信託公会

 昔一人の騎士がいた。実直で不器用で忠誠心溢れるその男は、当時の帝国宰相が皇帝に薬を盛って傀儡の皇帝へと変えてしまった事を知ると、宰相が目の前を通り過ぎる瞬間を狙って、大勢の目の前で宰相を斬り捨てた。

 宰相は即死。騎士はその場で取り押さえられたが、一切抵抗はしなかった。

 当時の皇帝は騎士を処刑するように命じ、即座に公開処刑がなされる事になったが、その斬首台の上で騎士は最後に「後は皆に任せる。」と言い残して刑が執行された。

 その後の治療の甲斐あって皇帝は正気を取り戻したが、その時の事を大いに後悔し、処刑された騎士が託した想いを形に残すべく信託公会を設立した。


 信託公会は12の騎士団団長と皇帝、宰相、帝国記録官の15人が、特別な理由などがなければ全員出席する。この場においては皇帝への申し立てが、どのような内容であったとしても罪に問われる事は無い。


 現在の信託公会は、定期的に情報の共有や任務のすり合わせなどを目的に行われる定例公会と、特別な出動を検討する場合や、緊急出動などの事後報告のために不定期に行われる特例公会がある。今回の召集は特例公会の方だった。



 クゾルは副団長であるシブロを引き連れて長い廊下を歩く。

 信託公会の議場となる部屋は、この長い廊下の先にたった一つだけある部屋だ。奥の扉が近づくにつれて足取りが重くなってくる。

 怪我を理由に欠席を考えもしたが、公会を副団長に任せると色々マズイ事まで報告されてしまうかも知れない。ここは無理をしてでも出席しなくてはならない場面だ。

 考えている間にも議場の扉はどんどん近づき、いよいよ扉の前に辿り着いてしまった。

 大きく深呼吸を一つして、シブロに扉を開くように指示する。

 現在クゾルは左手は全く使えず、右手も中指・薬指・小指の3本が折れていて、扉を開くのも一苦労なのだ。シブロを連れて来たのは偏に扉係としてのみだ。

 公会に副団長を同席させる団長もいるが、自分はそんな事はしない。そんな事をすれば余計な事を言われてしまうかも知れないし、今後も手柄は自分の物に、失態は部下のせいにする事が出来なくなってしまう。


 「公会が終わるまでここで待て。」


 シブロにそう指示して、クゾルだけが部屋の中に入る。

 部屋には既に全員が揃っていた。皇帝陛下すら揃っている状態で最後に入ると言うのは、自分が最上位の立場になったような気分で些か快感ではあるものの、さすがにマズイと思って「遅くなりまして、申し訳ありません。」と謝罪の言葉を述べ、深々と頭を下げると自分の座るべき席につく。最後に部屋に入った者をという意味とは違う意味でも注目を浴びるが、これから信託公会が始まるというこのタイミングでクゾルの姿に疑問を投げかける者はいない。そして皇帝陛下自らが言葉を述べる。


 「全員揃ったようだ。ではこれより信託公会を始める。」


 公会と言っても、今回はクゾルの第八騎士団が出動した件の報告会だ。しかしながら野党討伐の為に向かったミルツイーグ伯爵領では、直前に自前の騎士団のみで野党の殲滅に成功していた。

 つまり行って帰って来ただけで何もしていない。もっと言えば、今回の出動に際してクゾルは「貴族が野営などとなればそれなりの準備をせねばならん。」と言って、色々物資を買い揃えるため出発が出動命令から1日半ほど遅くなった上に、途中の野営を極力避けるため、まだ日没まで時間があっても町や村で宿泊していた。つまり急げば野党殲滅作戦に合流出来たのだ。

 自分の失態が露見しないよう、何の戦果も無い事を短い言葉で告げて、後はひたすらに信託公会が終わるのを待っていると宰相から声が掛かる。


 「ミルツイーグ伯の騎士団や領民に被害は無かったのか?」


 「野党の本拠地襲撃で騎士団に2名の重傷者が出たようですが、死者はいません。領民は街道を馬車で通行していた4名が死亡したようです。」


 「2名の重傷者は心配ではあるものの被害がそれだけであれば、ミルツイーグ伯の領地の治安維持に助けを出す必要は無いでしょう。領民に死者が出てしまったのは残念ですが。ところでその顔や手は何故そのような事に?」


 「いえ…これは任務とは全く関係の無い所で怪我をしてしまいて…。」


 何人かの団長が笑いを堪えているような様子を見て、相手の顔と名前を心に刻み付ける。

 特にこの件についてはこれ以上話し合う事も無いと言う事になり、これで公会も終わるとホッとしていると、皇帝陛下が言葉を続ける。


 「では次の報告を、クリアス団長。」


 この展開は予想していなかった。自分が報告してそれで信託公会は終わるものと思っていたのだ。そして続いた話は驚くべきものだった。


 クリアスが団長を務める第三騎士団が、この帝都の高級娼館を摘発。違法な監禁によって接客をさせられていた女性達を救出。さらに最も取り締まりが厳しく処罰も重いバレイルの使用が確認され、現物も押収したと言う事だった。


