会議

 いくつか話し合いたい事はあった。


 ・保護したエルフ達のここでの待遇について。

 ・アークの世界での我々のバックグラウンドの設定について。

 ・次に見に行く場所の選定について。

 ・非常時の対応について。


 しかし会議が始まって最初に声を上げたのは私ではなく、そして内容は考えていた事では無かった。


 「はいはいはいはぁい! 私ぃ、可愛い服に着替えたいでぇす!」


 元気よく手を上げて真っ先に喋り出したのはリッカだ。彼女にしては地味な服だとは思っていたが、アークに降臨後すぐに強盗殺人事件の被害者になってしまい、無一文で服を買えなかったそうだ。


 考えていた案件の内、保護したエルフ達のここでの待遇についてはリッカを含めて話をする必要も無いので、管理者用ストレージ内の好きな服を選ばせる間に話す事に決めた。

 リムを着替えさせた部屋と同じ作りの部屋をリッカの衣裳部屋として、服や小物などを大量に出現させ、着替えが終わったら先ほどまで居た部屋に来るように伝える。

 皆がいる部屋に戻って、リムも着替えるか聞くと今の服が気に入っているそうだ。

 リッカが戻って来るとまた騒がしくなりそうなので、先に一つでも相談する内容を減らしておこうと話を進める。


 「まずは保護している二人のエルフについてです。記憶まで戻してしまうと説明が面倒だと言うのもありますが、最悪の可能性を考慮して記憶は戻しませんでした。」


 「最悪の可能性とは何ですか?」


 「彼女達が敵になって襲って来る可能性です。」


 有り得ません、とルーリィは断言するが絶対と言う事は無いだろう。200年もの時間を戻すと言う事は、本人の視点からすればいきなり200年後に飛ばされたようなものだ。しかも訳の分からない空間に監禁されている。もちろん酷い事などしなくても、それを監禁かどうかを判断するのは当のエルフだ。そしてこの空間や時間の経過を説明して納得して貰えるとは思えない。

 ハッキリ言わせて貰うと、科学的な学問が未発達な世界で、私の視点から見た平均的な教育もされていない者の取る行動を信用は出来ないと言う事だ。

 ルーリィに置き換えて自分がそうなった場合の話をしてみると、それでも自分が説明すればなどと言っているが、もう一人いたエルフに関しては説得出来るという絶対の自信は無いと認めた。

 それでも二人のエルフを『預かる』と約束したからには、ここにいる事が不幸だとは思わないような配慮をしたかったからこその議題である。


 まずエルフが平和な時代の暮らしぶりなどを聞く。ルーリィが平和に暮らせた時間はかなり短いものの、それでも強烈な望郷の念を時折感じるのは、やはり森の中だそうだ。

 エルフは元々質素な暮らしを森の中でしていた種族と言う事だった。夜を見通せる目を持っているため、明かりを必要としないと言う事と、肉をほとんど食べない習慣から火を使う事が無い。森の中で火も使わずにひっそりと生きる精進種族、それがエルフの本来の姿らしい。

 で、あれば迎賓館から出られないのは苦痛かも知れない。それを考慮して、迎賓館を中心に一辺が1㎞の立方体をこの管理者の部屋の範囲と定めた。

 東西南北の壁はそれぞれが反対側に繋がっていて、ひたすら東に1㎞歩けば西からここに戻って来るという仕組みだ。

 地下は土を敷き詰めて、500m掘ると見えない闇の壁で行き止まりとなり、天井は500m上空の天井に空の映像を映し出す。東西南北の壁を空間的にそれぞれ繋げてあるので、太陽や月が沈む映像は出せないが、ずっと同じ位置にある太陽は日が沈む時間になると徐々に明るさが無くなり、空は赤くなり、暗くなっていく。そして太陽は月に変わるという映像にした。不自然ではあるがこれは我慢して貰おう。そして迎賓館の回りを庭で囲って、それ以外の場所は全て森にした。

