リフ

 「前に言いましたけど、リフを生き返らせても今ここにいるこのリフがあの世界に戻れる訳じゃ無いんですよ。」


 「それは分かっておるのですが…。よく分かりませんので。ただ同じ記憶を持つという事であれば、この子も今は笑えるようになりましたが色々と幸せとは程遠い人生でしたのもので…。」


 リフについて何か言おうとしたのだろうが、リフの顔を見て口ごもる。聞かせたく無い話という事だろうか?

 管理者ウィンドウを開いてソファーから少し離れた所に、お洒落な喫茶店のテラスにあるようなテーブルと椅子を出現させる。テーブルの上にはメニューが載った小冊子。


 「話も長くなったので休憩しましょうか。リフはあっちのテーブルの上に飲み物と食べ物の本があるから欲しいのを選んで食べてくると良い。このメイドに言えば持ってきてくれますよ。キボクさんはここでもう少し私と話があるから。」


 話の間ずっとキボクにしがみついて離れなかったリフがキボクの顔を伺うとキボクが一つ頷く。それを見てリフがやっとキボクから離れてテーブルに向かう。


 キボクと私にコーヒーを用意したメイドが離れた所で椅子に座ってメニューを真剣に見ているリフの所へと向かう。


 「おねーさん、ソフトドリンクってなぁに?」


 「アルコールの入っていない飲み物でございます。」


 「アルコールってなぁに?」


 「お酒の事でございます。」


 「メロンソーダってどんなの?」


 「メロン味の炭酸水でございます。」


 「メロンって?」


 「あなたの頭よりも少し小さいくらいの大きさで、とても甘い果物でございます。」


 雨あられと質問しまくるリフに無表情で淡々と答えるメイド。一通り思いつく事を聞き終わったのか質問に飽きたのか、「じゃぁこれとこれと…。」リフが大量に注文をメイドに伝えると暗闇に消えたメイドがワゴンを持ってすぐさま戻ってくる。

 テーブルに次々と並ぶ色とりどりの食べ物・飲み物を見てリフが目を輝かせる。


 「これ食べて良いの?」


 「どうぞお召し上がりください。」


 飲み物を飲んでは「あまーーーーぃ!」、ケーキを食べては「おいしーーーーぃ!」と叫んでいるリフを見てキボクが嬉しそうにしている。


 「食べ過ぎてしまわなければ良いのですが。」


 「あなた達の今の身体はいくら食べてもお腹が痛くなったりしないので大丈夫ですよ。」


 「そうでしたか。」


 「さて…、ではお話の続きを。リフの事ですよね?」


 キボクの娘は隣村に嫁いでリフを産んだが、流行り病にかかりその看病をしていた夫も同じ病にかかった。その村では既に同じ病で大量の死者を出し、感染の拡大が一向に収まらない事から村人たちが恐慌をきたし、病にかかる者の家々に火を放って生きたまま焼き殺していった。

 幸いリフは病にかかっておらず、その時出かけていたために無事だったが、家に帰ったリフが目にしたのは燃える家を取り囲む村人と。窓でゆらめく人型の炎。そしてそこから発せられる人間とは思えない絶叫を聞いたのだ。

 その後、リフも病にかかっているのではと疑った村人達は小さな物置小屋にリフを閉じ込めて放置した。

 話を聞いて隣村から駆け付けたキボクがリフを見つけて家に連れ帰ったが、その時リフは脱水症状などもあったがそれよりも心が死んでしまっていた。

 起きていても身動き一つしない。自分で食事も取らないので、キボクが食事をリフの口に入れるが、固形物は噛んだり飲み込んだりと言う事をしないのだ。そのためキボクはスープや果物の汁を口に流し込んで何とか栄養を取らせたが、それでも少量しか飲み込まずにリフはみるみる痩せてしまった。

 ガリガリの身体がギリギリ命と繋ぎ止めることに全ての栄養を使い果たすのを何年か繰り返して、ようやく言葉を発してゆっくりと身体を動かすようになったのが3年前と言う話だった。


 「あの子はあれでも13歳なんですよ。」


 リフは見た感じ身長は140cm無いだろう。130台の前半かも知れない。170半ばの自分の胸くらいまでしか身長が無い。それに喋り方もずいぶん幼い。


 この世界に来てからの短いやり取りではあるが、キボクやリフ、それに他のNPC達の事は単なるプログラムや人工物という感覚は確かにほとんど無い。気持ちとしてはリフの事を哀れだとも思う。だからと言ってほいほいと殺されたはずの人間をログから死ぬ直前に再生して復活させても良い物かを迷う。しかもそれをしても復活するのはあの場に今も死体として転がっているキボクとリフであって、今ここにいる二人では無い。


