リム
再びこの部屋を使う事もあるだろう。その時にソファーに息をしない老人の身体が横たわっているのはちょっと不気味だ。だからと言ってこの端の無い空間で、見えない所まで離れた床にキボクの身体を置いておくのもどうかと思う。
管理者ウィンドウを開いて、建物のリストの中にあった迎賓館というのを出現させる。建物の出現によって今までこの空間を『部屋』と認識していた事に違和感が生まれるが、この空間の呼び方は今はどうでもいい。
同時に迎賓館の内部で仕事をする為の執事とメイドを一人づつ出現させる。こちらのメイドは見た目は給仕のメイドと同じだがエプロンをしていない。それ以外に見分けがつかないが、メイドの見た目にこだわりも特に無いので気にしない。
執事にキボクが横になれるような部屋への案内を指示する。案内された部屋にキボクとリフと私の三人が入る。
ホテルのスイート並みの豪華な客間にキボクが目を白黒させているが、キングサイズのベッドに横になるように指示するとキボクとリフが挨拶を交わす。
「おやすみなさい。おじーちゃん。」
「おやすみ、リフ。一杯楽しんで来るといい。」
「いっぱいおみやげ持ってくるから!」
「姿勢はそれで良いですか?ではおやすみなさい。」
最後に目を閉じるのを確認をした後に、キボクの活動を停止させる。リフが繋いでいたキボクの手を布団の中に入れるのを見てリフを連れて部屋を出る。
「さて、ではリフにはこれから別人になってもらいますよ。」
「?」
「まぁお着替え的な…とりあえず別の部屋に行きましょう。」
再び執事に別の部屋に案内させると今度はメイドを連れて中に入る。今度の部屋も豪華ではあるがベッドは無い。大きな三面鏡に全身を見れる鏡、各種の化粧品やヘアメイクの道具などが並んでいる。ウォークインクローゼットを覗くが、ハンガーがいくつかあるだけで服は一着も無い。
リフを知る人が見てもリフとは分からないように外見をいじる。とはいえ全く別人を一から作る必要も無いだろう。現実でも自分そっくりな人間は世の中に三人はいると聞く。そして何より一から作り出す場合の美的センスに自信が無い。とりあえずは簡単な操作から始める。
リフの頬のあたりにあった僅かなソバカスが消える。そして日に焼けて多少茶色くなっていた肌が真っ白になる。これだけで既に別人のような印象を受けるがもうひと押し欲しい。
黒に近い茶色の髪を金髪に変える。少し癖のある髪質もストレートパーマを当てたように真っ直ぐに治す。最後に黒い瞳を赤に変える。現実では赤い瞳の人間はもの凄く少ないと聞いた事がある。赤い瞳の人は弱視が多いというのも聞いた覚えがあるが今のリフの身体なら問題は無い。これなら造形が同じでも別人に思われるだろう。
「とりあえず見た目こんな感じにしたけど良かったかな?」
「すごーい!おにーさんホントに神様なんだねー!」
「気に入らない所は無いかい?」
「もとにもどせる?」
「いつでも出来ますよ。」
「じゃこれでいい!これがいい!」
次は服装だ。この見た目に合う服と言われてもそもそも女性の服で似合うだの似合わないだのは良く分からない…
と思ったのだが『服』という言葉で一人の女性が頭に浮かぶ。元いた会社の部下の一人だ。服装自由という会社だったので、最初面接にスーツで来た彼女は入社して半年経つ頃にはフリフリのレースやフリルの付いた服装で出社するようになっていた。
酒付き合いの悪さから段々同僚が離れていき、部長という肩書から部下が気軽に近寄って来る事も無かったが、彼女だけは違った。というのもきっかけは『服』だ。
「ずいぶん可愛らしい服装で出社するんだな。」と声を掛けた私の本当に言いたかった事は「その服装は社会人としてどうなんだ?」だ。もちろん服装自由の会社で正面から服装を注意する気など無かったのだが、彼女はあまりに目立っていた。