 これならば正気を取り戻した後に周囲を出歩いても問題は無い。以前のままなら暗い空間を、クリスタルユニットの記憶容量を食いながらどこまでも歩いて行けてしまう。



 次の議題は、我々がどういう肩書きと言う事にして世界を回るのかという設定の話だ。

 これはハッキリ言えばそれほど重要な話では無い。しかし決めておいた方が面倒が少なくなるのは明らかだ。

 ここで先ほどリッカが提案した、『会社を作る』話になる。なるほど言われてみればそれは良い考えだ。商売の効率を上げたり商談を有利にする為に市場調査をするのはマーケティングの仕事の一つだ。この世界でやるとしたら世界を巡っても不思議では無い。

 具体的にはと思った所で発案者が帰ってきた。


 「部長ぉー!素敵な服が一杯で私幸せですぅー!ありがとうございましたぁー!」


 後ろから頭の上に圧し掛かられながら今話していた議題について聞くと、むくれた声が帰って来る。


 「部長ぉ…女の子が着替えたらぁ、そういう話の前に言う事があるんじゃないですかぁ?」


 言いながら頭の上から離れ、私が振り向いたのを確認すると、スカートの裾を摘まんでクルリと一回転して笑顔で感想を求める。


 真っ白なシャツの襟は首をすっぽり覆い隠すほど高く、レースのフリルが襟やボタンラインに沿ってこれでもかと使われ、パフスリーブから伸びる腕の部分は肘から手首にかけて少し広がり、袖口のレースのフリルが手の甲まで掛かっている。

 主張の激しい胸を更に持ち上げるようにアンダーバストまで食い込んだ真っ黒なコルセットスカートの極太のストラップは、持ち上げられた胸を更に左右から挟み込むようにして強調し、スカート部分はレースのフリルが膝まで何重にも重なっている。

 足元は膝まで黒い厚底ブーツで覆われて、最後に上に視線を戻すと頭の上には幅の太い、レースで出来た真っ黒なリボンが大きく結ばれていた。


 「そういう服装にはあまり詳しく無いんだが…似合ってるんじゃないか?」


 服装にこだわりを持つ彼女が笑顔で感想を求めて来たからには、褒めるのが最良だろう。しかし間違った褒め方になれば逆に不興を買ってしまう。故に彼女が可愛いと思っている服装が似合うと表現するのは無難な褒め言葉だと判断した。

 どうやら選択を間違わなかったようで、彼女は嬉しそうにしてくれた。が、次の私の言葉で目つきが変わる。


 「会社で見た君の服装は、リムの服を選ぶ時にも参考にさせてもらったよ。」


 彼女の視線が鋭いままリムの方に移動して、しばらく凝視していると徐々にウットリした顔になったかと思うと、次は頭を振って視線を私に戻して尋ねてくる。


 「部長ぉ………部長ぉは…ロリコンだったりとかぁ…しますぅ?」


 スッと立ち上がり、リッカの方へと身体を向けると無言のままチョップを頭頂部に落とす。手加減したつもりだったが、『ゴスッ!』という音が室内に響き、彼女の口から「へぶっ!」という見た目に似つかわしく無い声が吹き出す。


 成人男性の5倍の筋力での手加減チョップがどれほどの威力だったのかは分からないが、今回は手の骨が折れていない事から加減はこれくらいで良かったかと、やってしまってから安心した。さすがに以前の時のように20倍の筋力だったら今のでも危なかっただろう。


 しかし彼女自身は無言で頭を押さえながらうずくまってしまった。通常プレイヤーは痛覚がそこそこ高いレベルまで伝わってしまう設定なのだろう。100%そのままの痛みは無いだろうが一応確認してみると、彼女の痛覚遮断はレベル4以上の物となっていた。

 レベル2以上の痛覚を遮断している自分とリムは痛痒いくらいのレベルを超える痛みはそれ以上には強く感じないようになっているが、彼女は箪笥の角に足の小指をぶつけた時の痛みくらいまで感じてしまう設定だった。

 自分のこれまでの経験上、世界に降りる前に彼女の設定を変えて置いた方が無難と思い、自分と同じく『レベル2以上の痛覚の遮断』の設定を彼女にも適用すると、ハッとしたような顔でこちらを向いて立ち上がり、抗議してきた。