 一人で何かを決断すると言うのは責任感が伴う。それも他人に影響を与える場合はその人数に応じて重くなる傾向がある。



 人が生き返る。



 それは現実ならば世界中に大きな影響を与える行為だ。そしてこの世界でも死者の生き返りの手段が現実と同様に無いとなれば、その影響は現実と同様であろう。


 「ご無理を言っているのはわかっております。やってはいけない事なのかもしれません。しかしそれでも何とかしていただけないかと頼んでしまうのが親と言う生き物なんですよ。と言ってもわしは祖父であの子は孫なんですが気持ちは同じです。」



 自分の好きにしても咎められない世界。

 自分の好きにしても現実に影響が無い世界。


 …


 まだまだ色々な場所で色々な物と人を見ておいた方が良いという思い。ここで重要な決断をしたくないという思い。多分に逃げたいという感情を含んで案件を保留し妥協する案が浮かぶ。


 「とりあえずもう少し世界を見て回ってから色々行動するかを決めようかと思います。あなた達の事は保留という事で…。」


 野党に襲われた現場にそのままにされていたキボクとリフ、それに自分の分身の身体を近くに知的生命がいない事を確認した上で管理者用ストレージに回収する。血痕はあえて残す事で、獣にでも持っていかれたと思われる可能性を残す。

 さて、話も一通り聞いて現場のとりあえずの処理も終わり、次の行動に移る前に思う。この場に作り出したキボクとリフのコピーはどうするべきか。お疲れさまでしたと言ってパッと消してしまう事も出来るがそうする事に倫理的な拒否感が生まれる。


 「とりあえずあなた達には眠っているような状態で待っていてもらおうかと思うのですが…。」


 「わしは構いません。」


 キボクの了解を得た事で倫理的な拒否感の無い選択肢が生まれた事でもう一人の了解を得ようとリフの方へと顔を向ける。

 4人ほどで使えるはずの丸テーブルに所狭しと並べられたジュース・ケーキ・プリン・パフェ・その他様々な飲み物と食べ物…。話の間ずっと夢中で食べていたようだが、今も食べながらもその合間に注文を追加している。


 (全てのメニューを食べるつもりなのか…)


 やれやれと言う顔をキボクに向けると同じ顔をキボクもしている。急ぐわけでもないのでキボクにもご一緒しては?と勧めると、どうやら先に出したコーヒーが気に入ったらしい。二人してコーヒーのカップを持ってリフの所へ向かう。


 「キボクには私が旅をする間、しばらく眠ってもらう事にしたんだがリフもそれで良いかな?」

 「おじーちゃん寝ちゃうの?ずっと?」


 リフが不安な顔をしているがキボクは微笑みながら大丈夫だからと言っている。


 「わたしも寝ちゃうの?」


 「リフが良ければそうした方が良いんじゃないかな?元の場所にリフが戻るのはとりあえず許可出来ないんだ。」


 死んだ人間が生き返った事になってしまうから、という部分は言葉にしない。分かっているのかも知れないが言葉にするとまた色々と怖い経験を思い出させてしまうだろうから。


 「ここで何にもしないでずっと待ってるだけなのは退屈してしまうだろ?」


 「ここでずっと…。」


 そう呟くとリフはテーブルに並んだ品々を見ている。


 (結構食い意地が張ってるのか?しかし人が生き返ったという事実をいきなり旅の序盤から作り出す事は…)


 そこでふと思い出す。私も殺された事になっているでは無いか。私がこの身体で元の世界に戻ったとしても人が生き返った事になるのでは?では別人に外見を変えるか?それなら私自身言わない限り大丈夫だろう。ではリフも外見を変えたら大丈夫なのではと思いつくがリフがリフであると自分で他人に伝えようとする事には問題がある。


 「リフにキボクさん。私もあの場で殺されたように装っていますのであの世界に戻る前に外見を少し変えようと思っています。お二人も別人として外見を変えて戻る事ならこの場で認めても構わないと思います。ただし、リフとキボクとは別人として生活してもらいますし、その身体は色々と普通では無いので私と一緒に行動してもらう事になりますが、どうされますか?」


 キボクは少し考えてから、十分長く生きたので眠って私の判断を待つと言う事だ。リフも考え込んでいたが、キボクをじっと見つめて「おじーちゃんと一緒に寝る…」と言った。その言葉と表情を見てキボクが言う。


 「アドミニストレータ様と一緒に行って来たらどうだい?リフはもっと色んな物を見てからでも良いと思うんじゃ。」


 「でも…。」


 「わしはここで眠るだけじゃから、いなくなったりせんので大丈夫じゃ。」


 リフの頭を撫でつけながらキボクがこちらを見て言う。


 「ご迷惑をお掛けしますが、孫をよろしくお願いします。神の力を使えるあなたと一緒ならこの子も安全に人並みの楽しさを味わえるだろうと、勝手ながら期待させてもらっております。」


 「今回の野党との遭遇の件もそうですが、世の中辛い事しかないなと思ったらあなたの横で眠る事をもう一度勧めてみますよ。」

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