色々な方向から声がかかると隊長と呼ばれた男が怒鳴る。
「うるせぇ! たぶん何かの作戦だ! 連絡に手違いがあっただけだろうから俺が訳を聞! てめぇらは黙ってろ!」
ほどなく騎士達と騎士に従う野党5人が私達を襲った部隊と合流する。騎士団側の隊長らしき騎士に野党の隊長格がすぐ駆け寄って話をする。
「お疲れさまです。いつもお世話になっておりやす。ところで今回は向こうで倒れてる仲間達が起きやせんが、何かの作戦ですかい? 手違いがあったみたいなんで聞いてないんですが…」
おそるおそる下から馬上の騎士の顔を伺う野党が冷や汗を浮かべながら愛想笑いをする。
そして馬上の騎士が野党に告げる。
「うむ。今回は作戦が突如変更になった。野党掃討作戦だ。」
言うと同時に槍を野党の隊長格の胸に突き入れる。
「な…んで…」
「伯爵様は下賤な手下は不要だそうだ。それに私としても、たまには人を殺しておかんと訓練だけでは腕も鈍ってしまうのでな。」
他の騎士達も残りの野党達に次々と槍を突き込む。槍の届く範囲にいなかった野党が3人ほどいたが騎士達に付いた側の野党が投げナイフなどで始末している。そしてその場に倒れ込んだ野党達が全員動かないのを確認すると再び騎士の隊長格が声をかける。
「よし。仕上げに取り掛かれ。」
すると今度は騎士側に付いたはずの野党達が次々に槍に貫かれていく。そんな中、騎士側に付いた野党の一人が平然と騎士の隊長格の前に歩いて近寄り、慣れた動きで片膝をついて首を垂れる。
「今回の働きも見事だ。」
「ありがとうございます。本隊の方は既にアジトを殲滅し終わっている頃でしょう。逃げ戻ってくる者がいれば本隊の者が始末してくれるでしょう。」
「そうだな。しかし逃げたのは一人か。もう何人か逃げると予想していたんだが…。」
「全員この場で始末出来れば一番だったのですが…。しかし中央の騎士達が到着する前にだいたいの片が付いて良かったです。」
「何はともあれ長期の任務ご苦労だったな。騎士団に戻り、本来の任務を遂行せよ。」
「了解いたしました。」
「よし。では全員注意して聞け! 今回は金品を持ち帰る事は許可しない! 死体は獣が持って行く可能性があるが、獣は金品に興味を示さん。金品が無ければ野党を取り逃がしたかあるいは我々が盗んだ事を疑われてしまう。 我々が離れた時に通りがかった誰かが盗む可能性はあるが、その時は私がお前たちの無実を証言しよう。ではこれより我々は本体との合流に向かう。 お前はどちらかの馬車の馬を借りて付いて来い。」
「了解いたしました。」
その後騎士達一行は一人だけ逃げた野党と同じ方向へと林の中を行く。街道を走るようには行かないがそれでも歩くよりは余程速く凄惨な殺戮現場から離れて行く。
ふぅーと息を吐き出し、再びコーヒーを口に含んでソファーに深くもたれかかりながら目を閉じる。
(なんだこれは…この世界は悪人だらけなのか…)
騎士達は野党とグルだった。しかもおそらく騎士達の上司である貴族も承知している。いや、貴族の方がボスとして計画し実行を命じた可能性も高い。そして野党には騎士の一人が潜りこんでいた。今回騎士が裏切って野党を殲滅する際に騎士を手伝う者を野党側に作ったのは潜入者で、事が終わったらそいつらも始末する手筈だったんだろう。続く会話の内容から野党のアジトも既に押さえられていて、逃げた野党がアジトに向かったとしたらすぐ始末されるだろう。
(数学のようにマイナス同士を掛け合わせるとプラスになるなら世の中平和になるだろうに………これはもう人間を全部消して良いのでは?)
思い出す緊張と恐怖、その後の憤りや無力感。様々な感情が沸き上がる中で目を閉じたまま今後どうしようか改めて考えようとするが全くまとまらないまま時間が過ぎていく…
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