 「酷いですよぅ部長ぉー!脳みそが飛び出しちゃう所だったじゃないですかぁ!」


 「君があまりにも変な事を言うので咄嗟に手が出てしまった………スマン。」



 その後話を戻して設定を考えた。会社の名前は『サイトシーア・カンパニー』で代表は私と言う事になった。安易なネーミングに安易な配役だが、凝る必要性を感じなかったので適当に決めてしまった。

 リッカがどうしても私を部長にしたいらしく、その会社の市場調査部門の部長を兼任と言う事にされてしまったが、その後にリムをどういう立場で連れまわすのかと言う話になると、


 「部長ぉと私が夫婦でぇ、リムちゃんが娘。でぇ、残りの二人がボディガードってどうですぅ?」


 「なるほど君はウチの会社とは無関係なんだな。では置いて行くとしよう。」


 などとあれこれ言い合って結局彼女は部下、ギーブンとルーリィは護衛、リムは見習いと言う事になった。

 この世界で13歳と言うのは一般的に労働力として数に入れられてしまうそうだ。リムは見た目はもっと幼く見えてしまうが、それでも実年齢は13歳だ。


 しかしそうなると、この二人の服装は会社で仕事の為に世界を巡っている人間としてどうなんだ?と思ったが、服に関しても商売している者ならば、自社製品を試用するのはマーケティングの一部だと言われて納得してしまう。つまりウチの会社は今、服も扱う会社にされてしまったらしい。



 次の議題は見に行く場所の選定についてだ。最初にキボク達と出会ったのは帝都から離れた地方の、街と村とを繋ぐ街道だった。そして次にルーリィ達と出会ったのは帝国中央の帝都だ。見ていない所はまだまだあるが、帝国領以外の地域はどの辺りにあるのだろうか?

 ギーブンの説明によれば、帝都から一番近い帝国領外でも馬車で7日はかかる距離があるらしい。そして帝国以外の国が存在する地域となれば更に遥かに遠く、険しい道の先ににしかない。軍隊どころか商隊ですら行き来が難しい地域との交流はほぼ無いと言って良い上に、行ったところでまだ国が存在しているのかすら分からないのだそうだ。


 馬車で7日の位置にあると言う、一番近い帝国領外はモンスターや危険な野生動物の巣窟で、領地にするメリットが無く、しかも領地にする為に多大な被害が出るために放置された所だ。知的存在がいるとは思えないと言う事で除外。

 では次に一番近い外国。これは帝都から馬車で12日ほど行った所から先が分からないのだそうだ。高い山を越えるか、洞窟が繋がっているらしいと言う話は聞いた事があるが、詳しい国の場所や道筋は分からないと言う事で保留。

 帝国のもっと端の方にでも行ってみるかと考えているとルーリィが思い出したように提案する。


 「イヌイ神域と言う場所があります。」


 世界に数か所、神域とされている場所があると言う。神域は世界を作った神が定めた領域で、何物もその場所を所有してはならないと定められた場所らしい。


 帝国で知られているのは僅か3ヶ所。『龍還神域』『エブトニケ神域』そして『イヌイ神域』。


 『龍還神域』はドラゴンの産卵場となっていて、もちろん人間が立ち寄るような所では無い。

 『エブトニケ神域』は海の底で、こちらも当然人間が立ち寄るような所では無い。

 しかし『イヌイ神域』は違う。現実で言う所のいわゆる温泉地だと言う。しかし途中の道がかなり険しくて人の行き来はそれほど多く無く、しかも冬になると途中の山道が雪で通れなくなる。今の季節は秋。行くとするならばギリギリだそうだが…。



 キボクにはリムが人並みの楽しさを経験出来るように期待されて預けられている。そして私の感覚では、温泉と言うのは実に庶民的で一般的で、それでいて大きな幸福を味わえる場所で、もちろん私も好きだ。いや、大好きだ。

 それに神域。キャッチコピーを思い出せば、リアルさを追求して制限解除されたAI達が作り出す文明の中で日常を楽しむゲームと理解していたが、運営が神域などと言う場所を作るのは、このゲームのコンセプトから逸脱しているのでは?と言う疑問も浮かぶ。

