対話
自分の部屋にあるクリスタルユニット内がこんな状態だと分かると飾って置く事すら気分が悪い。しかし頭の中の色々な自分達が様々な意義と意見を唱える。
「キボクとリフは悪人では無かっただろうに。」
「アークの中の何人と会ってアーク全体を分かった気になってる。」
「まずは『ありのままの世界を見る』んじゃ無かったのか。まだ一部しか見てないぞ。」
「私の価値観が絶対に正しいと言い切れるなら好きなようにやってみろ。」
「まぁでもどうせゲームだし、ログで戻せるなら好きにしても良いのでは?」
自分に対して偉そうにする自分やいいかげんな自分なども浮かんでくる。
これは色々混乱しているなと自覚すると、ソファーの後ろに立つメイドに目を向ける。給仕の仕事をプログラムされた人材なので食事に関しての質問などには受け答えするが、その他の一般的な会話に関しては「私ではお答えしかねます。」しか返ってこない。
誰かと会話して気持ちを落ち着かせたり他の人の意見を聞いたりしてみたいが、オンラインが法的に禁止されたクリスタルユニットで知り合いを招く事も出来ない。
そこで殺害現場を俯瞰で移したままのスクリーンが目に入る。
「…そうだ。死んだ人間なら色々知っても問題無いだろう。」
そう思いつくと管理者ウィンドウから今まで出会った人間のログを呼び出し、8桁の番号が並ぶ画面を見つける。
「これは、個人に割り振られたIDみたいな物か?しかし番号じゃ分からんな……」
いきなりこの場に野党に出て来られても困る。番号から呼び出せた詳細から産まれてからの時間などが読み取れる項目を見つけた。この飛び抜けて数値が高いのがキボクではないかと予想する。では一番小さい数値なのがリフだろうか?
目星を付けた二つのIDのログから外観と構造、そして硬さをコピーしたキャラクターを作ると部屋に出現させる。思った通りキボクとリフの二人だ。
次にそのキャラクターにそれぞれ本人が死ぬ直前までのログを記憶として持たせた疑似脳プログラムを移植すると早速稼働してみる。
うっすらと目を開けたキボクが次の瞬間目を見開くとはぁはぁと息を荒げる。そして私と目が合う。キボクが何か言おうと口を開けた所で隣のリフがキボクに飛びつくように抱き着く。
「おじーちゃん生きてた! 生きてたよぅ…。」
「リフ………。無事じゃったか…。」
二人が涙を流しながら抱き合うのをしばらく眺めて落ち着くのを待つ。リフの嗚咽はまだ聞こえてくるがキボクの方が幾分落ち着いたようでこちらに顔を向けて口を開く。
「お前さんも無事じゃったか。ところでここはどこじゃろう?わしらはあの後どうなったんじゃ?」
反応と言いこの質問と言い本人そのままであろう反応に、話が終わると消してしまうつもりだった私の方が少し動揺してしまう。答えに詰まって一呼吸あったが意を決して話かける。
「いや大変な目に遭いましたね。でも残念ながら誰も無事では無かったんですよ。」
「どういう意味じゃ?」
「あなた達は二人とも死んでしまってるんですよ…。」
「……………。」
さてどうしたものか。少し動揺から立ち直ったらしいキボクがまた動揺してしまった。いや、動揺と言うよりは混乱か。どう説明するのか迷ったがある程度は正直に伝える事にした。まぁ元々そのつもりだったのだが。
「それはどういう…。」
「正確に言うとあなた達の本体が殺されてしまったんですよ。あなた達二人はキボクとリフのそっくりの人形に二人の死ぬ直前までの記憶の複製が入っているというような状態です。」
「???」
表情を見るにどうやら理解できてないらしい。まぁ同じ立場だったら私も理解できなかっただろう。もっと分かりやすく伝えられないものかと考えてもう一度伝える。
「つまり、ちょっと正確では無いんですが分かりやすく言うとですね。あなた達は死んでしまったので心だけここにお呼びして、仮の身体を作ってそこに入ってもらった。みたいな感じです。」
だいぶ正確では無い。しかしこれ以上相手が理解出来そうな言葉に変換する能力が私に備わっていない。これで理解してもらえなければ延々と相手の質問に答えて納得してもらうしかないが、どうやらキボクは理解の色と共に苦しむような表情をしている。
それからは結局質問の嵐だった。
まずは私の素性について聞かれたので要点をまとめて伝えるとこうだ。
・この世界を作った人達が管理をやめてしまったので私が管理人になった。
では私が神様ですかの質問にはこうだ。
・違います。神様の力が使える一般人みたいな感じです。
ここはどこですか?という質問にはこう。
・ここはあなた達がいた世界とは違う場所で、私の部屋のような所です。
