憤怒

 扉の外で待たせていたシブロが付いて来て、信託公会の内容などを聞いてくるが今は答える気にならない。目の前を歩く男が今後爵位を得て領地を得ると言う事実に対する嫉妬で頭が一杯だった。しかしそこで領地について話していた内容を思い出し、クゾルは下卑た笑みを浮かべる。


 「クリアス団長!」


 声を掛けるとクリアスと並んで歩いていた第九騎士団団長の二人が振り返る。そしてクゾルが言葉を続けない様子を見て、クリアスが隣に並ぶ人物に別れの挨拶を告げると第九騎士団団長が去って行く。そしてクリアスが「何のお話でしょうか?」と尋ねて来るとクゾルはようやく口を開く。


 「クリアス団長、いやはや一等褒賞とは恐れ入る。これで晴れて爵位持ちの貴族と言う訳ですな。」


 クリアスが自慢げでは無く困った顔をしているのが、クゾルは更に気に入らない。嫉妬と憎悪に任せて尚も言葉を続ける。


 「しかし上手い考えを思いついたものですなぁ。リテイ楼閣は超が付く高級娼館だったそうではないか。ならばそこで働く娼婦ともなれば、さぞ上玉揃いな事でしょう。それを治療と言う名目で丸ごと引き取るとは、いやはや羨ましい限り。」


 クリアスが何も言い返して来ないのは、図星を突いたと確信して更に言葉を続ける。


「人数が多くて手に余るのであれば私が何人か引き取っても良いぞ?私自ら手取り足取り世話をして治療してくれようぞ。いや、私の方が世話をされる事になるのか?グフフハハハハ…。」


 込み上げる笑いを堪えきれずに声を上げると、クリアスが僅かに震えているのに気が付いた。相手の下衆な行為を指摘した事に些か気分が晴れ、改めて相手の顔を見るとクゾルは硬直する。

 目は血走り、歯を剥き出しに食いしばり、全身に力を入れて筋肉が盛り上がっているのか、幾分身体が大きくなったような気さえする。


 「きっっっさまあああぁぁぁぁーーーーー!!!」


 「ひいぃ!」


 「帝国臣民を助け、守る騎士の身でありながら何たる言いざまかぁ!!!長きに渡る不条理から救い出せなかった事を恥じて彼女達に詫びるならばともかく、自分の世話をさせるのに何人かよこせとはどういうつもりだあああぁぁぁーーー!!!」


 クリアスがここまで激怒する様は今まで見た事が無いクゾルは、そのあまりの迫力に何も考える事が出来ず、黙ったままその場にヘナヘナと力なくしゃがみ込む。

 それを見下ろすクリアスが口をへの字に曲げながら言葉と掛けてくる。


 「貴様の考えは良く分かった。詫びる気持ちが無いのであれば、貴様は自分が間違っていないと思っている証。決闘を以ってその正しさを証明してみせるが良い。」


 クゾルにはクリアスの言葉は聞こえているが、まだ頭が働かない為に意味を理解するのに時間がかかった。その沈黙を了承の意と思ったのか、クリアスがさらにクゾルに話を続ける


 「貴様が勝ったら私の持つ物を好きにするが良い。私の財産、今後頂く領地、許されるのであれば爵位も貴様に譲るように私から言おう。私自身の命も好きにして構わん。だが、私が勝ったら一つだけ頂くぞ。貴様の領地の通行許可を。」


 これを聞いてクゾルに僅かに思考が蘇る。

 クリアスに勝つと言うのは至難だ。第八騎士団の誰に代理をさせても負けるのは必至だ。自分の騎士団以外で腕の立つ者と言うのも思いつかない。

 しかしリスクが無い掛けだ。爵位を持たないクゾルは領地など持っていない。クリアスが通行許可をと言ったのはアマル家の領地の事だろう。そこを通るだけの許可とクリアスが持つ全てを賭けての決闘となれば、負けたとしても失う物は無いが、万が一にも勝てばその見返りは大きな物となる。ほんの僅かな時間でそんな事を考えていると再び怒号が響き渡る。


