第八騎士団

 クゾル・アマルは不機嫌だった。

 革袋の中を探しても銅貨ばかりで、金貨どころか銀貨もほとんど出て来ない。やっと見つけた銀貨を自分の財布に入れ、懐に仕舞い込む。

 銅貨など使う気にもならなかったが、自分の懐事情を分かっているので、その辺に捨てる訳にもいかずに鞍の一部に結び付ける。両替すれば銀貨何枚かにはなるだろう。

 イマイチ晴れない気分にイラつきながら、再び手綱を握って馬を歩かせる。



 10日ほど前の話だ。貴族の間で少し噂になっていた、ミルツイーグ伯爵領での野党問題が、かなり長期間解決されていない事を聞いた皇帝陛下が、帝国中央から騎士団を送る事を決めた。本来ならば伯爵ともなると、それ相応の数の自前の騎士団を持っている。そして自前の騎士団で解決出来ない問題ならば帝都の騎士団に応援を要請する事も出来る。

 しかし応援を要請すれば、それなりの礼金を納めなければならない。恐らくはそれをケチったのだろう。

 これと言った特産品の話は聞かない領地で、税金を安くしている為に賑わっているとは聞くが、そのせいもあって領主のミルツイーグ伯も資金繰りには苦しんでいると予想出来る。

 だが皇帝陛下自ら騎士団の派遣を決めれば別だ。その事に感謝して礼金を送る事もあるのだろうが、絶対送らなければならない訳では無い。感謝の気持ちだけ示せば良いのだ。


 騎士団からすればどちらでも同じだ。手柄に対して褒美は出るだろうが、基本的に騎士の給金は変わらない。

 だからこそ第八騎士団団長クゾルはミルツイーグ伯から直接礼金をせびろうと考えていたのだろうが、到着してみると直前に野党を殲滅したと言うではないか。これでは何の見返りも求める事は出来ない。

 仕方なく任務終了として撤収指示を出すが、手柄の報告を何も出来なくなった事と礼金が手に入らなかった事で、クゾルは極めて不機嫌になった。

 そして運悪くすれ違ったり、追い越して行ったりした商隊や旅人に難癖をつけて、金品を奪っているのだ。

 もちろん強盗をしたりしている訳では無いが、あれこれと言いがかりをつけては謝罪として金品を貢がせ、断ると決闘を申し込んで結局金品で解決させると言う行為を、もう3件も繰り返している。

 やっている内容は強盗と何ら変わらないのだ。



 第八騎士団団長は、以前は唯一女性の団長が務めていた。気高く、騎士の誇りを持ち、そして帝国を愛している人だった。しかしそんな人も恋をして、騎士の位を預かった剣と共に皇帝陛下にお返しして、結婚し今は子供も授かっている。

 尊敬し憧れていた。そして女性としても慕っていた彼女が、今幸せである事に満足せねばと、自分の恋心に蓋をした副団長シブロは、隣で馬を並べている団長を見て、暗澹たる気持ちになる。

 帝国の治安維持に昼夜を問わず努力して、平民に慕われていた第八騎士団は、今や蛇蝎の如く嫌われている。

 第八騎士団の団員は何も変わっていない。代わったのは団長ただ一人…。

 殺意すら沸き上がりそうになる相手は、ブツブツと言いながら俯き加減だった顔を上げ、前方に視線を送るとニヤリとした嫌らしい顔をした。

 不安を感じて視線を追うと、前方から4頭立ての立派そうな黒い馬車が近づいて来るのが見えた。

 近づくにつれて馬車の詳細がハッキリと見えて来る。

 4頭もの馬に引かれる馬車本体は立派な物だが、貴族や皇族の紋章、あるいは有名な商会のロゴなどは見当たらない。

 そして御者を務めているのは女性だった。レースのフリルをふんだんに使った高価そうな服を着た、桃色の髪をした女性が楽しそうに御者をしている。

 そしてその隣で銀髪の美しい女性がオロオロしていた。

 馬車がいよいよ自分達とすれ違い、


 「気をつけて下さいね?速度はもっと落として。」


 「大丈夫ですよぉ。心配性なんですねぇ。」


 などと会話が聞こえて来る。そして通り過ぎて直ぐに、隣に並んだ馬上から甲高く耳障りな声が響く。


 「そこの馬車!止まれ!」


 しかし馬車は止まらない。「止めるのはどうするんですかぁ?」などと聞こえて来る間にもどんどん遠ざかって行く。それを見て耳障りな声をまき散らしながら、隣にいた団長が馬を走らせて追いかけて行くのでそれを追う。

 今度はこの馬車に乗る者達から金品を巻き上げようと言うのだろうが、今回の馬車はあまりにも立派過ぎる。手を出してはいけない相手では無いかとの不安がよぎるが、それは団長も同じらしく、今までのように即座に剣を抜いてチラつかせるような事をしない。

 これまでの3件も、この団長を止められなかった事を後悔している。正面から言ってもこの団長は止められない。ならば被害を最小限にしなければと思いつつ、団長と相手の出方を窺う。


 「第八騎士団団長クゾル・アマルである。お前達の代表者を出せ。」


 そう言われた相手は御者席から声を掛ける。ほどなく黒皮のコートを来た中年男性が出て来る。続いてまだ幼さの残る女の子に帯剣した長身の男性。『ブチョウ』と呼ばれたのは恐らく黒皮コートの中年男性だろう。御者をした女性とその隣にいた銀髪女性もやって来て、中年男性の事を『アド様』と呼んでいる。

 これはマズイ。つまりこの中年男性は貴族の可能性が高い。自身の名の他に家の名を持つのは貴族か皇族だけだ。ブチョウ・アドなのかアド・ブチョウなのかは分からないが、伯爵位以上であれば団長もただでは済まない。