ではキボクとリフは生き返る事が出来るのかという質問については、
・あなた達は本人じゃありません。
・あなた達の死体はあの場所にそのまま存在しています。
・生き返るのと同じような事は可能ですがそれをしてもあなた達が本人になるわけじゃありません。
などといった質疑応答を実際には少しづつ理解してもらえるように話す。その合間合間にこちらからも関係した質問をしている。この世界の神様についてや人が生き返る手段の存在についてだ。
この世界での神様はこの世界を創成した存在というよりは、最初に文明を人類に与えた存在を指すらしい。どうやら最初に人類にある程度の文明を運営の人間を派遣して教育する事で、人類の文明の発展をかなり促進したようだ。この世界には強い魔力と敏捷性、そして長い寿命を与えられたエルフ、逞しく強靭で大きな肉体を与えられたオーガ、等々空想上の生き物も数多く存在する。そこに知能はそこそこ高いものの、肉体的にも魔力的にも特別秀でたものを持たない人類が放り込まれても、初期状態では絶滅まっしぐらだ。
そこで運営は鉄を加工して道具として使うくらいまでの技術を教育によって与えて、人類の文明を強制的に発展させる事で初期ステータスの不利を補ったんだろう。
その時の教育係としてアークに降り立った運営の人間がおそらく神として扱われている存在だ。
次に死者の生き返りについて。溺れた人などがしばらくして生き返る事などは稀にあるようだが、それ以外の蘇生については聞いた事が無いらしい。つまり魔法が存在するこの世界においても復活の魔法などは存在しないようだ。それどころか傷が立ちどころに治る回復の魔法や薬なども無いらしい。
ただし大昔には死んでしばらくすると身体が消えてしまい、各地に存在する神殿で何度でも蘇る特別な人々がいたらしいが、これはおそらくプレイヤーの事だろう。
(怪我をしたら傷が治るまで休むしかない…そりゃ動けない時間が長いゲームとか、人気が出ないのが当たり前か。)
レビューを見た限りは参加も出来ないNPC同士の戦争ばかりでつまらない、みたいな話が多かったが他にも色々と不人気の理由があったのだろう。
―― 制限解除され、人間と同等の知能を持つAI達が作り出した文明の数々 ――
―― その世界では全てがリアルに息づく ――
―― ファンタジー世界で、もう一つの日常をあなたも味わってみよう! ――
そんなキャッチコピーがアーク公開当時流れていたが…プレイヤーの行動に制限がかかった状態で現実と同じ不便さだけ残されても誰が楽しめるというのか…。
作る側の理想や思惑を商売に結び付けるには、様々な妥協や新たな発想・工夫が無いと破綻するという例を知った後に更に体感させられている感覚。まぁ制作に直接関わった訳では無いのだが…。
その後もキボクと多岐にわたる話をする。歴史、日常、学問、文学、農業、そして魔法。
しかしキボクは小さな農村の一農家でしかなく、街に出るのも1年に何度も無い買い出しと、後は納税の時くらいだ。
徴税官というのが村にも来るのだが、主な仕事は田畑の面積を計ったり家族構成の確認をしたりして次の年の納税額を決める事で、収める税金や税金代わりの農作物などを直接渡して運んでもらうと手数料を取られるらしい。なので生活に余裕の無い者達や少しでも節約したい者達は納税を自分達でするのだ。キボクも生活に余裕が無い為に、自分達の納税のついでに近所のいくつかの農家から徴税官に収めるよりも安い手間賃を貰って納税のための作物を街に届け、頼まれたいくつかの農具を買い込んですぐに村に戻る所だったのだ。もちろん街でゆっくり滞在する金など無い。
キボクの知識は農業への偏りが激しく、読み書きすら完全では無いという話だ。後はお婆ちゃんの知恵袋的な知識と一般常識。
やはり歴史や学問や魔法や全体的な文化レベルに関してはもっと大きな街に住む人間と話がしたい。
ある程度の知識を持った者でないと話したい内容を理解してもらう事すら一苦労するのがキボクとの話で良く分かった。
足し算しか知らない人間に因数分解を教えるのは難しい、といった感じだ。
後ろに控えるメイドの説明の時に良く分かった。ロボットと言う単語が使えない。人工知能やプログラムというのも理解してもらえない相手に理解してもらうのは恐らく不可能な存在だ。結局…
「彼女は心を持たないお手伝い用の人形です。」
と説明した。
一通りの話が終わって間が出来た時にキボクが真剣な目をして話かけて来る。
「アドミニストレータ様、この子だけでも何とか生き返らせては貰えませんか?」
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