 「貴様の頭と胴の間を、私の剣が通る通行許可をなあああぁぁぁーーー!!!」


 「ひあぁぁぁぁっ!!!」


 街道で出会った、立派な馬車に乗った商隊の中にいた銀髪の娘から放たれた殺気を受けて息を呑んだが、それでも貴族の自分を傷付けるなど有り得ないと思っていたし、もちろん平民から貴族への決闘の申し込みなども許されていない。更にあの時は200人以上の騎士が同行しており、その全員の相手をするリスクを負ってまで襲い掛かって来るはずが無いと思っていた。

 しかし今、貴族であるクリアスが自分に決闘を申し込んでいる。代理を立てれば決闘時に自分が死亡する心配は無い。しかし決闘の決着によって相手が求めている物がクゾルの命と言うのであれば、敗北は即ちクゾルの死だ。そして代理を使ってもまず間違いなくクゾルは敗北する。


 生まれて初めて目の前まで迫る死を感じてクゾルは涙を流し、鼻水と涎を垂らし、そして失禁しながらも何とか死から逃れようと言葉を紡ぐ。


 「ぼうじわげ、あびばぜんでじだ………。」


 吹き出す怒りが抑えきれないと言った雰囲気のまま、クゾルをしばらく見下ろしていたクリアスは最後に「次は無いぞ!」と言って去って行った。






 特例公会から10日が経ち、定例の信託公会の為に議場に向かうクリアスの姿を見つけた第九騎士団団長リカンが声を掛ける。


 「クリアス卿。」


 声を掛けられたクリアスは立ち止まり、振り返って困った顔を見せる。


 「卿は辞めて下さいリカン団長。その敬称を使うならば騎士は男爵位と同等の地位ですから、あなたもリカン卿ですよ。」


 そう言ってお互いに笑い合う。

 リカンはクリアスにもっと嫌味な人間と言う印象を持っていたが、先日の特例公会よりその印象は一変した。


 「クリアス団長、聞きましたか?クゾルのやつめ、騎士位を返上したそうですぞ?」


 「私のせいでしょうか…。一度会いに行った方が良いでしょうか?」


 「止めておいた方が良いじゃろう。引き止めるつもりなら逆効果じゃろうし、奴はそもそも騎士には向いておらなんだ。」


 それよりもしておきたい話が別にあった。次の第八騎士団団長の話だ。騎士団の独裁や暴走を牽制する意味でも、騎士団団長の選出について騎士から意見する事は基本的に許されていない。しかし…


 「次の団長、シブロを推すように陛下に言うて貰えんか?わしも陛下には言うつもりじゃが、おぬしも言うてくれるとありがたい。」


 「何か訳でも?」


 「いや、流石に可哀そうじゃろう。前の第八騎士団団長は良かった。騎士としても優秀じゃったし、むさ苦しい信託公会に花を添える唯一の存在じゃった。おっぱいも大きかったしの。」


 そう言って笑うリカンが真面目な顔に戻って、クリアスにクゾルの話をする。

 悪い噂はたくさん流れていたが、そのほとんどが事実と言う事だった。リカンとしては騎士団の評判が落ちるような、ろくでもない団長がまた貴族からねじ込まれる前に、さっさとマトモな団長を皇帝陛下の推薦で決めて欲しいと思っての事だった。

 それにシブロは以前の女性団長の頃から、指揮官としての有能さが多少噂になっていた。そんな男が次もクゾルと似たり寄ったりの団長の下につけられるのは可哀そうだ。


 「わかりました。私からも陛下に申し上げてみます。」


 「助かる。ところでおぬし、水のように透明な酒を知っておるか?」


 話が雑談に変わると二人は再び議場へと歩き出した。

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