 しかし…、その方が良いのか?とも思う。この団長が失態を犯して第八騎士団から去るのは大歓迎だ。もちろん派閥の中の力を持った者に泣きついて、事無きを得る可能性はある。事態をもう少し見極め無ければならない。


 「第八騎士団団長クゾル・アマルである。貴殿の名は?」


 再び名を名乗る事で相手のフルネームを引き出すつもりなのだ。悪事を働く時のこういう慎重さが、この男への嫌悪感を一層募らせる。


 「アドと申します。私に何かご用でしょうか?」


 柔らかい物腰、穏やかな口調。シブロとしては好感の持てる第一印象だが、クゾルは違う印象を持ったようだ。明らかに不愉快そうな口調で問いを続ける。


 「アド………で終わりか?ブチョウと言うのは何だ?」


 「あぁ、部長とは私達の商会内での肩書です。」


 つまりはこの中年男性は貴族では無いと言う事だ。非常に残念ではあるが、今後の展開が分かってしまった以上、この後はこの団長の無法の規模をどれだけ小さく出来るかと言う事に力を注がねばならない。

 団長は、「馬車が弾いた石が自分の馬に当たったので、謝罪を形で表せ。」などと言っているが、実際にはそんな事は起こっていないだろう。ハッキリ言えば『いつもの手口』だ。


 「高貴な伯爵家の貴族であり騎士でもある私が選りすぐり、鍛えた馬であったからこそ難を逃れはしたが、このような事を日常的に繰り返すような者を見過ごしては、帝国の治安が守れないであろう?」


 「それはご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。今後はそのような事にも注意してまいりたいと思います。ご指摘ありがとうございました。」


 そう言って中年男性は頭を下げる。

 隣で御者をしていた女性は「私のせいですかぁ?」と不安そうな声を上げていて、まだ幼さの残る女の子は、中年男性の後ろに隠れながらこちらを窺っている。帯剣している長身男性はヤレヤレと言った感じだが、銀髪の女性を見て息を呑む。

 この女性も帯剣している。そして今にも斬りかかってきそうな目付きでこちらを見ている。明らかな殺気だ。それも目に見えてしまいそうなほどの。


 今回の出動は第八騎士団全員では無い。が、それでも200人を超える人数だ。それを目の前にしてこれだけの殺気を叩きつけてくる人物。よほどこのアドと言う者が慕われていると言う事だろう。


 (あるいは…まさかとは思うが200人の騎士を倒せるほどの…。)


 さすがにそれは無いだろうと頭を振るが、未だ叩きつけられ続けている殺気が言い知れない不安を煽る。しかしそれに気づかない馬鹿がさらに言葉を続けている。


 「よって、謝罪を形にさせる事で、今後の帝国の治安を維持せねばならん。」


 「はい。ですから申し訳ありませんと…。」


 「謝罪とは形にせばば意味が無いだろうが!」


 「あぁ…そういう事ですか。お幾らほどお渡しすれば良いのですか?」


 「私が金を要求していると申すのか!!!」


 銀髪女性からの殺気は今も叩きつけられている。しかしシブロは笑いを堪えるのに必死だった。

 貴族と言うのは平民に金品を要求したりはしない。それは恥ずべき行為だ。そもそも要求などしなくとも、税として献上される立場なのだ。税以外で金を求める場合でも自分で言ったりはしない。近くに控えさせた執事などに、「こういった場合はどうするのが良いと思うか?」などと聞いて、自分以外に言わせるのだ。

 そして私を含めて騎士団の誰も、その様な役など引き受ける気は一切ない。しかし普通は言わなくても察した相手が勝手に金を差し出してくる。それをクゾルが「どうしてもと言うならば仕方が無い。」などと言いながら受け取るのだ。

 しかしこの中年男性はそういった習慣を知らないのか、どうしたら良いのか分からないと言った表情だ。

 もしクゾルが私にこういう場合どうするべきかと聞いて来たら、相手も謝罪してくれていますのでもう良いでしょうと言ってやるつもりだ。

 だがクゾルはシブロが予想したのとは違う方向へと舵を切る。


 「もう良い!そちらの女性達を我々に同行させよ!次の宿泊地で私の世話をさせるのだ!今回の事はそれで水に流してやろう。」


 そして桃色の髪の女性の胸を下卑た目で眺め、次いで銀髪女性の方へと視線を向ける事でようやく気付く。自分がどの様な目付きで見られているのかを。身体をブルりと震わせると、中年男性が答える。


 「そう言った事はご遠慮下さい。それに彼女達は私の所有物ではありません。」


 「私はアド様の所有物でも構いませんが?」


 ようやく殺気を込めた目を和らげて中年男性を見た銀髪女性の方へ、桃色の髪の女性が目を剥いて顔を向ける。そして笑顔で問いかける。


 「あなたぁ…意味分かって言ってますかぁ?」


 「二人も助けて頂いたのですから、私一人では足りないとは思うのですが…。」


 「部長ぉはぁ、あなたみたいな考え方ぁ、絶対に喜ばないと思いますよぉ?」


 顔を見合わせる美しい女性と可愛らしい女性。しかしその光景は、先ほどまでの殺気を受けての不安とはまた違った、形容しがたい不安な気持ちを沸き上がらせる。

 殺気が無くなり、我に返ったクゾルの脳に中年男性の言葉がようやく届いたのだろう。不快感を煽る甲高い声でがなり立てる。


 「つまり貴様は謝罪する意志が無いと言う事だな!ならば決闘を以って私の正当性を証明してくれるわ!」

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