決闘

 中年男性は謝罪をちゃんと言葉にしている。こいつは何を言っているんだとも思う。しかしもはや驚きと言うよりは呆れた気持ちが湧いて来る。

 こういう強引な決闘の申し込み方は、もう何度も目にしているのだ。その度に相手は金品を差し出して許しを請うたりするのを見て来た。だが今回はこの申し出を相手が受けるかも知れない。何せこの下衆団長は女を差し出せと言っているのだ。


 平民が貴族から決闘の申し出を受ける事などまずない。決闘とは、位が同じ貴族同士で揉め事が起きた時に稀に行われるもので、さらに代理人を立てたりするのだ。万が一にも貴族本人が危険を承知で、自ら決闘をするなどと言う事は無い。

 つまりこの場合、相手が代理人、おそらく帯剣している長身男性を決闘者とした場合には、副団長である自分を代理人として決闘させようとするかも知れない。その場合は上手く芝居してわざと負けてやろうと思う。


 「それは戦って正しい方はどちらか決めようと言う事ですか?」


 「そうだ!決闘は帝国法によって定められ、貴族のみに許された正当なる審判方である。」


 「私は貴族ではありませんが?」


 「申し込む私が貴族だから問題無いのだ!!!」


 「………具体的な方法はどうするのですか?」


 「馬に乗って槍を使うか、地上で剣を使うかだ!相手を戦闘不能にするか、負けを認めさせれば勝ちである!馬や武器なら貸してやるから、さっさと選べ!!!」


 「槍に剣………他の物ではダメなのでしょうか?」


 「飛び道具は決闘の作法に反するぞ!」


 それを聞いて中年男性が少し離れた所にある枯れ木の方へと歩いて行く。そして木の枝を折ると、それを何度か振っている。そして肩まであった長い枝を踏みつけて半分に折り、また何度か振っている。納得したのかそれを持ってこちらに帰ってきた。


 「これを使っても構いませんか?」


 その枝は騎士が使う剣より少し短い。しかし太さは腕の半分ほどはあるだろうか。そして先端は握り拳を一回り小さくしたくらいのこぶになっていた。


 「良いだろう!では付いて来い!」


 相手が代理人を立てなかった事、どう見ても戦う訓練をした者には見えない事、そして使う武器がそこにあった枯れ木の枝で作った棒きれである事。それを知ってクゾルは自分で戦うと決めたようだ。

 中年男性が決闘を受けた事には驚いていた様子だが、相手をただの世間知らずと断定したのだろう。決闘を知らず、戦う訓練もしていない中年男性。それをいたぶるつもりなのだろうが、中年男性の回りの者達は猛抗議している。


 「私がやります!一瞬で斬り捨ててみせます!」


 「俺がやりますって。アド様が直にやるこたぁねぇですって。」


 「部長ぉ、私のためにぃ………ちょっと嬉しいですぅ♡」


 しかしその中年男性は、自分が申し込まれたのに代わりの人に任せるのは筋違いでしょうと断り、絶対に手を出さないようにと念を押している。誠実そうな人だと思った。

 おそらく先ほどの団長の説明は、代理人を立てる事が許されているという部分をわざと言わなかった。しかも戦闘不能にすると言う事が、相手を死なせる事も含まれると言う部分も言わなかった。

 あの下衆団長は自分が有利になるよう、相手に勝手に勘違いさせる罠を言葉の端々に巡らせているのだ。補足して説明してあげるのが本来の親切なのだろうが、今回は黙っておく事にする。それを理由に、後で下衆団長の要求が不当であるとして却下する材料になるかも知れないからだ。

 後はこの決闘で相手が大怪我をしたり命を落としたりしない様に祈るばかりだ。もちろん命が危ないとなれば直ぐに勝負あったと声をかけるつもりではあるのだが。


 街道から少し離れた草原に、足を取られるような物が落ちていない事を確認すると、クゾルが「ここで良いだろう。」と言って剣を抜き、相手がそれを見てブルりと震えるのを見てほくそ笑んでいる。

 クゾルは立会人として副団長である自分を指名して、相手にも立会人を指名するように言うと、「ギーブンさんお願いします。」と声を掛け、長身男性が前に出て来て、相談して始めの掛け声は自分がする事になった。