 クゾルは昔からクリアスが気に入らなかった。

 自分の家がルアクト家派閥に属しているため、対当して富を競い合うシレーン家とその派閥に属している者達を敵視する傾向は元々あったが、クゾルのアマル家は伯爵位でクリアスのシレーン家は公爵位。おまけに自分は第八騎士団団長であるのにクリアスは第三騎士団団長で、しかも剣の腕もかなりのものだ。

 様々な嫉妬や劣等感で、クゾルのクリアスに対する敵対心は並々ならぬ物となっていた。その相手が今、自分が何の戦果もありませんと報告した後に目を見張る戦果を報告している。

 クゾルは一言も聞き逃すまいと耳に意識を集中し、必至に頭を働かせてクリアスの行動の粗を探す。しかしどうしても見つからない。

 クリアスの報告の後、他の騎士団団長や宰相が口々にクリアスを褒めたたえている。


 「それにしても迅速な作戦行動だったらしいでは無いか。」


 「一人の怪我人も出さずに、相手を一網打尽。しかも秘密の抜け道で帝都の外まで脱出した重要人物を、その日の内に探し出して捕縛するとは見事と言う他無い。」


 それらを聞きながらクゾルは荒ぶる気持ちを抑える事で精一杯だった。しかし次の話でようやくクゾルは相手を貶める方法を思いつく。


 「リテイ楼閣の支配人と女性の管理をしていた責任者、まだ口を割りませんか?」


 「ええ。話そうが黙ろうが処刑は確定と諦めて、せめてもの腹いせと思っているのかも知れません。」


 「バレイルの栽培や流通に関わっている者を、何としても吐かせなければなりません。手に余るようなら第一騎士団か他に適任者を探して手伝ってもらっても良いでしょう。」


 「その任、我が第八騎士団が引き継ごう!」


 ここでクリアスが出来なかった事を自分が成功させれば、クリアスの無能さを知らしめると同時に自分の評価も上がる。しかもクリアス一人の手柄だったものを半分奪う事が出来る。場合によってはクリアス以上の手柄を物に出来ると思い、かなり勢い込んで立候補したが、その言葉にクリアスが難色を示す。


 「クゾル団長はこの件には関わらぬ方が良いかと…。怪我もされておられる事ですし。」


 自分の手柄の横取りを恐れての発言と高を括って、クゾルは勢いを緩める事なく畳み掛けるように言葉を続ける。


 「クリアス団長が出来ぬ事は私にも出来ぬと言うのか!実力とは口では無く結果で示すものである!クリアス団長と第三騎士団に出来ぬ事とて、私と我が騎士団に任せて貰えるならば、結果で示して見せようぞ!」


 テーブルに拳を叩きつけて、痛みに唸るクゾルを見てクリアスが困った顔をしていると、他の団長達も話し始める。


 「クリアス団長は今回の一件、情報を提供してくれた協力者がいたそうだが?」


 「はい。非常に優秀な者達で、今回はその情報収集能力に多いに助けられました。それに、恐ろしいほど腕の立つ者達でした。」


 「ほほぅ、それは一度手合わせ願いたいものだ。」


 「その者達からリテイ楼閣と繋がりがある者の名は聞いていないのか?」


 「リテイ楼閣と関係があると言う事で、名前を聞いている貴族家はあるのですが…バレイルとの繋がりまでは不明ですし、証拠は何も出ていません。」


 「その貴族家は?」


 「………ルアクト家です…。」


 「っかはぁっ!?」


 奇妙な、声にならない声を出し、口を開けたまま固まったクゾルを見ていよいよ辛抱たまらんと言った感じで声を上げる団長達がいた。


 「ハッハハハハッ!なるほどそれは大物だ!あれだけの大見得を切ったからには、クゾル団長にはぜひ結果を期待したいものですな!」


 「まぁやりたいと言う者に、まずは任せてみるのが良いでしょうな。」


 以上のやり取りから、リテイ楼閣の責任者達の尋問という任務は、第三騎士団から第八騎士団へ移る事になった。そして最後に今回の一件での褒美の話になる。




 「今回のリテイ楼閣の一件に於いては、クリアス団長に一等褒賞を与える。」


 これには皇帝を除いて、その場の全ての者が驚く。一等褒賞とは、褒美の中では最高位の物で、その中には爵位も含まれる。過去に一等褒賞が授与された例は、記録を見ても多くは無い。

 その例を見てみると、戦乱時に3万の敵を8百の騎士で打ち破った騎士団の団長や、皇帝の身を暗殺から身を挺して守りぬいた騎士、そして皇帝をバレイルで傀儡にした宰相を討ち取った騎士などに与えられている。

 そういった者達の中には、死亡後に一等褒賞を授与された者も多い。


 騎士の位はそもそも男爵位と同等の地位とされているが、それは軍事の権限に限った事であり、帝国騎士が貴族の勝手な思惑に振り回される事無く皇帝陛下に忠誠を奉げる事が出来るようにするための措置という意味が大きい。