しかし彼女は私の言葉をそのままの意味でとらえたらしく、その後30分以上捕まった私は彼女の服についての講義を聞かされ、会議があるのでと逃げたのだ。しかし休憩のたびにちょくちょく捕まるようになった。一度はイベントに行くのに交通が不便な所なのでと休日に運転手をさせられた事もある。平社員に部長が足をさせられた経験など他には無い。
少し考え込んでしまった自分を見上げているリフに気づいて、とりあえず彼女が会社で来ていたような服をリストから探していくつか出してみる。
運転手をさせられた時、彼女が着ていたような服を着た女の子の隣に並んで歩くのはちょっと勇気がいる。しかし会社で着ていたような服ならば幾分慣れている。
「確かあの時はゴスロリのイベントだとか言っていたな。会社で着ていたのはクラロリ系とか言っていたか?」
リフは目の前に現れた移動式のハンガーラックに並んだ服を見て目を輝かせている。
「これ着てみていいの!?」
「全部リフのための服ですよ。」
「ほんとー!?わたしお姫さま?」
「うーん、お嬢様くらいじゃないですか?」
「お嬢さまかー…。」
リフが頬に手を当ててニコニコしている。次々と服をハンガーごと取り出して自分の身体にあてて、鏡の前でクルクルと回り出したのを見て、私はウォークインクローゼットの方へと移動し、中の棚や壁のフックなどを靴や靴下、帽子、ベルトなどで埋めていく。
メイドに着付けの手伝いと髪のセットを指示し、リフには外で待つと伝えて部屋を出る。
リフが着替えるのを待つ間に自分の見た目も変える作業に入る。とりあえず髪の色と瞳の色を変えると別人に見える確信を得て、自分の髪の色を明るい茶色にしてみる。
「凄い違和感…似合っていないのは間違いない…」
色々試した結果、瞳の色を明るい茶色に、髪の色を暗めの茶色にした。そして20代後半の年齢設定を40半ばの現実と同じ年齢に戻す。これならリフと旅をしていても、知らない人間は親子くらいに思ってもらえるだろう。
そしてリフに用意した服装を思い出して自分の服も変える。濃紺色に染まったシャツ。黒っぽい皮のコートに同じ色の皮のズボンとブーツ。正直手抜きであまり考えていないが自分の服にそれほど関心が持てずにこれでいいかと思ったところでリフが部屋から出て来る。
首元をほとんど覆ってしまう高い襟や袖の淵にはレースのフリルが付いた真っ白なブラウス。パフスリーブが付いたワインレッドのワンピースのスカート部分は大きく広がっている。ブーツの色はワンピースよりも更に黒に近い赤で、厚底のヒール部分は多少高くなっている。そして頭はワンピースと同じ色のヘッドドレスの横からツインテールが縦ロールになって垂れさがっている。
満面の笑みで部屋から出て来たリフが一回転して腕を広げて見せる。しかし次の瞬間こちらを見て怪訝な顔をする。
「神様ちょっとおじさんになっちゃった?」
「…」
別人と思ってくれるほどの変化では無かったか…と考えつつとりあえず最初の頃に「お兄さん」と呼ばれた事に対して、騙してしまったように感じた罪悪感はこれでチャラだと開き直る。
「良く似合ってますよ。ところで今後また元の世界に戻る時、死んだ人間が生き返ったと思われないように別人になった訳ですが、戻る前にもう一つ変えなければいけない物があります。」
「?」
「名前ですよ。わたしは一度名乗ってしまいましたので、元の世界に戻ったら私は『アド』という名前にします。」
「神様じゃなくてアド様って呼べばいいんだね!」
「様も付けなくて良いんですけど…。リフは自分で名前決めますか?」
「アド様が付けてくれるの?」
「お望みとあらば。」
「じゃアド様がつけて。」
「そうですか…じゃぁ…『リム』…でどうですか?」
「うん!」
次はどこへ行くかと考えを巡らせながら、リフ改めリムを連れて迎賓館の玄関へと歩き出した。
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