 「始め!」


 声を掛けるとクゾルは剣を左右にゆっくりと揺らす。その切っ先を中年男性が目で追っている。構えも足運びもその目線も全て素人だ。

 なるべく怪我をしないでくれと祈っていると、クゾルがジリジリと距離を詰める。そして剣の間合いまで入るとクゾルが剣を上段から振り下ろした。


 クゾルは騎士として身体を鍛えると言う事を全くしていない。「汗を流して努力するなど、高貴な自分のする事では無い。」と言って訓練に参加した事など一度も無いのだ。そのため授与される通常の騎士の剣を振る力が無い。

 クゾルの剣は特注品で、騎士の剣の半分ほどの厚みしか無く、重さも半分ほどだ。それでもクゾルが振り下ろした剣はあまりにも遅かった。


 しかし相手は硬直したように動かず、とっさに頭を庇うように、手甲も付けていない手を上げていた。しかも目をつぶっているではないか。


 当然クゾルの剣は相手を傷付ける。しかし運良くと言うか、剣は相手の頭や首など一撃で致命傷になりかねない部分では無く、相手が持ち上げた手の平に深く食い込み、血が流れ出した。そしてシブロは驚く。


 中年男性は悲鳴を上げるでも無く、小さく「あ痛っ…。」と呟くだけで、しかも次の瞬間、手の平に食い込んだ剣をそのまま握って掴んでいるではないか。そしてあれこれ剣を動かして抜こうとしているクゾルの、剣を握る両手目がけて棒の先のコブが叩きつけられると、ガシャッと言う音と共にクゾルの鎧の手甲が棒の先のコブの形に綺麗にへこむ。


 クゾルの全身を覆う騎士の金属鎧は見た目こそ他の騎士達と変わらないが、これも特注品で、厚みは通常の1/3ほどだ。そして皆が中に着ている鎖帷子も着ていない。

 騎士の鎧は全て合わせると40㎏ほどにもなるが、クゾルのフル装備は10㎏以下であり、その分防御力が犠牲となっている。それもそのはず、クゾルはいざ戦闘となっても前に出る事は無い。直接の戦闘は団員に任せ、自分は戦果の報告を待つだけなのだ。だからこそ見栄えだけの為の鎧で十分と考えての代物だ。


 鎧の手甲が綺麗にへこんでいる様から、左手の骨はバラバラだろう。右手の指先も1本か2本は折れているかも知れない。


 「ぎぃああぁぁぁぁーー!!!私の…私の手がぁぁああーー!!!」


 醜い悲鳴を上げながら、剣から手を離してその場で座り込んだクゾルを見て「それまで。」の掛け声をかける。

 中年男性には桃色の髪の女性がすぐさま駆け寄ると、手拭いを取り出して手に巻いている。


 「部長ぉ、大丈夫ですかぁ?痛いですかぁ?」


 「あぁ、いや、つい声を出してしまっただけだ。大丈夫。」


 その会話を聞いて恥ずかしくなる。我が騎士団団長のなんと無様な事か。潔く負けを認めるならまだしも、まだ醜い言い訳をしている。


 「おのれ、汚いぞ!その様な無様な武器で私の高貴な手を打つとは不届きな!こんな勝負は無効だ!おい副長っ!この無礼な不埒者を斬り捨てよ!何をしている、早くせんか!!!」


 もはや言い訳ですらない。この世の醜悪を一人の人間に詰め込んだような様子に言葉を失っていると、中年男性の一行の中で一番幼い女の子がこちらに近づいて来て、座り込んで喚き散らしているクゾルの前で立ち止まる。


 「何だ小娘!そうか、私の高貴な身体を心配して手当てをしに来たのだな?良い心がけだ!」


 そんな訳は無い。この子の表情が見えていないのか?どう見ても怒っているではないかと思ったが、口に出すより早く女の子が動いた。右手を持ち上げ、身体を捻じって後ろに回す。


 「ぶちょーをいじめちゃダメっ!!!」


 「ブフゥッ!」


 高速の平手がクゾルの顔を横切ると『バンッ!』という音が響く。首がどこかに飛んで行ったのでは?と言う勢いで首を捻ったクゾルがパタリと倒れて動かなくなる。見れば兜の頬の部分が手の形にへこんでいる。

 いくら薄いとは言え女の子の、しかもまだ子供の力でこんな事が出来るのか?と思ったが女の子は直ぐに中年男性の元へと走り去って行く。


 「団長!大丈夫ですか?」と言いながら肩を持って激しく揺するが、人形のように首がカクカクと前後に振られるだけでピクリともしない。目も完全に白目を剥いている。次に頬を手甲で何度も往復ビンタして意識を取り戻させようとするがビクともしない。

 手が砕け、頬を張り倒されて白目を剥いているクゾルがピクリとも動かないのを見て、黒い気持ちが沸き上がる。


 (団長は決闘に負けた。ならば………死んだと言う事でも良いのでは無いか?)