 騎士であっても爵位を持つ貴族のように領地を持ち、そこから収入を得ると言う事は無く、またその地位を子孫へと受け継ぐ事も出来ない。


 しかし一等褒賞を得た騎士は違う。実際に男爵位と領地を与えられるのだ。クリアスの家は公爵家であるから地位が下がってしまうように考える者もいるだろうが、爵位を継承出来ない者は所詮、爵位を持つ者の家族と言うだけで貴族を名乗っているに過ぎない。

 爵位を持たない貴族とは爵位を持つ者からすれば道具のような存在で、自分と家とをより富ませ、名声を高めるために使う駒なのだ。

 家督を継ぐ可能性がほぼ無い貴族家の騎士からすれば、一等褒賞は最終目的と言って良い物だろう。

 もちろんクリアスも一等褒賞は喉から手が出るほど欲しかったハズだ。あの一件の前までは…。


 「ありがたいお話ではありますが、私はまだ騎士として成さねばならない事がたくさんある事を今回の一件で知りました。まだ騎士を引退する訳にはまいりません。」


 この発言に、その場の皆が目を見張る。一瞬の沈黙の後、皆が皆それぞれの思いを口にする。


 「何を言っているのだ!これほどの栄誉は他に無いではないか!」


 「志は立派だが、一等褒賞を断るのは度が過ぎているぞ!」


 しかしクリアスが平然として、言葉を取り下げる様子が無いのを見て取ると、皇帝陛下は言葉を続ける。


 「私としても、クリアス団長という優秀な騎士を失うのは大きな損失である。よって、騎士位はそのままに男爵位を与えようと思う。これならば問題あるまい?」


 またも周囲がざわめく。そういう騎士が過去にいなかった訳では無い。しかしそれは記録を調べねば名前も思い出せない大昔だ。

 しかしクリアスは平然と、それならばと言って納得している。そして思いついたようにハッとすると言葉を続ける。


 「であるならば図々しくも一つお願いがあるのですが。頂ける領地はなるべく静かな所にして頂けないでしょうか?娼館から助けた者達を好奇の目に晒されない場所で、治療に専念出来る治療院を建てて癒したいと思うのです。」


 領地は賑わっているほど多くの収入が見込める。他には広大な田畑や特産品を産出する場所でもあれば別だろうが、どちらも静かな場所と言われて思いつくような場所ではない。そして宰相も話に加わる。


 「であるならば、20年ほど前に子孫が途絶えて皇帝陛下直轄となった元アバリオン男爵家の領地が良いでしょう。帝都から僅か1日の距離ですが、のどかな農村の集落がある領地に商業的に重要な街道が通っていない為静かな土地ですぞ。」


 「うむ。その場所で不服が無いのであれば、クリアス卿には後ほど正式に男爵位を授けるとしよう。その後、姓はアバリオンを名乗るが良い。尚、女性達の治療と言う件に関してはバレイルの治療の症例は帝国としても資料として欲しい。よって治療師の派遣と費用の負担は帝国に任せるが良い。」


 「お心遣い、感謝いたします。」


 起立して深々と頭を下げるクリアスを見て、皆が関心する中にあってただ一人、奥歯が砕けんばかりに歯を食いしばる者がいた。


 数日前に小娘に張り倒されてまだ痛む頬や歯茎も気にならないほどの怒りがクゾルを支配していた。


 自分はこれからリテイ楼閣の責任者を尋問しなければならない。

 拷問でも何でもしてさっさと娼館と繋がりのある全ての者達とバレイルの流通経路とを吐かせるつもりだったが、そうはいかなくなった。

 クゾルのアマル家はルアクト家の派閥だ。もし尋問でルアクト家の名前が出れば調べない訳にはいかない。ルアクト家が罪に問われるような事があって弱体化すればその恩恵も勿論弱体化する。それどころか、アマル家は裏切り者としてルアクト家の派閥から切り離されてしまうだろう。そして派閥の長を裏切るような家を取り込む派閥など存在しない。そうなれば伯爵位であるアマル家と同等以上の貴族達にいいように食い物にされてしまう。

 それだけではない。その状況に家を追い込んだ自分が家でもどのように扱われてしまうようになるのか…。

 だからと言って尋問に手を抜いて結局何も聞き出せなかったとなれば、あれだけ勢い込んで名乗りを上げた結果、ミルツイーグ伯爵領での野党討伐同様、何の戦果ももたらさない無能者の烙印が押される事は間違いない。


 選択としては後者しか無い事は分かりきっているが、納得がいかない。

 自分をこの状況に陥れた張本人が男爵位を得るなど納得出来るハズが無いではないか。

 しかしどれだけ頭を働かせても何も思いつかない。


 歯噛みしながらも信託公会の終わりが告げられ、皆が部屋を出て行く。クリアス団長は高齢な第九騎士団団長と何事か話をしていて、最後にこの部屋に残っているのはクゾルを含めて三人だけとなった。クリアスと老人団長も話が終わったらしく出て行くと、クゾルも後を追うようにクリアスの背中を射殺す勢いで睨みながら議場を出た。

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