 見に行く理由が二つもあれば、この提案を採用しない理由がない。


 しかし冬に山道が通行出来ない事は、管理者の力を使えば問題ないと言ったら、ギーブンが異を唱えた。確かに便利で凄い力だが、あまり使わない方が騒ぎにならないと言うのだ。

 もちろん出たり消えたりする所は、見られない様に気をつけているつもりだったが、ギーブンの危惧しているのは別の問題だった。


 現実ではネットに情報を上げれば一瞬で誰でもそれを知る事が出来るが、この世界では違う。この世界で情報とは人から人へと伝わるものだ。しかしそれは話の広がるスピードが遅いと言うだけなのだ。


 遠く離れた所から何日も掛けて帝都に来た二人がいたとする。二人は別々の遠く離れた所から来て、酒場でたまたま同じテーブルに座って話をしたとしよう。片方が10日前にギーブンと会ったと言い、もう片方もギーブンと10日前に会ったと言う。普通に考えればどちらかが嘘を言っているか勘違いをしていると思うだろうが、そんな話がいくつも出たり、信用ある人物が言うと違う広がり方をするらしい。


 ギーブンの言いたい事を理解して、出発は帝都に近い場所から馬車でイヌイ神域に向かうと言う事になった。



 そして最後に、非常時の対応について話しておく。


 「ルーリィさんやギーブンさんが不測の事態で大怪我をしたり、或いは死んでしまったりしても、私が必ず元に戻すとは思わないで下さい。」


 今まで結構な頻度で管理者権限を使っている。もう少し反省せねばとは思うが、やはり目の前で事が起これば使ってしまうだろう。

 だが、自業自得の大怪我や自殺する者などを助けようとは思わない。

 私は自分の事を悪人だとは思っていないが、善人だとも思っていない。

 台風が近づいて荒れた海を見に行った人が波にさらわれても、救助の人に迷惑をかけるとは、けしからんと思う人間だ。

 つまりこの先、私がいるから大丈夫などと勘違いをされたまま行動されては困るのだ。

 しかしこの件については心配いらなかったらしい。


 「既に返しきれない程の恩を受けております。」


 「そう言うこって。恩を返す為に付いてくってのに、恩が増えてちゃ世話ねぇって話ですぜ。」


 この二人は大丈夫そうだと思っていると、最後にもう一つ今考えついた事を提案する。


 「最後にルーリィさん、あなたの耳は隠した方が良いと思うのですが?」


 「はい。ですからこうして隠しております。」


 「あぁ、いえ、そうでは無くて耳を人間の形に変えて隠すと言うのはどうでしょう?」


 この世界でエルフの耳は見つかってしまうと騒ぎを呼び寄せる。ならば外装を上書きして隠してしまえばいい。キャラクター制作時にそう言ったオプションがあった様な気がした。使わない機能は記憶がおぼろげだったが、話しながら管理者ウィンドウを調べてみると、確かにキャラクターステータス画面の中に上書き外装と言う項目があった。実際にどうなるのかヘルプを呼び出して読む限りは、つまり外見を服を着替えるように変えられるオプションで間違い無いようだ。

 驚いていたルーリィに、改めて耳の形が変わってしまっても大丈夫かと聞くと、私達を騒ぎに巻き込む危険が減るなら構わないと言ってくれた。しかし一応いつでも元に戻せる事をちゃんと伝えて、外装を操作する。

 耳の部分を選択して人間・女性・耳・デフォルトを選択すると、ルーリィの耳が人間のそれへと変わる。しかし少し肌の色に違和感がある。色彩などを弄って違和感無い色に調整すると、手鏡を出してルーリィに手渡す。

 「不思議な感じです。感覚も体温もちゃんとあるんですね。」と言いながら耳を触っている所に、アーク降臨中のみの設定を追加すると耳が元のエルフ耳に戻る。

 ここにいる間はエルフの耳を見せた方が良いだろう。預かっている二人が話せるようになった時にエルフが仲間にいるとすぐ分かる方が話がスムーズになるだろうから。


 今した設定をルーリィに伝えて、いよいよ準備完了。出発だ。

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