 肩から手を離すと、クゾルは糸を切られた人形のように、再び倒れて動かなくなる。

 無言で立ち上がり、クゾルを見下ろしながらシブロの視界は狭くなって行く。もはや視界にはクゾルしか映っていない。思考は一つの考えに支配され、無意識とも言うべき状態でシブロは剣を抜き放つ。

 柄を両手で握り、切っ先を真下に向け、勢いをつけるために目いっぱい剣を持ち上げると力を込め、全体重を乗せて突き降ろした。

 次の瞬間、紙の様に薄い鎧を貫いて肉と骨を断つ感触に代わって両手に伝わったのは、分厚い金属の表面を剣がなぞるガリッと言った感触だった。


 見れば斜めに地面に突き立てられた剣がクゾルを守っていた。その剣の表面を滑って、自分の剣も同じ所に突き刺さっている。そして自分の首には細身の剣の切っ先が添えられていた。

 さきほどまで決闘をしていた中年男性の回りにいたはずの長身男性と銀髪女性が、いつの間にか近づき、自分が殺そうとした団長を守ったのだ。そして中年男性が近づきながら声を掛けてくる。


 「あの…、もしかしたら止めたのは間違いだったのでしょうか?決闘の作法などを良く知らないもので…。」


 その言葉で我に返る。ここでこの男を殺して、決闘の末死んだと言う事にしたら誰も罪には問われないだろう。実際には私が殺したと言う事は、騎士団の者は誰も他言しないだろう。だが、騎士団では無い彼等はどうなのか。そう言う決まりだと言えばこの場は取り繕えるかも知れないが、その後決闘の作法の詳しい所を知れば、この事もやがて明るみに出てしまうかもしれない。

 それ以前に、例え罪に問われないとしても、アマル家の恨みを無実の彼等が買う事になってしまう。


 「いえ、助かりました。何から何まで本当にご迷惑をお掛けして申し訳ない。今回の一件は全てこちらに否があります。」


 そう言って頭を下げると、穏やかな口調で「気にしないで下さい。」と言ってくれる。見れば手に巻いた手拭いは真っ赤に染まり、吸収しきれない血が滴っている。その様な状態の人物にここまで寛容にされては本当に立つ瀬が無い。


 「上司は部下をある程度選ぶ事が出来ますが、その逆は出来ないものですよ。色々あるでしょうが、あなたは誠実な人のようですから考え込み過ぎは良く無いですよ。」


 そう言うと桃色の髪の女性に何かを持って来るように指示する。馬車に戻った女性が持って来たのは、瓶に入った透明な液体だ。


 「私達の商会で扱っていこうと思っている品です。差し上げますので、お酒が飲めるのであればこれで溜まった鬱憤を多少抜いておくのはどうでしょうか?」


 迷惑を掛けた相手に気を遣われると言うのは本当に恥ずかしいものだと思いながらも、人との関係で淀む気持ちと言うのは、また人との関係で晴らす事が出来るものなのかと理解した。先ほどまであった黒い気持ちは心の奥底でまだ燻っているが、今平静でいられるのはこの人達のおかげだ。申し出に甘える事にした。

 せめて正当な料金は払うと言ったが断られてしまい、最後にもう一度こちらから謝罪をすると、彼等は馬車に乗り込んで去って行った。

 一部始終を見て聞いていた4人の分隊長が近づいて来てそれぞれに話をする。


 「色々と凄い人達でしたね。」


 「ですが気分爽快でしたよ。」


 「あの長身の男性と銀髪の女性には、我々が束になっても勝てそうも有りませんな。」


 「ところで何を頂いたんですか?」


 「酒だそうだ。溜まった鬱憤があるならこれで晴らしてみてはと言われた。後で皆で飲んでみよう。さぁ、そこのゴミが馬から落ちないように縛り付けたら出発だ。」

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